お稲荷様と子狐様③
ドーモ、ドクシャ=サン。アオイウサギです。
百合成分濃いめ。苦手な方はご注意下さい。
百狐繚乱のクランハウス。高レベルのプレイヤーたちによって集められた貴重な素材アイテムを、これでもかとばかりに注ぎ込んで作られたその場所は、まるでかつての日本にあった美しい四季の風景を詰め込んだ宝石箱のようであった。
真っ赤な鳥居が立ち並ぶ石畳の道を進んでいけば、まずは桜吹雪舞い散る温かな春の庭。
そして桜のみならず、梅や鈴蘭、菜の花が咲き乱れる鮮やかな道を抜ければ、その先に待っていたのは風鈴が揺れ、涼しげな水音とともに小川が流れる夏の風景。
じわりと額に汗がにじみ出した頃に入道雲のゲートを潜れば、心地良い風とともに色鮮やかな紅葉の景色が目の前いっぱいに広がっている。
ひらりひらりと舞い落ちる落ち葉を眺めながら真っ赤な絨毯の上を歩いていけば、最後に向かえてくれるのは真っ白な雪景色。
しんしんと粉雪が舞い散る中で、道の両端にずらりと並ぶは、三角の耳と尻尾を引っ付けた風変わりな雪だるまたち。聞いた話では、エリア内に露天風呂まであるらしい。
そして中央には立派なお社が建てられ、それを守護するにふさわしい二頭の狛狐の間を抜ければ、クランメンバーたちが普段使っている居住エリアへと転送される仕組みになっている。
勿論この居住エリアは専用のインスタンスエリアとなっている為、クランメンバー以外は管理権限を持つサブマスター以上のプレイヤーの許可がなければ、ここに入る事はできない。
さすがは大型クランと言うべきか、その広大な敷地にはさすがのボクも言葉を失った。
「クランハウスを見たのはこれが初めてだけど、随分と手が込んでいるものだね」
四季折々の風景をぐるりと見まわった後、また着物たなびく桜並木へと戻ってきたボクがそう漏らすと、ここまで懇切丁寧に案内をしてくれた忍者、ヤエさんが照れ臭そうに笑った。
「お恥ずかしながら、初めてのクランイベントということでいつもより過分に見栄を張っているのでござるよ。今回はクランメンバー以外にも、一般のプレイヤーが多く参加しておりますゆえ」
ああ、それはわかる気がする。
恐らくはまだどこのクランにも属していないプレイヤーに煌びやかな印象を与えて、あわよくばそのままクランに加入してもらおうという狙いがあるのだろう。
しかしそれをするならば、妖狐族限定という縛りを無くして全プレイヤーが気兼ねなく参加できるようにした方が、より効果的だと思うのだが。
ともすれば、課金アイテムを使って種族を変更するプレイヤーも出てくるかもしれない。
まあ、サービス開始からいまだに根無し草を続けているボクが言うのもあれだけれども。
「それにしても綺麗だよねえ。あっ、これってあれじゃない、ほら、結婚式のやつ!」
「白無垢、だね。こんな物まで展示してあるのか」
目を輝かせ、うっとりとするモミジが見上げる先には多くの女性が憧れるであろう純白の衣装、純真の象徴がゆらりゆらりとその身を揺らしていた。
その隣には儚げに揺れる白無垢を支えるように、立派な黒い紋付袴が飾られている。
桜舞い散る中寄り添うその姿は実に幻想的で、ボクでさえもぎゅっと心を引き寄せられるような魅力があった。
ほう、とモミジが息を漏らす。
「よければ試着もできるでござるよ」
「本当ですか!?」
見惚れるボクたちの背後からかけられたその言葉を聞いて、弾かれたようにモミジが振り返った。
うん、実に女の子である。枯れているボクとはえらい違いだ。
「うむ。実は展示用とは別に、試着用の着物も用意しているでござるよ。もっとも、トラブル防止の為に、貸し出しはあちらの小屋の中だけになるのでござるが」
そう指し示す先にはこじんまりとした、しかし風情を感じさせる茅葺き屋根の離れの姿が。
なるほど、あれならば人前で着るのが恥ずかしいという人でも気軽に試着することができそうだ。
ゲームの中とはいえ、あこがれの衣装に袖を通すことができると喜色満面なモミジに手を引かれ、ボクたちは離れの中へ。
受付けの女性に連れられて更衣室へと入っていくモミジを見送ると、ボクは八畳ほどの和室の縁側へと腰を下ろした。
庭先には鹿威しの音が響き、青々とした柳の葉が静かに風に揺られている。
心地よい鳥の声を聞きながら、ヤエさんが用意してくれた茶菓子に舌鼓を打つ。
しかし、白無垢か。
舞い落ちる桜の花弁をのんびりと眺めながら、今頃はしゃぎ回っているであろうモミジの姿を思い浮かべる。
ウエディングドレス、白無垢。無論、憧れない訳ではない。
しかし、決して叶わぬ夢だと知っているが故にそれはボクにとっては太陽のように眩しく、手を伸ばそうと足掻く程に身を焦がしていく。
まったく、我ながら救いようがない生き物だと思う。
