~毒蜘蛛のターニー婦人
歩を進めながら、自らの物思いにふけっていた僕は、ふと、穴がどうやら明るい場所へ繋がっていることに気が付いた。丁度穴の出口には、あの暗いねずみ(倉木誠一郎)が手ずから書いたのだろう殴り書きされた言葉が書かれていた。『無知の知』
僕は殴り書きされたそれに指を置いて、思わず首を傾げる。言葉の意味が解らなかったのではない。またしても僕の知らない文字だった為、意味が判別できなかったからだ。
すると、その僕の様子を見咎めたのか、穴の上の方できっと休んでいたのだろう、一匹の蜘蛛が蜘蛛の糸を伝って滑り落ちてきた。するするすると器用に糸を伝って降りてくる様子に僕は素直に感心する。暫く蜘蛛を見つめていると、その小さな蜘蛛は、呆れたように僕に言った。
「まぁまぁまぁ……、呆れた。いくら何でも、じっと見つめて全く驚きもしないなんて!なんて鈍感な子なんでしょう!あたしが、毒蜘蛛のターニー婦人と知っての所業かしらん」
自称毒蜘蛛のターニー婦人の言葉を受けて、僕は、ほんの少し、婦人との距離をとった。きちんと婦人に礼をとる。
「……これはッ失礼を……婦人……とは知らず……王族として恥ずかしいことをしてしまいました……不躾にあなたをじっと見つめてしまったことは……無礼をしてしまい申し訳ない」
自称毒蜘蛛のターニー婦人は、僕の様子にどうやら気持ちをおさめてくれたのか、ほんの少し声のトーンを柔らかめにして僕の言葉に応じた。
「……あら。まぁまぁまぁ。驚いた!まさか毒蜘蛛のあたしに礼をとる坊やがいたなんて!まぁ、でも気分は悪くないものね。いいわ。あたし、坊やが気に入ったわ」
真摯な目でただ、頷くだけを僕が心掛けていると、自称毒蜘蛛のターニー婦人は、そっと僕の肩に小さな身体を着地させるとそっと耳打ちよりも小さな声で僕に話しかける。
「ふふ。坊やがあの殴り書きのきったない文字の言葉を知りたいのなら、……そうして、ここから先の部屋に収めてあるあらゆる言語の蔵書の意味を紐解きたいなら、あたしと仲良くしておくのが吉よ。あたし、こう見えて知識量に関しては自信があるもの。坊やの助けにきっとなれると思うわ」
僕は、自称毒蜘蛛のターニー婦人の言葉に思わず瞳をきらめかせた。