終焉の始まり
始まりは、いつもの朝のことだった。
これまで一度足りとも病気などしなかった母が
珍しく体調を崩したのだ。
空はいつもの高い青空だった。
雲の隙間を縫って、大きな竜が咆哮を上げて通り去った。
青年は川のほとりで済んだ清水を木桶一杯に汲みとって、せっせと家まで持ち帰った。
青年は母に似て強く丈夫な身体だったが
思いつく限りで看護しようと精一杯だったのだ。
村の中でも唯一の魔女の元へと、薬を分けてもらいにいったが、魔女は首を横に振って青年を追い返した。
『あれは呪われたのだ。そなたには救えまい』
魔女は言った。
小屋のように廃れてしまった小さな家へと辿り着き、
ベッドに腰掛ける母に、水をコップ一杯注いで
青年はそっと差し出した。
長い髪を掻き分けて、母はそれを受け取った。
ちらりと隙間から覗く顔は青白く
目は僅かに霞んで見えた。
細くしなやかな腕は、今日は力なく骨ばっているようだった。
『薬を頂くことは出来ませんでした。何か欲しいものはありますか』
青年は母の足元にしゃがみこんで、そう問い掛けた。
これまで一度たりとも感じたことのない焦燥感で
震え上がる思いだった。
母はゆっくりと首を横に振った。
その姿は何とも儚げで、とても生気など残ってはいなかった。
掠れる声を振り絞って、母は青年に語り出した。
『これより、世界は悲鳴を上げて崩れ去って逝く。あの土地を離れてしまった私には、もうその声は聞こえない。加護は途絶えてしまった』
青年には訳が分からなかった。