今となっては嘆くことも恨むこともないが、ならばせめて、太陽の下で微睡むぐらいは――
「何やら、花嫁を待つ新郎のようでござるな」
思わずお茶を噴出した。
げほげほと咽ながら背後を睨みつけると、そこにはしてやったり顔を浮かべる悪い狐が一匹。
「いやあ、なにやら緊張している様子でしたので。しかし残念でござるなあ。あの紋付袴が男性専用装備でなければ、是非タマモ殿に試着して頂きたかったのでござるが」
「どうしてそうなるのさ」
眉間に皺をよせ、うんうん唸る忍者の姿に苦笑いが浮かぶ。
「いや、いっそご両人とも白無垢の方が……ううむ、それはそれでありでござるな」
汚い、さすが忍者汚い。
どうにもこの忍者は思考回路が月の裏側まで吹っ飛んでしまったようだ。
これはカイシャクしてやらねばなるまい。
ボクは静かにため息を吐くと、懐から取り出した鉄扇を鋭く振り下ろした。
安心めされよ、ミネウチでござる!
「イヤー!」
「ヌワー!」
ばちこーんというコミカルな効果音が鳴り響き、不届き忍者の頭上に星が舞った。
勿論、これはプレイヤーが自由に使用できる特殊モーションの効果であり、実際に痛みを感じたり、ダメージが発生する事は無い。
自由度の高いゲーム性を利用して、街角で小噺や漫才を披露するプレイヤーたちとってはなくてはならない類のモーションであるのだが、まさか自分が使うことになるとは思いもしなかった。
忍者恐るべしである。
「よ、容赦ないでござるなあ」
「いや、やらないとダメかなと思って」
頭のてっぺんをさすりながらよよよと涙を浮かべるヤエさんに、ボクは胸を張って言った。
くすりと笑みをこぼしたのは、はたしてどちらからだったか。
「ありがとうございます」
気が付けば、そんなことを口にしていた。
「んん、なんのことでござるか」
片目を閉じて微笑みながら、ヤエさんはどこか恥ずかしそうに自らのうなじを揉む。
じわりと胸を蝕んでいたものはすでになく、雪解け水のような澄み切った感情が心の中を流れ巡っていくのがはっきりとわかった。
本当に、ありがたいことだ。
「お、おまたせ」
そうこうしているうちに、着替えを終えたらしいモミジの声が襖の向こうから聞こえてきた。
そしてゆっくりと、恐る恐るといった感じで開かれたその奥から現れた少女の姿を見て、ボクは思考が真っ白に染められていくような錯覚を覚えた。
薄く透ける錦帽子の向こうには蝶を模した金のかんざしが除き、静かに伏せられたその顔には紅が引かれ、妖しいほどの色香を見る者に感じさせる。そして純白をより引き立てる、健康的な褐色の首筋がするりと伸びた先には赤い帯締めが下がり、そのしなやかな肢体を包む白無垢には瑞鳥、とても縁起が良い鳥とされる鶴が優雅に羽ばたいていた。
目を奪われる、というのはこういうことを言うのだろう。
現実には存在しない素材と技術をもって作られたその衣装は、モミジという少女の魅力を十二分に引き出し、万人の心を魅了する儚さを与えていた。
そしてボクは、今の彼女を評する言葉をただ一つしか知らない。
「……綺麗だ」
モミジの顔に、ぱっと朱の色が差した。
「あ、ありがとう……? えへへ、やっぱりちょっと恥ずかしいね」
蕩けるような笑みを浮かべるモミジを見て、ボクはここにハヤトとコタロウを連れてこなくてよかったと心から安堵した。
もしこの場に二人がいたら、驚きのあまり卒倒していたかもしれない。
「いやはや、やはり拙者の目に狂いはなかったでござるなあ」
「いや、本当に綺麗だよ。スクショに残してもいいかな」
「えっ、それはダメ! ほんとに、ホントに恥ずかしいからあっ!」
感慨深いように頷くヤエさんに、見惚れるボク。
ぽろりと口をついて出た言葉にモミジが慌てて駆け寄って、縋りつくほどの必死さで待ったをかける。
先ほどまで纏っていた儚さはどこへやら。そこにはちょっと背伸びをして花嫁衣裳を着ているだけの、天真爛漫な少女だけがいた。
「も、もうっ、じゃあ、タマモも同じやつ着ようよ! そしたらスクショ撮らせてあげる!」
「えっ、いやいや、ボクは遠慮しておくよ」
ぷっくりと頬を膨らませたモミジの口から飛び出したその言葉に、ボクは慌てて首を振る。
たしかに着てみたい気持ちはある。しかし、ダメなのだ。その衣装にボクはふさわしくない。
それに、もしもその小さな願いを叶えてしまうと、ボクはボク自身の心を御しきれる自信がなかった。
「まあまあ、試着用の着物はまだあります故、せっかくの機会ですし是非タマモ殿も!」
ぐいぐいと背中を押される。
胸元にはモミジがしがみつき、まるで捨て猫のような瞳でこちらを見上げていた。
葛藤。
――どうして、どうしてなの
――悪いのは私じゃない
――お前だ。全部お前が悪いんだ!
