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降霊祭  作者: 砂たこ
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「エブリスタ」内イベント【雪の夜】投稿作品の加筆修正版です。

 この村には、古くから『降霊祭』と呼ばれる因習がある。


 国を東西に二分にぶんする山脈の西に位置する我が村は、さしたる産業にも恵まれず、細々と林業と農業で成り立ってきた。

 しかし近年、首都から遠く離れた片田舎にも関わらず、村は目を見張るほど潤っている。理由は――観光と学校である。


「校長」


 ノックの音に続いて、返事を待たずに現れたのは、村長のカール・ノイマンだ。


「ああ、祭りの時間かね」


 入ってきた壮年――いや、初老に差し掛かった男を迎え、私は革張りのチェアから立ち上がる。

 灰色の口髭を撫でながら、彼は鷹揚な足取りでこちらに歩み寄ってきた。


「今年も、滞りなく済むと良いのだが」


 我々は連れ立ってテラスの前で、窓外を眺める。


 ゆっくりと暮れ行く赤紫の宵空に、鎌の刃に似た細い月が笑っている。

 空の彼方では、暗い雪雲が山の中腹辺りまで覆っている。夜半には、この村に届くはずだ――例年通り。


「今年のにえは誰かね?」


 降霊祭では、山々を司る種々の精霊が、村のモニュメントの古樫の大木――通称マザーツリーの周りに集うと言われる。村人は彼らに平和と豊穣を願い、感謝のための供物を用意する。精霊達は一夜宴を繰り広げ、供物を貪り、やがて夜明けと共に山々に還って行く。こうすることで我が村は、獣に襲われることも雪崩に埋もれることもなく、作物を育む良い風と水に恵まれるのだ。


「三年のシュルツだ。フランツ・シュルツ」


 精霊に供物を捧げる大役、それが贄である。

 私は上着の内ポケットから写真を取り出し、村長に渡した。

 我が校の緑色の制服を着て、鳶色の髪をハリネズミのように立てた少年がつまらなそうに正面こちらを睨んでいる。まだそばかすが残る童顔だが、耳と鼻にはシルバーのピアスが夥しい。


「彼は、何をやったのかね?」


 顎髭を撫でながら、村長は興味津々の眼差しで、写真を凝視している。

 窓の向こうが徐々に藍色を深め、インクを溶かしたような空の端で鎌月が光を纏い出す。

 山に続く一本道には、あちこちから小さな灯りが集まって来た。祭りに合わせて村を訪れている観光客達だろう。彼らは、宿泊所で借りてきたランタンを手に、祭りの会場に向かっているのだ。


「主に窃盗だが、元いた学校では、同級生をナイフでメッタ刺しにして殺し掛けたらしい」


「ほう……それはいい」


 村長は満足気に頷いてみせる。


「うちの教員も先週、寮の見回りの最中、彼の襲撃に遭ってね。左腕を折られたのさ。贄選定会議では、全員一致だったよ」


 我々は低く嗤った。


 我が校は、特別な学校だ。国内各地から、親や保護者が手を焼いた悪童不良の類いが送られてくる。入学金・授業料等の預かり費用は決して安くはないが、これ以上家名を傷つけられたくない親族達は、問題児に対する手切れ金の意味合いで、望んで一括払いをしてくれる。更に国からも、青少年更正施設として定評のある我が校には、教育支援金が交付されている。地方の閑村で経営するには、十分な収入が得られる仕組みだ。


 少年達は、全寮制、完全監視の元、七年間の教育カリキュラムを受ける。与えられるのは知識や教養ばかりではない。最初の三年間は更正プログラムとして、社会と関わるために必要なマナーと道徳を徹底的に叩き込むのだ。


 その結果、少年達の九割は、四年目に入るまでに大人しくなる。三年を経過しても尚、手に負えないような『特殊』な少年は、進級させずに『特進クラス』に編入させる。他の生徒から隔離された生活は、性根を根底から鍛え直すのだが――その方法は企業秘密である。

 今年の贄、シュルツは次の春から『特進クラス』に進む予定になっていた。


 ――コン、コン


「どうぞ」


 返事を待って入室してきたのは、教頭だ。一礼した拍子に、禿げた頭皮が鈍く光った。


「失礼します。贄の準備が整いました」


 襟元が獣毛で覆われた、分厚い防寒着に包まれた教頭は、彼と同じ朱色の防寒着を二着抱えている。


「ご苦労様です。では――参りましょうか」


 村長の手から写真を貰い、内ポケットに戻す。我々は防寒着に袖を通した。朱色は祭りの役員であることを表しており――命を護る目印の色でもある。


 テラスを一度振り返ってから、校長室を出た。窓の向こうの夜景は既に闇に落ち、室内を映す鏡と成り果て、硬い表情の朱色の男達を見送っていた。


-*-*-*-


 山への一本道は、降霊祭を迎え、綺麗に除雪されている。そこを観光客が踏み固めてくれたおかげで、大きな木製のソリでもスムーズに移動してくれる。


 祈りの歌が聞こえてきた。

 一本道を左に逸れると、祭りを開催している広場だ。飾り付けられたモニュメントツリーの先端が見える。それは精霊が集うマザーツリーを模したレプリカで、本物の木ではない。

