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降霊祭  作者: 砂たこ
2/2

 その年――秋も深まった頃、この村に三人の若者が訪れた。彼らは隣国からやって来た旅人で、我が国の首都に向かう途中だと言った。

 山越えの疲れが癒えるまで、と宿屋に滞在し、夜毎珍しい異国の話を語った。三日もすると、陽気な若者達はすっかり村人達と打ち解けた。見目の違いもあって、年頃の娘の中には色目を使う者もあったらしい。


 七日目の夜、その夜は新月だった。

 若者達は村長の家に押し入り、夫妻を殺害し娘を犯して、金品を盗んだ。彼らの正体は、田舎の村々を回って荒らす凶悪な盗賊だったのである。

 被害は村長の家だけではなかった。闇夜の内に、裕福な家を三軒襲った。滞在中に村人から情報を得ていたので、どの家を狙うかは定まっていたのだ。


 盗賊達は宿屋の老夫妻をも容赦なく殺害し、馬を盗んで逃げていた。何処へ向かったのかは、ようとして知れなかった。

 村には、殺害された村人が14人と犯された娘が三人残された。


 未曾有の災禍に、悲しみと怒りが村を覆った。


 やがて、娘の一人は心を病んで命を断ち、二人は悪魔の子を産んだ。

 厭忌の子達は、それでも村で育っていった。しかし成長に伴い、呪われた出自が彼らの耳に届くと――その血に引きずられるかのように、悪事に身を浸していった。


 悪の種が、再び村を不穏な色に染めていった。

 盗み、暴力は日常茶飯事。殺人が起きなかったのは、単に歯向かう者がいなかったからに過ぎない。

 だが、彼らが成人を迎えれば、きっとまたあの悪夢が繰り返される。若い娘を持つ親達は、生きた心地がしなかった。

 早く手を打たねば――村人達は二人が15になった、あくる冬、決断した。


 体力のある男達が手に手に武器を携えて、少年達の根城に終結した。寝込みを襲い、加減なく殴り蹴りして組伏せた。彼らに追従していた二人の仲間を含め、四人全員を捕縛した。

 大人達は彼らをソリで運ぶと、マザーツリーにきつく縛り付け、予定通りに逃げ去った。


 その夜が降霊祭だったのは、偶然ではない。

 長らく煮え湯を飲まされてきた大人達は、この夜を待ち構えて決行に移ったのである。


『畜生、このまま凍死して堪るか!』


『あいつら許さねぇ! 家に火ぃ付けて、皆殺しにしてやるっ!』


 盗賊の血を引く二人は、脱出しようともがいたが、縄は少しも緩まなかった。

 残る二人は、ちょうど反対側の幹の根元に蹲った切り、身を寄せ合ってすすり泣いていた。

 反抗的で暴力的な二人に憧れ、仲間に入って意気がってはみたが、その結末がこれだ。馬鹿なことをしたものだと激しい後悔の念に駆られていた。


 威勢良く毒づいていた二人も、疲労と失血と空腹により、次第に覇気を失っていった。

 煮えたぎった怒りの熱が引いてくると、反動だろう――急に外気の寒さが肌を貫き、骨の芯まで刺さり始めた。村の冬を知らぬ彼らではない。十分な防寒を施さなければ、命に関わることくらい分かっている。


『くそっ……本気で、俺達を殺すつもりなのか……』


 赤毛の少年が悔しげに呟いた。彼の縮れた癖毛は、傷口から溢れた自分の血に濡れて頭皮や額に貼り付いていたが、冷気に晒されて凍てついている。白い息が生臭いのは、鼻血のせいもあるのだろう。


『やばいな……身体の感覚がねぇよ……』


 隣の黒髪の少年が、寒さに凍えた声で震えている。自分が発した語気の弱さに、益々気持ちが萎えていく。本当なら、今頃はくすねたワインで温まり、暖炉の前でポーカーにでも興じていたはずだった。こんな、雪の中で惨めに震える羽目になるなど、予想だにしなかったのだ。


