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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-FINAL 新生
88/103

お稲荷様と子狐様②

話が進まんでござるよ!


 こういうのを、魔が差した、というのだろうか。

 場所はジパング。プレイヤーたちに開放された、マイホームが軒を連ねる住宅街の一角。

 季節外れの桜が咲き乱れ、涼やかな水音が流れる美しい日本庭園を眺めながら、ボクは感嘆の声を漏らした。

 妖狐族限定クラン【百狐繚乱】。

 団員数は約六十。

 『仲良く、楽しく、自由気ままに』を合言葉に、初心者の育成やレイドダンジョンの攻略、調理や鍛冶などの生産活動は勿論のこと、農業や漁業なども手掛ける大規模クランである。

 そしてここは、そんな百狐繚乱のクランハウス。

 正直ここに来るかどうかはかなり、それはもう悩みに悩み抜いた。

 なにせクランの顔でもあるクランマスター(タマ)の株はボクの中で絶賛大暴落中であり、ボクが顔を出せばまたあれやこれやと喧しく喚きたてるであろうという確証があったからである。

 たしかに妖狐族ばかりのクランというものに興味はあったが、特に仲の良いフレンドが在籍している訳でも無し、先日のやり取りを思い出せば足が重くなるのも致し方ないというものだろう。

 ではなぜ、そんな重い足を引きずってまでボクがこの場所にやってきたか。

 理由は二つ。

 百狐繚乱に所属する職人たちが手がけた作品たち。満開の枝垂れ桜のその下を優雅に泳ぐ、何枚もの着物たちを一目見たかったというのが一つ。

 もう一つは、ボクが提示した交換条件を百狐繚乱のサブマスターであるテウメッサが快諾したから。

 こちらとしては通れば良し、断られたとしても厄介払いができるので丁度いいぐらいの気持ちで突きつけた条件だったのだけれど、何事も言ってみるものだ。

 そしてその条件というのが、『一名だけ妖狐族以外のプレイヤーが参加することを認めること』という単純明快なもの。

 お察しの通り、出会ってから今に至るまで犬やら猫やら狐やら、ありとあらゆるもふもふに目がない彼女を連れてくる為のものであった。


「うわあ、もふもふだらけだよータマモ!」


 隣を見れば、そこには子どものように目を輝かせながらはしゃぐエルフ族の少女が一人。

 

「モミジ、はしゃぐのはいいけど相手はプレイヤーだからね。あまり羽目を外さないように」


 今にも飛び出していきそうなモミジの首根っこを引っ掴めば、彼女はまるでおあずけをくらった忠犬のような表情でこちらを見やり、がっくりと肩を落とした。

 その仕草はあまりにも犬らしく、エルフ族でありながらもその頭には垂れ下がった大きな耳が見えるようだ。

 思わず漏れ出そうになった笑みを袖で隠し、咳払いを一つ。


「そんなにがっかりしなくても、そのうち活きが良すぎるやつがやってくると思うよ」


 具体的には真っ白な子ぎつねが一匹。

 クランホームに入ってからはまだ見かけていないが、マスターである彼女にはいつ、誰が敷地に入ったかのログが表示されている筈なので、そう待つことなく姿を現すだろう。

 そして、噂をすれば影が差すとはよく言ったもので――


「ようやく見つけたわよー!」


 凛としたよく通る、見た目相応の溌溂とした声をあげながらこちらに駆け寄ってくる小さな影。

 からころと下駄を鳴らしながらやってきたタマの姿を確認したボクは、彼女がこちらに噛みついてくる前にモミジの肩を掴み、ずいと押し出してみせる。

 すると急ブレーキをかけ、衝突寸前のところでなんとか踏みとどまったタマは一瞬目を丸くし、なんともあどけない表情を浮かべた後、モミジの背後に身を隠したボクを睨みつけ犬のような唸り声をあげた。

 本人としては威嚇しているつもりだろうが、それはこの場においてはこの上なく悪手である。

 きらきらと、モミジが先ほどの比ではないほど瞳を輝かせながらこちらを見た。

 何かを察したのか、びくりと肩を跳ね上げる子ぎつね(タマ)

 ボクはゆっくりモミジとタマを交互に見やった後、おもむろに頷いて見せた。

 やって(もふって)よし。


「何この子めちゃくちゃ可愛いんですけどー!」


「な、なによアンタ気安く触らないで――ぎゃー!」


 もっふりもっふり。かいぐりかいぐり。

 猫可愛がりとは、こういうことをいうのだろうか。

 胸に抱かれ、真っ白な頭を撫でまわされながら悲鳴をあげるタマの姿に少しばかり留飲を下げながら、ボクは胸の内で静かに黙祷を捧げた。

 接触設定を切っていない方が悪い。


「いやあ、さっそく楽しまれていますねえ」


 タマの後を追ってきたであろうテウメッサが、もみくちゃにされている己がマスターの姿を見て苦笑いを浮かべる。

 止めないのかと一応訪ねてみると、クラン内でも頻繁に発生していることなので問題ないとのこと。

 それはそれでどうなのだろう。

 リアルの方では似たり寄ったりな体格をしているだけに、内心複雑な思いである。

 

