お稲荷様と父なる……③
お待たせ致しました。
ダゴン戦、決着です。
巨大ボスとはいえ、しょせんはソロクエスト。
それなりに高い難易度ではあるだろうが、そう苦労するほどのものでもないだろう。
そんな楽観極まるボクの考えは、戦闘開始からものの十分ほどで完膚なきまでに打ち砕かれることとなる。
戦闘不能になること四回。
ギミックを攻略できずに強制排除されること二回。
初見殺しに憤慨してふて寝すること一回。
お昼ごろに始めた攻略であったが、時計の針はいつしか夕飯時を指し示していた。
正確には、十七時五十四分。
七度目の攻略である。
ちなみに初めてこの海底神殿に入った時には気が付かなかったが、どうやらこの神殿全体がインスタンスエリアになっているようで、同じエリアに侵入するには、そのクエストを発生させたプレイヤーとパーティを組まなければならないようだ。
つまり他のプレイヤーからの助太刀は期待できない、ということ。
「■■■■■■■――!」
もう七度目になる、開戦を告げるダゴン・アバターの咆哮が神殿内を震わせる。
火力はほどほど。機動力は皆無だがその分、耐久力にステータスを振ったモンスター。
それが試行錯誤の末に出した、ダゴン・アバターへの評価である。
そう、このモンスターはたしかにタフだが、純粋な強さだけ見ればさほど脅威にならない存在なのだ。
たしかに触腕を使った縦方向への打ち下ろし、横方向への薙ぎ払いは脅威だが、それらの攻撃は事前に大きな溜めが発生するので避ける事は容易い。
注意点は三つ。
攻撃の溜めを見逃さない事。そして攻撃の延長線上にカヨウさんがいないように立ち位置を調整すること。
彼女は戦闘中に様々なバフをかけてくれる優秀な支援ユニットではあるが、ボスの攻撃を三発受けると集中力が維持できなくなり戦線を離脱してしまう。
この戦闘で彼女を失ってしまうと難易度が爆発的に上昇する為、プレイヤーは彼女から三十度から四十度ほど軸をずらして戦う事をお勧めする。
あとは初戦時に少しばかり手を焼いた、こちらの正気度を下げて狂気のデバフを付与してくる咆哮への対処をきちんと行うこと。
この三つが第一形態時点での注意点。
「■■■■■■■――!」
「なにか仕掛けてくるぞ、注意せい!」
化け物の咆哮のあと、カヨウさんの叱咤が響く。ダゴン・アバターが第二形態に入る合図だ。
ぶくぶくと膨れ上がる巨体。腹からは魚の腹びれに似た透明な刃が何枚も飛び出し、鱗に覆われた頭の前面にびっしりと丸い目玉が浮き上がってくる。
生理的嫌悪感を抱かずにはいられない醜悪な変体を終えると、始まるのはシューティングゲームさながらの弾幕、弾幕、弾幕の嵐。
毒々しい見た目をした紫色の気泡。
高圧で打ち出される水の刃が縦横無尽に振るわれ、さらに頭上からは鋭い氷柱の雨がこちらを蜂の巣にしようと容赦なく降り注ぎ始める。無論、第一形態で使用してきた咆哮でのデバフ付与も織り交ぜながら。
この第二形態での注意点、それは【正気度】の管理だ。
これはどうやら今回の戦闘にのみ適応されているステータスのようで、低下することによって様々なデバフをプレイヤーに発生させる。
十下がれば【幻覚】と【失語】。
三十で【錯乱】。これはプレイヤーのスキルを阻害する効果、いわゆるスタンが散発的に発生するようになる。
五十で【狂乱】。プレイヤーを強制的に移動させるデバフで、移動すれば当然、詠唱を必要とするスキルは中断されるので魔法使い系のプレイヤーにとっては非常に厄介なものとなる。
そして正気度が三割を切ってくるといよいよ詰みだ。
発生するのは【圧倒的恐怖】。
恐怖に屈し殆どのスキルが使用不可となり、移動にも制限がかかる。
そこから先は検証していないが、おおかた即死だとか強制的なにげる連打だとか、そんなところだろう。
恐らくは、誰もが初見殺しされるこのイベントの鬼門もここだ。