『おい、お前ら……起きてるか?』


 赤毛の少年が幹の裏側に声を掛ける。しかし、仲間達からの反応はない。いつの間にか、すすり泣きすら聞こえなくなっていた。


『おいっ! 返事しろよ! 寝たら、死ぬぞ!』


 思わず叫んだものの、シンと冷えた静けさは乱れず、生命の気配は消えている。


『……ミハイル、何か、いる……』


 焦りの余韻が消えぬ間に、横から低く名前を呼ばれた。奇妙な程、落ち着いた声だ。


『何かって――何だよ……』


 強気に返したが、隣の相棒の横顔を見て――見なければ良かったと思った。

 落ち着いているのではない。灰色の瞳は見開いた形で強張り、これ以上失うことがないほど肌の色を無くしている。極限の緊張に、抑揚すらも奪われたのだ。


 彼は、一点を凝視していた。見ない方がいい――咄嗟に本能が警告したものの、同じく本能めいた衝動が赤毛の少年の視界を動かした。二人は、同じ白い空間を見た。


 マザーツリーの大きく張り出した梢の先では、続く景色が見えないくらい、ひっきりなしに雪片が落ちている。ちょうど滝の裏側から水の流れを眺めるのに似て、枝より向こうが雪で見えない。まるで誰かが意図的に紙吹雪を落としているみたいだ。上から下に、同じ速度で一直線に。全くの無風なのか。こんな雪の降り方は、見たことも聞いたこともない。


 絶句していた少年達だが、降りしきる雪の向こうから、不意に強い視線を感じた。


『今の――分かっただろ?』


 黒髪の少年の声が震えた。何かが、彼らを観察している。


『ああ……何がいるんだ? 獣か?』


 今夜が降霊祭だということを忘れた訳ではない。

 だが、本当に精霊などという得体の知れないものが実在するとは信じていなかった。若い彼らに取っては、田舎に伝わる迷信の類だと嘲笑ってきたのだ。


『――我らが、獣に見えるか』


 スウッと一陣の風が舞い、白い人形ひとがたの揺らめく影が立ち現れた。耳鳴りに似た痛みが、鼓膜をピリピリと刺激する。言葉として認識できるのに、それは明らかに声ではなかった。


『今年の供物は、そなたらか』


 別の影がニイッと笑んだように見えた。恐ろしいのに、酷く美しい。金縛りにあったかの如く、上手く呼吸すらできない。


『せ……精霊? アンタらが、精霊だっていうのか……』


『フン。口の利き方を知らぬとみえる』


 憐れみ、いや蔑んだように影が嗤う。

 気付けば、彼らを取り巻く四方八方に大小様々の影がいた。言い知れぬ恐怖が足元から這い上がってきて、寒さとは違う震えが止まらなくなった。


『精霊は……村を護ってるんだろ。村に暮らす人を喰えば、いずれ誰もいなくなる。村は滅ぶぞ。約束違反じゃないのか!』


 赤毛の少年、ミハイルは挑むように叫んだ。どうせ奪われる命なら、村のための供物としてではなく、精霊の怒りを買って殺されたほうがマシだと思った。


『……珍妙なことを言う奴だ』


『我らは、穢れた人肉など喰わぬ。喰らうは心ぞ。身体が残れば、村は廃れぬであろう』


 対峙する少年は、精一杯身を乗り出した。


『だったら! 俺達を見逃してくれたら、毎年供物に人間を連れて来る! 身体と命が残るなら、中身なんか好きに喰えばいい!』


 ミハイルは、粗暴だが馬鹿ではなかった。むしろ悪知恵が回り、それが数々の盗みの現場で役立ってきたのである。


『供物の分際で、我らと取引する所存か?』


『アンタらだって、損はないだろ? 俺達が生きて還れば、証拠になる。約束の証人だ!』


『――面白い。約束を違えれば、村人全ての命はないと思え』


 中央の一際大きな影が、笑ったように見えた。


『いいだろう! 約束だ、精霊!』


『フン、不遜な供物め。還すのは、そなたら二人だ。後ろの二人は、程なく命が尽きる――我らが貰い受けよう』


『……分かった』


 ミハイルは唇を結んだ。助からない仲間にこだわっても仕方がない。精霊の気が変わらない内に、取引をまとめたかった。


『ならば――行くがよい』


 肌を切るような疾風が駈けた。激しく粉雪が叩きつけてきて、思わず少年達は目を閉じた。


 そして――目を開けると、精霊達は消えていた。


『カール……おいっ!』


 ミハイルは、目の前に倒れている黒髪の少年に駆け寄った。冷たい身体を強く揺すると、彼は灰色の瞳を薄く開けた。


『ミハイル……俺達、助かったのか……?』


 二人は自分達の身が自由を取り戻していることに気が付いた。あんなに固く全身を縛り付けていた縄が解かれている。しかし互いの両手首に変色した紫痣があることが、一連の出来事の証文だった。

