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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-V 深淵より来たりし者たち
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お稲荷様とハロウィーン②

作中、文字化けしている部分がありますがあくまで演出であり、お読み頂いているパソコンは正常ですのでご安心下さい。


「あっ、キツネさんだー!」


 場所は変わり、はじまりの町アイン。

 ほとんどのプレイヤーがジパングや王都フィーアに拠点を移したにも関わらず、増え続ける新規プレイヤーたち、そして様々な理由からこの町を愛する者たちにより、その活気はいまだ衰えることを知らず、その賑わいは他の都にも比肩しうる程であった。

 そんな賑やかな街の中。心地よい鈴の音とともに扉を開くと、太陽のような笑顔を浮かべた少女がその栗色の髪を揺らしながら胸へと飛び込んできた。

 子ども特有の甘い香りが鼻先をくすぐり、思わず頬が緩む。

 限りなく薄まっていると自覚している、もはや存在しているかどうかも危ういボクの母性でさえも的確に打ち抜き、こうも庇護欲を刺激してくるあたり、子どもとはやはり魔性の生き物なのだと思う。

 高い体温を胸に感じながら、栗色の髪を撫でる。


「久しぶりだね、シア。いい子にしてたかい?」


「うん! いい子だよ! あ、でもねでもね、今日はおかしをもらえなかったら悪い子になってもいいんだよ!」


 シアはボクの腕から飛び出すとなんとも無邪気な、純真無垢そのものといった風な笑顔を浮かべながらそんなことを言った。

 なんだろう、意味は微妙にズレているのに、そんなことはどうでもいいと思ってしまう自分がいる。

 まるで薄汚れた心が漂白されていくようだ。密かにファンクラブが設立されるのも納得である。

 尚、そのファンクラブでは『近寄らない、触らない、話しかけない』が鉄の掟として存在しているらしい。これに違反したものは、それはそれは恐ろしい目にあうのだとか。

 くわばらくわばら。


「やっほー、元気だったー?」


「あっ、モミジおねえちゃんだー!」


 そんなどうでもいいことを考えていると、ボクに続いて入店したモミジが後ろからひょっこりと顔を出した。彼女が小さく手を振って挨拶すると、シアはその手をめいっぱい振り回して応える。

 ボクの時よりも少しばかりリアクションが大きいのではないかと少々むっとするが、モミジも天真爛漫な部分があるし、シアとは気質的に近いのだろう。

 目線を合わせるために屈んだモミジとハイタッチを決めるあたり、相当仲は良いようだ。


「モミジって意外と面倒見がいいんだよ。子ども心を掴むのが上手っていうのかな」


「自分も子どもだからだろ。要は単純なんだよ」


 片や爽やかな笑顔を浮かべつつ、片や呆れ顔で言うのはハヤトとコタロウの二人。

 ボクたち二人に比べるとやや遅れた登場であるが、それはボクやモミジに絡んでくるプレイヤーたちを彼らが追い払っていたことが原因だった。

 ボクに関する背びれや尾ひれ、何なら腹びれまで引っ付いて独り歩きしている噂や、モミジのその人懐っこく明るい性格に惹かれた者に絡まれたり、やっかみを受けるのはままあることなのだけれど、それでもいまだ実害が出ていないのはひとえに彼ら優秀なボディガードのおかげであると言えるだろう。

 高性能の虫よけ装置とも言えるが。

 ちなみにそんな彼らの姿を見て周囲の男たちが殺気まで含んだ嫉妬の念を送っていたり、一部のハードコアな方々がどっちが攻めか受けかという多分に腐った議論をしていたりするのだけれど、それは言わぬが花であろう。