正気度を下げてくる敵の行動は二つ。
【狂気の咆哮】という序盤から使用してくるものと、【狂気の視線】という特殊攻撃。
後者は発生時にダゴン・アバターの方を向いている場合、正気度を十から二十下げてくる。この数値自体はおそらくランダムだ。
対策としては定期的にカヨウさん、もしくは彼女が使役する金狐銀狐に近づき、正気度を回復させること。
ただし第一形態の時と同じく、範囲攻撃に彼女や式神を巻き込むと最悪戦線を離脱されるので、ここでも引き続き注意が必要だ。
「本当に、クリアさせる気があるのかなっ、ここの運営は……!」
毒の気泡をかわしながら、妖しく光り出したダゴン・アバターの目玉に背を向ける。
足元に浮き上がった影を見て氷柱を避け、水圧カッターを防御スキルの重ね掛けで受ける。
「くそっ、まさかRPGで三次元戦闘をする羽目になるとは思わなかった……!」
絶対に実装するゲームを間違えているだろう。
これでソロ専用クエストだとのたまうあたり、運営こそ正気度の確認をすべきではないだろうか。
ともあれ、乗りかかった船に加えて負けず嫌いなボクなので、悪態をつきながらも次こそは次こそはと思いながらチャレンジしている訳なのだけれど。
恐らくは次かその次のパッチで難易度を下げる修正が入るのだろうけれど、その後クリアしても何だか負けた気がして癪だ。
「でもこの分だと、もう一つぐらい何か隠してそうだなぁ」
迫りくる弾幕を潜り抜け、隙間を縫うようにこちらもスキルで応戦しながらそうひとりごちる。
現在のダゴン・アバターの体力はだいたい四割を下回ったところ。第二形態に入ったのが半分を割った段階であったことから、恐らくは残り三割ほど、もしくは一割のところでもう一波乱あるとみた。
勿論、予想できたところで何がどうなるという訳ではないのだけれど。
「これタマモ、もう少し丁寧に戦わぬか! 術が解ける!」
どうやら立ち位置を少し間違えていたらしく、触腕での叩きつけを飛び退いてかわした辺りで背後からカヨウさんのお叱りを受けた。
こっちも不慣れな動きをしている中で、無茶を言わないでほしい。そんな言葉を、ぐっと飲み込む。
シューティングをはじめ、FPSはボクじゃなくてリン姉さんの領分だ。
あの人ならこの程度の弾幕、鼻歌まじりにクリアしてしまうのだろう。
ダゴン・アバターの体力が、二割を切る。まだ、動きに変化は見られない。
と、なると危険なのは残り一割になった辺りか。
ダゴン・アバターに背中を向け、【狂気の視線】を回避すると同時に金色の毛並みが美しい大狐の元へ。円状に広がる結界に入る事で、もう少しで五十を切ろうとしていた【正気度】を最大まで戻す。
そのまま次の範囲攻撃が来るまでの数秒の間、小休憩を挟んで再び戦場へ。
残り一割五分。そろそろラッシュを仕掛ける頃合いだろう。
あわよくば、そのまま何事もなくクリアできてしまわないものか……。
勿論、そんな淡い期待はすぐに裏切られることとなる。
「瓦解土砲!」
もう何度目になるかもわからない、勾陳を召喚しての大技。
吐き出された土石流がダゴン・アバターを強かに打ち据え、ついにその体力が一割を切ったその直後のことであった。
二度の変体を経て膨れ上がったダゴン・アバターの体が、三度波打つ。
だが、最後にこの醜悪な化け物が見せたのは肉体の強化ではなく、むしろその真逆。
「……小さくなってる?」
そう、ここにきてダゴン・アバターは触腕を増やすでも、より苛烈な攻撃を始めるでもなく、その身を小さく縮め始めたのだ。
亀が外敵の攻撃から身を守るように、触腕や腹びれを引っ込め、より丸く、丸く。どんな槍も、剣も通さないほどに固く、固く。
敵の意外な行動に、ボクはしばし立ち尽くす。
瀕死にまで追い込まれて守勢に回った? ソロ用とはいえ、仮にもダンジョンのヌシが、この土壇場で?
