お稲荷様と苦い思い出
本日二話目、何とかなりました。
数々のブックマーク、アクセス、誠にありがとうございます。
さて、昼食も終えて昼下がり、再びのログインである。
まずは武器の更新であるが、これは意外と早く解決した。
市場通りに並んだ露店の一つに、丁度いいものを見つけたのである。
【あやかし扇】
“妖”の文字が描かれた扇。
魔法攻撃の威力を僅かに上昇させる効果がある。
打撃には適さない。
大きさとしては一般的な扇と左程変わらず、黒地に白い花びらが舞い、中央に赤い文字で“妖”の一文字。
デザイン的にも性能的にもボクの好みで、半ば衝動買いに近かったのだが、とても満足している。
代償として、所持金の殆どを使いきってしまったが。
またクエストなどをこなして、金策しなければならないだろう。
と、そこで唐突にシステムメッセージが流れた。
―風と水の街≪ツヴァイ≫が解放されました。
詳細は公式ホームページにてご確認下さい。
http://www.~
ふむ、二日目で既に次なる街が見つかったのか。
流石、攻略ガチ勢の熱量は素晴らしいものがある。
この調子で、話に聞く王都≪フィーア≫までの道を開拓して頂きたいものである。
ともあれ、終始他力本願という訳にもいかないし、機会があれば、少しは攻略に貢献してみてもいいかもしれない。
「ともあれ、まずはレベルだな」
現在のレベルは十五。
新しい街が解放されて、人は次第にそちらへと流れていくだろうし、そろそろ冒険者ギルドのクエストにも空きが出てきた頃であろうか。
そう思いギルドへと顔を出してみると、案の定人はまばらであった。
「あ、タマモ様、先日は失礼しました」
と、どうやら今日の受付は先日お世話になったライムさんのようだ。
カウンターから覗く見知った顔に、軽く頭を下げた。
「どうも。ようやく落ち着いてきましたかね、お疲れ様です」
扇で風を送ってあげると、ライムさんは気恥ずかしそうに笑う。
「ありがとうございます。それが、先ほどまではもっと来訪者の方々で混み合っていたのですが、皆様突然目の色を変えて出ていかれてしまいまして」
ああ、成程。
大方、新しく解放された街に向かったのだろう。なんとも現金である。
さもありなん。ボクだってレベルさえ充分に上がっていれば、同じ行動をとっていただろう。
「≪ツヴァイ≫までの街道が解放されたそうなので、みなそっちへ興味が移ったんでしょう。お恥ずかしながら、冒険者としての性なもので」
「ああ、そうだったんですね。街道で巨大なモンスターが暴れているそうなので、その討伐を依頼していたのですが、そういう事でしたら、討伐は無事に完了したようですね」
詳しく話を聞くと、どうやらそれはこの辺り一帯のヌシ、ともいえる大物だったそうな。
名前は“デスナイトウルフ”。
なんとも大仰な名前ではあるが、その正体はナイトウルフの群れを率いる巨大な狼らしい。
まあ、討伐されてしまった以上、ボクにはもう関係の無い事である。
「ところで、本日はどういったご用件ですか?」
佇まいを直し、茜色の瞳がこちらを見上げてくる。
「ああ、実は手頃なクエストを探していて、そろそろ受けられる依頼も増えてきたかな、と思いまして」
「あー、昨日までは、張り出した傍から無くなってましたからねえ」
そう言ってライムさんは苦笑いを浮かべ、手前の引き出しを開く。
出てきたのは、昨日も目にした≪真実の石板≫だった。
「お手数ですが、現在のタマモ様のステータスを確認させて頂いても宜しいですか?」
「構いませんよ」
促され、昨日と同じように手を石板の上に置く。
表示されたステータスに目を通しながら、ライムさんは引き出しから幾つか紙の束を取り出し、一枚一枚確認していく。
「もうレベル十五ですか、やはり来訪者の方々は素晴らしい才能をお持ちですね。さて、この依頼などは如何でしょうか」
差し出された依頼書を受け取り、確認する。
―クエスト【増えすぎたスライムの駆除】
始まりの草原に生息するレッサースライムが大増殖の兆しをみせている。
脅威となる前にレッサースライムを一定数駆除せよ。
達成条件:レッサースライムを二十匹撃破。
報酬:【傷薬】、1,000G
ふむ、レベリングを兼ねて進められそうだし、報酬もまあ悪くはない。
ボクのレベルを鑑みて無理のない難易度であるし、妥当だろう。
「ありがとうございます。この依頼、受けさせて頂きますね」
「はい、依頼を達成された際は、またこの窓口にご報告をお願いします」
依頼書を所持品欄にしまうと、クエスト受領の旨がメッセージで表示される。
さて、そうなると目指すは始まりの草原である。
相手はレッサースライムであるし、さくっと終わらせてしまおう。
「ああ、タマモ様」
いざ行かんと踵を返したところで、背後から声がかかる。
何事かと振り向けば、ライムさんはふわりとほほ笑んで、言った。
「新しいお召し物、とてもお似合いですよ」
「……はは、ありがとうございます」
何というか、ずるいなあ、と思った。美人は何をやっても様になる。
気恥ずかしくなりながら冒険者ギルドを後にし、始まりの草原へ。
フィールドを駆け回るプレイヤーの数も、心なしか少なくなっているように見えた。
さて、まずは新武器の使い勝手を確認しなくては。
丁度近くにレッサースライムがいるのを見つけ、扇を開く。
そのまま下から上へと大きく振り上げて、スキルを発動させた。
「【鎌鼬】」