 ボクも教えないし聞かれても答えない。

 と、忘れてしまわないうちに本題を済ませてしまおう。


「はいこれ、いい子にしてたシアにプレゼント。またお母さんと一緒に食べてね」


「わ、ありがとー!」


 懐から取り出したお菓子の包みをシアの小さな手のひらに置くと、彼女はそれを天高く掲げてそのくりくりとした大きな瞳を輝かせた。

 中身は何の変哲もないクッキーなのだが、ここまで喜んでもらえると作った甲斐もあるというものだ。

 続いてモミジたち三人からもお菓子を渡され、周りに花でも咲かせそうな様子のシアを眺めながらボクは店の奥、カウンターの方へと向かう。

 そこには先程から慈愛に満ちた表情で愛娘を見守る、この店の主の姿があった。


「すみません、ご挨拶が遅れてしまって」


「いえいえ、こちらこそ娘の相手をしてもらって申し訳ないわ。あの子ってば、今日はいろんな人に構ってもらえるからってはしゃいでしまって」


 こちらが軽く頭を下げると、ルビアさんは頬に手を添えながら困ったように笑ってみせる。

 美人で気立てがよく、一児の母だけあって家事全般もそつなくこなす。

 設定では魔物に襲われて夫を亡くしているそうだが、それ故に漂う儚げな雰囲気。

 そして接客用のエプロンとふんわりとしたスカートで隠れているが、ボクの見立てではなかなかのナイスバディだ。

 まあ、年上好きの男子諸君にはたまらないのだろう。彼女目当てでこの町に留まっているプレイヤーも多いのだとか。


「これ、つまらないものですが」


「あらあら! これはこれはご丁寧に……えーっと、少し待ってもらえるかしらっ」


 ルビアさんにと余分に作っていたお菓子を渡すと、彼女は目を丸くしながらそう言ってぱたぱたとサンダルを鳴らしながらお店の奥に引っ込んでしまった。

 その足取りはどこか軽やかで、なるほどたしかにシアのお母さん(親子)だなあ、なんて、しみじみとそんなことを思う。

 始まりの町の看板親子、なんて呼ばれるのもわかる気がする。

 そうしてしばらく待っていると、ルビアさんは奥から小さな包みを抱えて戻ってきた。

 

「ちょうど焼き上がったばかりなの。よかったらあとで召し上がって」


 そう言って渡された包みを開けると、そこには飴色に輝き、甘い香りをのぼらせるワッフルが三つ。

 それを見て思い出したのは、初めてこのお店に来た時に飲んだ、彼女が淹れてくれたあの紅茶の味であった。これはきっと彼女が茶請けにと用意していたものなのだろう。 

 

「ありがとうございます。大事に頂きますね」


 アイテム名は『ルビアのワッフル』。どうやら食事後、MPが自動的に回復していくバフがかかるようだ。

 なかなか重宝しそうな効果ではあるが、数は限られているうえにこういった食品は一定時間経過すると使用できなくなってしまう。

 帰宅したあと、ゆっくり味わって頂くとしよう。

 さて、ご挨拶も終わったところで次の場所へ向かうとしよう。

 あまり長居をしても迷惑だろうし、何よりイベント期間は有限である。余裕があるうちに、縁があるNPCにはお菓子を配り終えてしまいたい。

 何より――振り向き、シアと一緒にはしゃぐ我がパーティのおてんば娘を眺めながら息を吐く。

 放置しておくと、この場から動けなくなりそうだしね。


「ほら、もう行くからモミジもルビアさんに挨拶してきたまえ」


「えー、いいじゃんもう少しぐらい」


 聞き分けのない子は尻尾で黙らせる。

 すぱぱぱーんと、柔らかな毛並みの尻尾とは思えぬ軽快な音が鳴った。

 ちなみに九連打まで可能だ。

 しかしこのゲームでフレンドリーファイアは許可されていない。つまりこれは音だけで、実際にダメージが発生したり、相手に痛みや衝撃を与えるものではないので安心してほしい。

 その証拠にモミジ本人は後頭部をさすりながら、どこか満足げな表情である。いや、これは彼女だけなのかもしれないけれど。

 