ない。絶対にそれはない。
これはどちらかといえば、最後の最後、ほぼ覆りようのない戦況を根っこからひっくり返せるの切り札を切る為の時間稼ぎ――
「タマモ、ぼぅっとするでない! 早う止めをささんと取り返しがつかん事になるぞ!」
ボクの考えを肯定するように脇から焦った様子のカヨウさんが飛び出し、身を縮め続けるダゴン・アバターへ無数の護符を放つ。
巨体を四方から囲むように配置された呪符が煌めき、半透明の檻を形成したその瞬間、閉じ込められたダゴン・アバターの体が文字通り爆発した。
それは正しく堰を外した川の如く、引き絞った体を何倍、何百倍にも膨張させる肉の氾濫をカヨウさんの強固な結界が押しとどめる。
しかし疲弊した身ではそれも長くは続かないようで、ガラスケースのような結界の表面には幾つものひびが入り始めていた。
「銀狐、金狐!」
額に汗を浮かばせながらカヨウさんが名を呼べば、二頭の狐はそれぞれダゴン・アバターを挟み込むように左右へと広がると唸り声をあげる。ダゴン・アバターを中心に、カヨウさんと二頭で三角形を描くような配置だ。
カヨウさんが素早く印を結び、呪文を紡ぐ。
「破邪四天結界!」
柏手を一つ。
それを引き金に立方体の結界を覆うように新たに三角錐状の結界が現れ、今まさに一枚目の結界を破らんとしていたダゴン・アバターの動きをより一層縛り付ける。
それと同時に、結界の中に残されたボクは補助魔法を更新し終え、更なる追い込みをかける為に絶え間なく攻撃スキルを浴びせかけた。
カヨウさんの結界が完成したからといって、安心はできない。むしろ、ここが正念場だ。
その証拠にダゴン・アバターは既に結界の破壊を諦め、さらに身を縮め始めている。
先程の大技、スキル名はわからないが恐らくは相当な威力を秘めた大技だったはず。ならば、恐らくこれは残りの体力を一定時間内に削りきらなければワイプされるという、この戦闘での最後の嫌がらせである可能性が高い。
掌にじわりと汗がにじむ。
MPは残り僅か。可能な限り攻撃スキルは打ち続けているが、最終形態に入って防御力が増したのか、以前ほど体力の削れ方は大きくない。
焦り。焦燥が肌をひりつかせる。
脳裏をよぎる、一つの可能性。
一か八か。
こちらも大技に賭けてみるか、否か。
「残り時間もそう多くない……やってみるか」
数瞬の思考の後、スキルを選択。
前方に護符を投げ放てば、それはふわりと浮き上がり巨大な魔法陣を汲み上げる。
響いたのは獣のような、あるいは猛禽類のそれに似た咆哮。
魔法陣の中央から現れたのは、炎を纏った大蛇。
十二天将が一、騰蛇がその巨大な咢をダゴン・アバターへと向けた。
「砲火天連!」
咢が煌めく。
放たれた大火はダゴン・アバターを飲み込み、とぐろを巻いて爆発した。
いつぞやかあの地下墳墓でも見せた、騰蛇が使用できる特殊攻撃スキルだ。
水属性を纏うダゴン・アバターに対し、火属性の攻撃は本来あまり効果がない。だがそれを考慮しても、この攻撃こそが現在出せる最高火力、その足掛かりであった。
無論、これで終わるはずもない。
「次!」
再度スキルを選択、実行。
騰蛇が霞となって消えていくのと同時に、新たに展開した魔法陣から次なる式神を召喚する。
ごっそりと消えるMP。だが、まだ尽きた訳ではない。
魔法陣から次に現れたのは、巨大な火の鳥。
この式神もまた、十二天将の一角。南方の守護神、朱雀の化身である。
甲高い叫びと共に朱雀はその炎の翼を大きく羽ばたかせ、ダゴン・アバターへと突撃した。