 飾り立てられた偽物の周りでは、化粧と衣装で精霊に扮した村人達が舞い踊っていることだろう。


「皆さん、ご苦労様です」


 祭りの役員の一人、警備のフーパーが我々を見留めて挨拶をした。彼は、観光客が道を誤らないように誘導する係である。


「ああ、ご苦労様。今年も盛況かね」


 ソリを押しながら、挨拶を返す。巨体のフーパーのような力があれば、この作業も楽だろうに。年に一度の重要な役目だが、老いと共に身体に堪えるようになった。後輩に譲る時も遠からず、か。


「はい、おかげ様で」


 人好きのする赤ら顔が綻んだのも束の間、ソリの中の盛り上がった供物を見て、彼は表情を引き締めた。


「――さて、ここからですな」


 我々は祭りの会場には向かわず、フーパーの脇を抜けて一本道を直進する。

 除雪こそされているものの、踏み固められていないため、ソリを押す力が一層必要だ。


 賑わいを見せる祭りの会場を左後方に残し、我々は重い雪雲が垂れ込める山麓へ続く白い道を無言で進んで行く。

 雪を踏む低い足音と、ソリが動く重い音だけが、荒い息づかいに混じって、白い世界の静寂を乱していた。


-*-*-*-


 道の果てに、巨大な樫がそびえている。葉を落としているが、太い枝に降り積もった雪が重なり、一塊の怪物のようでもあり――神聖な建物のようでもある。

 ソリを傍らに止めると、フードを脱ぎ、肩の雪を払いのけ、我々はマザーツリーに向かって頭を垂れた。

 今宵繰り広げられる本当の降霊祭が、滞りなく無事に終えられるように。

 この先一年間、村人が健やかで、村に平和と豊かな実りがもたらされるように――。


 数分の祈りの後、我々はソリに向かった。雪の乗ったシートを外し、中から穀物、ワイン、干し肉などを次々と取り出して、マザーツリーの根元にできた窪みの中に並べてゆく。

 鉛色の虚空からは、大きな綿のような雪片が次々と降りてくる。もう精霊の先陣が駆けつけて来ているに違いない。


「ううっ……んむーっ!!」


 くぐもった若い声が静けさを破る。怒りと恐怖の入り交じった叫びは、咬まされた猿ぐつわのせいで、声の主の思うようには響かない。


 我々は、最後に「それ」を持ち上げ、三人がかりで供物の山に加えた。

 青ざめた少年は、我が校の緑色の制限姿だ。


「うーっ! うううーっ!!」


 両手足をしっかりと縛られ、身体にも縄が巻き付けられている。縄の端を手にした教頭が、マザーツリーの幹をぐるりと回り、固く結びつけた。


 準備は整った。私は少年の鳶色の瞳を冷静に覗き込んで微笑んだ。


「シュルツ君。贄の大役、頼みますよ」


「うーっ、うーっ! うううーっ!!」


 少年は、目に涙をうかべた白い顔を激しく左右に振る。どうやら懇願しているらしい。

 我々は数歩後退って、マザーツリーに一礼した。


 雪が一層激しく降ってきた。供物を前にした精霊達が、歓喜の声を上げているのだろう。


 三人で空になったソリを引き、降霊祭の会場を離れる。しばらくの間は、贄の声が背中を追い掛けていたものの、やがて諦めたのか、静かになった。


-*-*-*-


 校長室に戻った我々は、ホットワインで芯まで冷えた身体を温めた。


「祭りも終わったようですな」


 テラスのカーテンを引きながら、粉雪に霞む窓外に目を凝らす。祭りの間、ダミーのモニュメントに灯されているランプが消えている。


「我々も一眠りしましょう」


 教頭が抱えてきた毛布にくるまり、三人で応接ソファーに横になる。

 明朝、日の出と共に贄を迎えに行く。我々に課せられた仕事は、そこまでだ。


 粉雪は深夜に向かう程に勢いを増し、日付が変わる頃には猛り狂う吹雪となるだろう。誰も寄せ付けない白いベールに包まれたマザーツリーの周りは、そこだけ台風の目の中の如く静まり返る。耳が痛いくらいにシンと世界が沈黙し――精霊達が現れるのだ。


 あの白く、美しくも残忍な精霊達の姿を見た者は、数える程しかいない。しかも生還した者といえば、歴代の贄の他は、私と村長の二人だけである。


 私が子どもの頃、贄という役割は存在しなかった。


 降霊祭自体は古からある習わしだが、人を贄として供物とするようになったのは、今から40年前のことだ――。



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