「あ、あのね!」


 尻尾三連打を受けて渋々、本当に渋々といった風に立ち上がり、ルビアさんの方へ向かうモミジとその保護者二人の背中を見送っていると、不意に足元から声がかかった。

 視線をそちらに向けると、そこには両手で何かを必死に覆い隠すシア(天使)の姿が。

 

「キツネさんに、これあげる!」


 ほんのりと頬を赤らめ、背伸びしながら開かれたその両手の中には小さな、しかし並みのレアアイテム以上の価値を持つ宝物。

 それは持つものに幸せをもたらす四葉のクローバーだった。その表面はいまだ瑞々しく、採ってきてからそう時間が経っていないように見える。

 どこで見つけてきたのかはわからないが、シアぐらいの子どもにとってはかけがえのない宝物だろう。そんな貴重品を受け取ってしまっていいのだろうか。

 ボクがそう尋ねると、シアは頭が取れてしまうのではないかと心配になるほどの勢いで首を上下に振った。


「ありがとう。大事にするね」


 感無量とは、こういうことを言うのだろうか。

 しかし彼女の宝物を受け取り、傷付けぬようにとそれをインベントリに入れたところでボクはある一点を見つめながら首をひねる。

 その原因は受け取った際に表示されたアイテム名と、そのテキスト内容にあった。


【逵溷ョ溘∈縺ョ諡帛セ�憾】


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 なんだ、これは。

 完全に文字化けしている。ネットゲームに関わらず、昨今のソフトウェアでは珍しい現象だ。

 解読しようとすれば可能ではあるが……イベント開催に伴う不具合の可能性もある。とりあえずはあとで運営に報告しておこう。

 表情を強張らせるボクを不安げに見上げるシアの頭を撫で、微笑む。

 

「どうしたの。何かあった?」


 ちょうどその時、ルビアさんへの挨拶を終えた三人が戻ってきた。

 よほど難しい顔をしていたのだろう。三人とも何事かと怪訝な表情を浮かべている。


「いや、大したことではないのだけれど。ちょっと見てもらえるかな」


 そう言ってシアから受け取ったアイテムのテキストを開いて見せると、ボクの背中越しにそれを覗き込んだ三人がなんとも渋い顔をした。どうやら三人にも解読不可能な状態で見えたようだ。

 となると、こちらのハードウェアが問題で文字化けした可能性は低い。

 

「なにこれ、バグ?」


「だろうねえ」


「こんだけわかりやすいバグも珍しいな。仕事しろよ運営」


「そうだねえ」


 サービス開始からこっち、こういったわかりやすいバグが発生していなかった分、遭遇した不快感よりは驚きや物珍しさが先に立つ。

 ちなみに同じアイテムを受け取っていたモミジから正常な状態のものを確認させてもらったのだが、正しくはこうであった。


【ハッピークローバーのお守り】


 無垢なる少女が願いを込めた四葉のクローバー。

 始まりの町アイン周辺に自生している植物だが、四葉のものは非常に珍しい。

 ハッピークローバーと呼ばれ、持つ者に幸運をもたらす。

 装備時に幸運値微上昇。


 どうやら、モンスターがアイテムをドロップする確率に作用する幸運値を上昇させるアイテムだったらしい。ちなみにアクセサリー扱いだ。

 なんとも収まりの悪いことではあるが、せっかくのプレゼントである。幸いバグが発生しているのはテキストの部分だけのようであるし、この程度のことでシアの笑顔を曇らせるのは、それこそボクの本意ではない。

 

「本当にありがとう。また来るね」


 最後にぎゅっとハグをして、来た時と同じ眩しい笑顔に見送られながらボクたちは店をあとにする。

 尚、バグに関しては後日しっかりと運営に報告のメールを送り付けておいた。

 その際、多少辛辣な物言いになってしまったかもしれないが、せっかくのイベントに水を差した代償としては安い方だろう。

 そしてイベント後、ボクの着物の帯を四葉のクローバーが飾ることになったのも、もはや言うまでもないことであった。

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