ありし日の光景がフラッシュバックする。
注射器。心電図。赤青黄色のコード。気泡。涙。慟哭。そして痛み。
視界が歪む。こめかみを万力で締め付けられるような不快感。
「大丈夫だよ」
霧散する。
胸を締め付けられるような重圧からボクを解き放ったのは、すぐ傍から届いた優しい少女の声だった。
「大丈夫だよ。タマモはここにいるよ。だから、楽しんでもいいんだよ。幸せになってもいいんだよ」
ゆっくりと背を撫でながら、まるで子どもをあやすように。
「私は、タマモと一緒にいたい。タマモは、ここにいてもいいんだよ」
だから――
「一緒にお嫁さんになろう!」
ああ、これかなり混乱してるな。
よく見ればその瞳の中には渦が巻き、顔は真っ赤で湯気まで上がっている。
それは着なれない白無垢のせいか、それとも先ほどの熱っぽい台詞のせいか。
ふっと、笑みがこぼれる。
「ふふっ、わかったよ。せっかくの機会だし、楽しませてもらおうかな」
そういうことになった。
何やら奇声をあげてガッツポーズをする忍者の姿に苦笑いを浮かべつつ、モミジの頭を一撫でして更衣室へと向かう。
なんとも上手に乗せられてしまった気がするが、今回ばかりは大目に見るとしよう。
受付の女性に着物を受け取り、しんと静まり返る更衣室に入ったところで、ボクは胸に残る熱を確かめるようにそっと手を当てた。
――ここにいてもいいんだよ
じんわりと、胸の中が温かくなるのを感じる。
あんなことを言われたのは、リン姉さん以外では初めてかもしれない。
まったく、言葉一つでこうも救われた気持ちになってしまうのだから、ボクというのはつくづく単純な人間だと呆れるばかりである。
そうして装備を変更し、部屋へと戻ってきたボクを見るなり、二人はぎょっと目を丸くした。
薄っすらと滲む視界の中で、あたふたと慌てた様子のモミジが視線を右往左往させる。
「ど、どうしたの!? もしかして、そんなに嫌だった!?」
ぽつりぽつりと、雫が零れ落ちる。
それはやがて光の粒子となって溶け、桜の花びらとともに風にさらわれ消えていく。
――ありがとう
絞り出すようにようやく伝えられたその言葉は、我慢できずに漏れ出た嗚咽に消えて。
いつの間にか姿を消していたヤエさんのことなど気にも留めずに、ボクはこの、かけがえのない想いをくれた友人の胸に抱かれ、泣き疲れるまで涙を流し続けたのだった。
そして後日、ボクのアルバムの中には一枚の写真が飾られることになる。
それは白無垢を着た二人の少女が、桜吹雪の下で寄り添う幻想的な一枚。
ちなみにその写真が意地悪な叔母に見つかってからかわれたり、ゲーム内でやたら生暖かい目を向けられることが増えたりするのだが、それはまた別の話。
それはボクの人生で最も華やかな思い出として、胸の中に残り続けることだろう。
いつまでも、ずっと――
モミジを可愛くしたかったのと、タマモをギャン泣きさせたくてやった。
ならば一話に詰め込んでしまえと、身に秘めたニンジャソウルが叫んだのだ!
アブハチトラズ!




