~暗いねずみ
「……いやはや……やれやれなこって……旦那も災難でしたなぁ……まぁ、でも、痴話げんかと見た」
僕が唖然とした状態で彼女が居なくなった先を見つめていると、僕の後ろ側から、のそのそっと音がして、ねずみが顔を出した。やれやれと言いながら、僕に話しかけてくる。
僕は、彼がこの穴の正式な主、彼女が話していた『暗いねずみ』なのだと思い当たり、慌てて居住まいを正した。彼女に引っ張り込まれた身だが……、たったいま彼のテリトリーに無断で侵入しているのは僕だ。冷や汗がすこし出る思いだ。
「……も、申し訳ありません……僕は……クロと申しまして……」
僕が、言葉を言いかけると、『暗いねずみ』さんは、いいんだ、いいんだ、と、言いながら、同情するかのような優しい目をして、僕と握手を交わし、言った。
「あれは、許のみ嬢だろう……?彼女には、ワシもほとほと手を焼いておる!ワシが暗くて陰湿なのろまなねずみだと悪びれもせず言いおる口の悪さ。彼女にどうせ引っ張り込まれたんじゃろう?同じ迷惑を掛けられた同士、君は同士だよ!仲良くしよう!なあに!住むところがないんなら、ここにずっと居たってよい」
好々爺とした表情で満足した顔で彼は僕をそう歓迎すると、ひどく機嫌良さげに僕と再び握手を交わした。
僕は、ただただ、戸惑いながら、「有難いお申し出ですが……僕は……」とか、「でも、その、ご迷惑をかけるわけには……」とか、モゴモゴ言うのだが、名前も知らない『暗いねずみ』さんに、今日の寝床は、ここにしなさい、と勧められ、暫く共に過ごすこととなった。