「燎原之火!」
炸裂音と閃光。ダゴン・アバターが悍ましい悲鳴をあげる。
だが、結果を確認している暇はない。
すぐさま朱雀を送還。MP回復ポーションをあおって次なるスキルを発動させる。
これで最後。これが終わればもう、ボクのMPは空っぽだ。
文字通り、残った力を全て振り絞っての一撃となる。
新たな魔法陣を作成。呼び出しのは無論、一番効果が見込める土属性を帯びる式神。
魔法陣を潜り、再び金色の大蛇がダゴン・アバターの前へと顕現する。
なんとか、ギリギリのところで再使用時間が間に合った。
「瓦解土砲」
放たれる土石流。それはダゴン・アバターの体を容赦なく飲み込み、打ち砕き、その体力を削っていく。
そして少しだけ残っていたダゴン・アバターの体力バーはみるみるうちに短くなり、短くなり――ほんの一ドット分だけが残った。
「……悪い冗談だ」
ここにきて、まさかの乱数。
おのれ妖怪一足りない……!
いやもう一押し、もう一押しできればクリアできるのだ。ここで諦めるわけにはいかない。
幸い残りはほんの僅か。これならば通常攻撃でも削りきれる筈だ。
そうして折れかけた心を奮い立たせ、扇を手に駆けだそうとしたその時である。ボクの背を飛び越えて、ダゴン・アバターに躍りかかる者があった。
カヨウさんか? 否、彼女は二体の式神と共に結界を維持するので精一杯だ。とてもではないが戦闘に参加することは難しいだろう。
では、誰か。
頭上で、溌剌とした少女の声が響いた。
「ピンチとあらば即参上! ティアちゃん、いっきまーす!」
燃えるような赤い髪をひるがえし、青い肌の少女が笑う。
振りかぶった双剣が、今まさに爆発寸前であったダゴン・アバターの体に深々と突き刺さった。
悲鳴が、地獄の底から響くような断末魔が響く。
「ようやった! タマモを連れて退け!」
「あいあいさー!」
カヨウさんのその声に、アワリティアは双剣を引き抜いてその場から離脱する。ついでとばかりに、ボクの首根っこを引っ掴んで。
ぐえっと、自分でも聞いたことのない声が出た。
「喝ッ!」
一際大きな、柏手の音。
それを合図にダゴン・アバターを捕らえていた二重の結界が一息に圧縮され、抵抗する力を失った怪物を完全に封じ込める。
断末魔が聞こえなくなった頃、その場に残ったのは不気味なまでの静寂と、小さな黒い勾玉が一つ。恐らくは、ダゴン・アバターを封じ込めたものだろう。
それを袖から取り出した護符で包み、慎重に拾い上げたところでようやくカヨウさんはほっと息を吐いた。
「……終わったのう」
「……みたいですね」
肩から力が抜ける。
どうと倒れるようにして、ボクは人目も気にせずその場に大の字になった。
「終わったー!」
所要時間、おおよそ七時間。
このふざけた長丁場に、ようやく終止符が打たれた瞬間であった。
いくつか補足を
①タマモのクリアタイムはどっちかといえば遅い方です。
②お察しのとおり、最後のDPSチェックを抜けられなければワイプです。
③残り体力1でアワリティアが乱入するのは確定イベントです。
初期の構想では修正前のツイスター(詠唱のみエフェクト無しの接触したら即死な射撃攻撃)でもやってもらおうと思ったんですが、流石に変更しました。
あと必要であれば本作の設定集なんかも投稿しようかと思うのですが、需要ありそうですかね。
twitterの方でアンケートもやってますので、宜しければご協力いただければ。