鳶の声に似た甲高い音と共に、風の刃がレッサースライムを切り裂く。
その威力はHPバーをぐぐっと減少させ、減少させ――
「あー……」
全損させた。
光となって散っていくレッサースライムを遠目に、それもそうかと一人納得する。
レッサースライムはレベルがまだ一桁の頃にお世話になっていたモンスターである。
レベルも上がり、装備も一新した今では、経験値もなおさらしょっぱい。
ともあれ、受けてしまったものは仕方がない。
当初の思惑とは違ってしまったが、これはこれで楽しむ事としよう。
しかし、大体が一撃で沈んでしまうので、MPを回復させる時間を考慮してもどうしても暇を持て余してしまう。
仕方がないので、暇つぶしがてら片手でウェブブラウザを開き、公式ホームページをチェックしながらの作業である。
片手間で片づけられる、レッサースライムの心中や如何に。
「なるほど、新しい街は森の先にあるのか」
ホームページには発見された街の外観や特色などが、やや大雑把ながらも掲載されていた。
街のすぐ傍を大きな川が流れ、街中に幾つも風車が並んでいる。
実際に行ったことはないが、その佇まいはオランダに似通った部分が多い。
「お酒と魚料理が美味しい、か。まるでガイドブックだね」
≪アイン≫ものんびりとしていて暮らしやすい街だが、こっちはこっちで魅力的だ。
なんてやっている間に、気が付けばクエスト達成まで後一匹まで迫っていた。
「という事は、これで最後か」
二十匹目となるレッサースライムを【狐火】で焼き払い、扇を閉じる。
直後、クエストの達成条件をクリアしました、の文字が浮かび上がった。
これで冒険者ギルドに報告すれば、いつでもクエストはクリアできる状態になったのだが、一旦街へ戻るのも手間であるので、レベリングはこのまま継続することにしよう。
ならば、狙うのは午前中に狩り続けたマッドワームが適任のような気もするが、ひたすら狩り続けた敵をまた相手にするのも、どこか味気ない。
「そうだ、ちょっと森まで行ってみようかな」
午前中、モミジさん達に話を聞いてみたが、あの森――《始まりの森》というらしい――の適正レベルは二十前後らしいのだが、まあ、何事も挑戦である。やれるだけやってみよう。
黒い尻尾を抱え、その感触を楽しみながらいざ始まりの森へ。
近くで見てみれば、ぐっと身体を押されるような存在感を感じる。
日に明るく照らされた草原とは打って変わり、まるで別世界のような暗闇が広がっていた。
ききき、と聞いた事も無いようなおどろおどろしい鳥の鳴き声が響き、思わず肩を震わせる。
しかし、顔に浮かぶは微笑み。これこそ、異世界らしくて素晴らしいではないか。
「さてと、鬼が出るか蛇が出るか」
抱えた尻尾を一揉みすると、ボクは意を決して森の中へと踏み入っていく。
森の中は思っていたより湿度は低く、薄暗くはあるが、辺りが見えないほどではない。
その薄暗がりの中を、一歩一歩踏みしめるかのように進んでいく。
妖狐族を選んだ為か、大きな耳は周辺の小さな音まで拾い、異常が無いかを知らせてくる。
暗闇が怖い訳ではないが、何が飛び出してくるかわからない以上、警戒を怠るわけにはいかないだろう。
と、その時である。自慢の三角耳が、ひと際目立つ羽音を感じ取った。
扇を手に、音のする方へ構える。
鳥、ではない。高速で断続的に続く低音。
聞き覚えのあるその音に、思わず足が一歩後ろへと下がる。
やがて暗闇の中から、その音の主が現れる。
半透明の、見る人が見れば芸術的な羽。逆三角形の頭。ぎょろぎょろとした巨大な目は、小さな目が集まって形を成した複眼で、巨大な顎がぎちぎちと嫌な音を立てている。額には二本の触角。その体は黄色と黒の縞模様で、お尻の半分ほどの大きさの胴体部分には、鋭い爪を持った多関節の足が計六本。
その姿は見間違うはずがない。ゆっくりと現れたのは、誰もが一度は見た事があるであろう昆虫、蜂であった。ただしミツバチなどの可愛らしいものではなく、いかにも攻撃的なフォルムをした、オオスズメバチそのもの。
頭の上には、≪ジャイアントビー≫の文字。見たまんまである。
これには流石に背筋が凍る。悲鳴を上げなかっただけ、我ながらたいしたものだと思う。
言っておくが、ボクは蜂が大嫌いである。
小さい頃、家の軒下に蜂が大きな巣を作った事があったのだが、幼いボクはその生物がどれだけ危険か理解できず、不用意に近づいて数匹の蜂に追い回された事があるのだ。
大泣きして母親に助けを求めたその記憶は、今もなおボクの心に深々と傷を残している。
じり、とまた一歩後退。
威嚇するように、蜂がかちかちと顎を打ち鳴らした。顎の間で火花が散ったのは、見間違いだと思いたい。
すり足で後退しつつ、盾にするように尻尾を前に。
「【狐火】」
直後、扇の効果で強化され、やや巨大になった火の玉が蜂の顔面に直撃する。
耳をつんざく、ガラスを引っかくような音は、蜂の絶叫であろうか。
しかし、それを確認している暇はない。
敵が怯んでいる隙に反転し、全力で森の外へ。
柄に合わない事このうえないが、あれ以上睨み合っていれば、自分の中で何かが崩れてしまうような予感があった。否、間違いなく色々と崩れていた。
気が付けば、ボクは始まりの草原でくずおれていた。
命からがらとは、まさしくこの事なのだろう。
「もう、森には絶対入らない」
肩で大きく息をしながら、ボクは心の中で固く誓うのであった。