 マザーツリーを振り返るが、根元に仲間の姿はない。まるで最初から二人しかいなかったみたいに、柔らかく積もった新雪が、大木の周りに綺麗な窪みを作っている。


『戻ろう。俺に、考えがある』


 彼らはゆっくり身を起こし、互いの肩を抱え合いながら、一歩ずつ人里に続く道を辿った。

 夜が明け、背後の山々から姿のない朝日が漏れだした頃――村外れの猟師の小屋が見え、そこに倒れ込んだ切り、気を失った。


-*-*-*-


「――眠れないのか、ミハイル?」


 カーテンを細く開け、テラスの向こうの白いうねりに目を凝らしていた私の隣に、村長が並ぶ。応援ソファーから、教頭の鼾が引くく床を這っている。


「あれから――40年か」


 灰色の瞳がチラと投げられる。胸に去来する感傷を、彼だけは分かっているに違いない。


 精霊と取引をした我々は、村に帰還した後、文字通り『人が変わった』――ように振る舞った。大人達に素直に従い、誰よりも真面目に勉強に勤しんだ。

 『精霊の供物になると、悪しき心が喰われる』――村人に伝えた嘘は、我々が身を以て見せた変貌が実証になり、疑う者は皆無になった。今では、どんな我儘な子どもでも『降霊祭の贄にするぞ』と言えば、震え上がって大人しくなるものだ。


「早かったかね」


 隣の旧友は、灰色の顎髭を撫でながら、窓を叩く白い礫をジッと見ている。


「ああ……我々も老けたな」


 黒かった彼の髪は色素が薄れ、瞳と同じ色になった。私の赤毛も寄る年波には勝てず、かなり寂しくなってしまった。

 40年が経ち、見た目は確かに変わったが、胸の内に宿る想い気持ちは変わっていない。


 村長となった黒髪の少年カールは、伝統行事の『降霊祭』を観光資源に作り替え、村を発展させた。

 校長となった赤毛の少年は、社会に貢献し続ける教育者として、名実共に村の名士となった。


 あの降霊祭の夜、マザーツリーの根元から生還した少年達は、密かに誓い合ったのだ。

 我々を蔑んできた村人から尊敬を集め、彼らを支配する立場に就いてやる――と。


「もう一仕事残っている。老体に鞭打たねばならんのだから、少し横になれよ」


 カールがポンポンと私の背に触れる。大きな掌が温かい。


「そうだな。宴も終盤か」


 話す間に、窓越しの吹雪が収まってきた。私はカーテンを閉めた。村長と一緒に戻ると、それぞれのソファーに身を沈めた。


 精霊に心を喰われた贄は、過去の記憶も人格も、全てを失う。精霊に遭ったことすら、覚えてはいない。

 村人が信じるように、『悪しき心』のみ選り好んで、都合良く消してくれるはずなどないのだ。


 だから我々が、人目に付く前に贄を回収し、学内のはなれに運び込む。記憶を無くした赤子のような贄に、人としての在り方や常識、必要な知識を一から植え付け、社会に適合する人間を造り上げていくのである。

 あの粗暴なシュルツも、数時間後には、無垢な天使の微笑みで我々を迎えてくれることだろう。腕を折られたり怪我を負わされた教員達が、特進クラスの寮で彼の帰還を楽しみに待っている。


 降霊祭が終わると、村の冬も終わる。モノトーンの殺風景な山野にも、雪の下から生命が芽吹き、色彩豊かな春が訪れるだろう。それもまた、我々村人と精霊達との間で、古より交わされた確かな契約なのだから――。



【了】



拙作にお付き合いいただき、ありがとうございます。


この話は、他サイトの投稿イベント用に作った話に加筆修正したものです。


内容としては、ほぼ同じなのですが、投稿作品は8000文字以内という条件があったため、若干表現を削りました。

こちらは文字数縛りがないため、多少自由に書き足しております。



その土地に特有の伝統的な行事、特に祭りには、文化と信仰が色濃く反映され、面白いものです。


この話で描いた『降霊祭』は、元来、村人に取ってのみ重要な伝統的行事でした。それが、ある時を境に観光資源としての『祭り』に変容し、村の財政を潤すようになります。

一見、村おこしとして成功したように見えるのですが、実は村人にも隠されている理由があった――という話です。



ホラーというほどゾッとしないかも知れませんが、テーマになっている『雪の夜』のひんやりとした冷気(霊気)を感じていただければ幸いです。



最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。



砂たこ 拝

2018.2.25.


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