「本人も本気で嫌がっているわけではないんですよ、実は。半分ロールプレイでやってるところもありますし」


 それはまた、随分と物好きなものだ。

 これで中身が男ならば即通報案件であるが、どうやらリアルの方もしっかり女性であるらしい。

 何やらゲーム以外でも随分と親しい間柄のようであるが、下手に藪をつつくこともあるまいとボクは尻尾を揺らした。

 そうして二人で微笑ましく惨劇――もとい仲睦まじい様子を眺めることしばし、ようやくモミジの可愛がりから解放されたタマが、まるでフルマラソンを走り切ったランナーのような表情でこちらへとやってくる。


「よ、よくもやってくれたわね……」


 先程までの覇気はどこへやら。息も絶え絶えの状態でタマはそう絞り出すと、かろうじて残った気力でこちらをきつく睨みつけた。

 しかし虚勢を張ったのも束の間。ほくほく顔であとを追って現れたモミジの姿を見てタマは苦虫を十匹ほど噛み潰したような顔をして、そそくさとテウメッサの背中に逃げ込んでいった。

 さすがの彼女も、今回ばかりは多少懲りたらしい。


「タマちゃん、また遊ぼうねー!」


「絶対にイヤ!」


 しゃー、と猫のように毛を逆立てながら威嚇するタマであったが、当のモミジはそんなものどこ吹く風。にこにこと眩しい、無邪気な笑顔を浮かべながらタマに手を振っている。

 まあ、一度モミジに気に入られてしまった以上、定期的に彼女はあの魔手の餌食になることだろう。ボクもリアルの方で同じような目に遭ったからよくわかる。

 もっとも、そうなるようにモミジを誘導したボクが言えた台詞ではないのだけれど。


「それじゃあご挨拶も終わったようですので、僕たちはこれで失礼します。ここからはうちのヤエがご案内しますので、どうぞ楽しんでいって下さい」


 そう言ってテウメッサがおもむろに指を鳴らせば、突如として彼とボクの中間でつむじ風が巻き起こった。色鮮やかに桜の花びらが吹き荒れるその中心から現れたのは、桜の文様が刻まれた鉢金を巻いた妖狐族の女性。外見はおおよそ二十歳前後。燃えるような赤い髪はあごのラインで切り揃えられ、その首元に巻かれた緋色の襟巻が、まるで十本目の尻尾のようにはたはたと靡いている。

 背中に背負う、トンファーと刀を融合させたような変わった形をした大太刀がきらりと光った。

 おお、とモミジが目を輝かせる。


「忍者だー! タマモ、ニンジャだよニンジャ!」


「わかった。わかったから少し落ち着いて」


「お初にお目にかかる。拙者、テウメッサと共に百狐繚乱の副頭領を務めるヤエと申す。どうぞお見知りおきの程を」


 突然の登場にテンションをあげるモミジと、そんな彼女に肩を掴まれてがっくんがっくんと揺すられているボクをよそに、現れた忍者は両手を太ももに添えて静々と頭を下げた。

 なんというか、ステレオタイプな忍者である。

 しかしその顔を見て、ボクはおや、と首を傾げた。

 

「もしかして、どこかで会ったことがありますか?」


 ついついそう口にしてみれば、彼女は襟巻で口元を隠しながら恥ずかしそうに笑った。


「いやはや、さすがはお稲荷様でござるな。多少身なりを変えたところで誤魔化せませぬか」


「マーブルキャピタルで初めて会ったとき、僕の反対側に座ってたプレイヤーがいたでしょう? あれ、彼女ですよ」


 ああ、なるほどとボクは手を打った。

 言われてみればたしかに、あの時ボクの隣に座っていた女性である。

 以前とはかなり趣が変わっているし、あの場でも一度か二度ほど顔を確認しただけだったのですぐに思い出すことができなかった。これだけインパクトが強い人物ならば、そう忘れるはずがないと思うのだけれど。


「実は彼女が忍者ロールプレイを始めたのは、拡張ディスクが発売された後からでして。それまでは普通の前衛職だったんですよ」


「ちょっと、それは内緒だって言ったじゃないですか!」


 あっけらかんとそうぶっちゃける相方に、ヤエさんが吠えた。

 うっかり素が出てしまっているが、大丈夫なのだろうか。

 こちらの白い目に気付いた彼女はこほん、と誤魔化すように咳ばらいをして。


「では、これより拙者がお二人の案内人を務めるでござる。気になることがあれば、遠慮せずに訊ねて下され!」


 まくし立てるようにそう言うが、真っ赤になったその顔は隠しようがない。

 とりあえず、悪い人ではないようだ。

 ならばこちらも、そのお言葉に甘えることとしよう。


「それでは案内の方よろしくね。ではタマモ様、また後ほど」


「今日のところはこのぐらいで勘弁してあげるわ!」


 そうして震える指先でモミジを指さし、最後までちゃっかりとテウメッサの陰に隠れながら去っていくタマの背中を見送って、ボクたちは妖狐族で溢れかえるイベント会場の只中を進む。

 お祭りはまだ始まったばかり。

 随分と癖の強いメンバーばかりではあるが、せっかくだし楽しむこととしよう。

 

「ほらタマモ、こっちこっち! この着物凄く綺麗だよ!」


「はいはい、わかったわかった」


「いやあ、仲良きことは美しきかな。役得、役得でござる」


 こちらの手を引き駆けるモミジに、それを眺めながら意味深に頷く忍者娘。

 暖かな体温を掌に感じながら、ボクはひっそりと笑みを浮かべるのだった。

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