お稲荷様と初パーティ
本日中にもう一話頑張ります。
「えっ、あの後そんな時間までログインしてたの? あ、ログインしてたんですか?」
「そのおかげで狼のモンスターにやられてしまったのだけれどね。折角かけてもらった支援魔法を無駄にしてしまって、申し訳ない」
「狼って事は、ブラックウルフか。あれリンクするし、ソロだとなかなかしんどいッスよ」
リンク、とは一体が敵対状態になれば、周辺にいる同種のモンスターも同じく敵対状態に変わる特性を差す。まあ、近くにいる仲間が増援に駆けつけるようなものだ。
狼は群れで行動する動物であるし、その特性が備わっているのは至極当然といえた。
「はは、まったく耳が痛い。それと、ボクには敬語は不要だよ。堅苦しいのはどうも苦手で」
冒険者ギルドで少女の誘いを受けたボクは、願っても無いその申し出を快諾。軽く準備を済ませた後、昨日ボクがレベリングを行っていた、始まりの草原へとやってきていた。
ワーウルフの少年はコタロウ、職業は拳闘士。
人間族の少年はハヤト、職業は剣士。
そして冒険者ギルドでボクをパーティに誘った少女はモミジ、治癒術士である。
ちなみに、三人ともレベルは十七。ボクより五つも上である。
パーティでの戦闘で得られる経験値は人数に応じて頭割りで分配されるのだが、割合としてはレベルが高い者ほど大きく、低い者は得られる経験値も少なくなる。 対して大本の数値は一番レベルが高いプレイヤーを基準に算出されるので、レベル差によっては9:1なんて比率になったりもするらしい。
まあ、高レベルプレイヤーが低レベルプレイヤーのレベル上げを補助して効率を高める、所謂パワーレベリングと呼ばれるものに対する処置であろうと考えられる。
しかし、その件に関しては事前に話し合い、皆が納得済みだ。元々このレベル帯では左程取得できる経験値に変わりはないだろうし。この差がもっと大きければ、目に見えて経験値も不味くなったのだろうけれど。
「そういう事なら。でもでも、職業を取得してないって、色々きつくない?」
「うーん、これに関してはボクのわがままと言わざるを得ないね。転職が出来るのも知ってるし、何でもいいから職業ギルドに所属した方が、情報的にもスキル的にも有利に働くのは間違いないのだろうけれど」
パーティを組んだ際、ボクがまだどこの職業ギルドにも所属していない事を話したところ、三人の反応は皆一様であった。当然である。
このゲームにおいて職業は固定ではない。初めにこれだと決めた職業から変更出来ない、なんて事はなく、いつでも変更は可能だ。
そして職業ギルドに所属するとその職業に対応したスキルがレベルに応じて取得出来たり、専用のクエストが受領出来たりする。デメリットは皆無だ。
職業無し、なんていうのは一種の縛りプレイだ。そして縛りプレイなんてものは基本ソロで行うべきもので、パーティプレイでもその縛りを持ち込むのは無論ナンセンスである。
なので、パーティを組むとなった際は、この点が非常に心苦しかった。
職業無し、種族スキルのみで構成された、言ってしまえば迷惑プレイヤーに近いボクを組み込むぐらいなら、他の魔法使いやら、弓術士を誘った方が戦力はぐんと上がり、レベリングの効率も多少は変わってくるだろう。
だが、この三人は嫌な顔一つせず、むしろ無職でいる理由を説明すると、そういったこだわりは大事だと歓迎してくれた。いやはや、なんとも心地の良い若者達である いや、ボクも若者なのだが。
「最悪、目当ての職業ギルドが見つかるまでこの辺りでのんびりしていても構わないしね」
「でも陰陽師か。そういやあ、オープンβの時点で色々言われてたな。忍者だの、侍だの」
「インタビューで運営側が、“そういうのも探せばあるかもしれませんね”って答えてたらしいよ」
レッサースライムを蹴っ飛ばし、片手剣でスライスしながら二人が答える。流石に四人がかりでやれば一瞬、多勢に無勢である。南無南無。
ちなみに今回の獲物はこのレッサースライムではなく、草原の先に広がっている森、その手前に生息しているマッドワームというモンスターだ。
攻撃力も防御力もさほど高くないモンスターらしく、こいつを連続で狩り続けるのが美味しいのだとか。
「お、いたいた」
先頭を歩いていたモミジが声を上げる。
その視線を辿ると、地面から土色の棒が一本、何やらうねうねと揺れていた。
ワームというよりは、昔水族館で見たチンアナゴによく似ている。先端には触角のような管が数本生えており、目はなく、小さな口が一つだけついている。
「思ったよりも愛嬌があるね」
「え、タマモさんマジ?」
そうぽろっと零したところ、モミジに若干引かれてしまった。ボクは好きだけどなあ。
ともあれ、いつまでも眺めている訳にもいかないので、そろそろ始めるようである。
「モミジ、バフ宜しく」
「ほいほい、【ホーリーヴェール】!」
モミジが杖を高く掲げ、先日ボクもお世話になった支援魔法が発動する。
それを受け、ハヤトが剣を抜いてマッドワームへ向かって駆けだす。その背中をコタロウが追い、我々後衛組はここで待機だ。とりあえずは、タンク役のハヤトが敵視を稼ぐまでは、高威力の魔法攻撃は使えない。
「【挑発】!」
まずは横への切り払い。そのまま後ろへ抜けて、盾を打ち鳴らす。
ぐりん、とマッドワームの体がうねり、その向きをハヤトの方へと向けた。それと同時に体を鞭のようにしならせて、ハヤトを薙ぎ払わんと迫る。さて、そろそろいいだろう。
マッドワームの一撃をハヤトが盾で受け止めるのを見届けて、呪符を投げる。
同時にマッドワームの背を、コタロウの拳が強かに打った。その脇を抜けるように呪符が襲い掛かり、炸裂音が響く。
このゲームにフレンドリーファイアは存在しないが、攻撃判定はプレイヤーの身体に接触した瞬間消失してしまうので、こちらの妖術がコタロウに当たってしまわないよう、微妙に立ち位置を調整していく。うん、この辺りなら問題ないだろう。
「【鎌鼬】」
宣言し、腕を振り上げる。
手刀が大気を裂き、不可視の刃――あくまでゲームの設定上であり、実際はうっすらと色がついている――がマッドワームへ向かい放たれた。
しかしまあ、威力はレベル相応であるので、風の刃は相手の薄皮と肉を少々切り裂いた程度で霧散する。 威力が上がれば輪切りに出来たりするのだろうか。いや、ミミズの輪切りはあまり見たくはないので出来なくていいか。
だがしっかりダメージは通っているようで、マッドワームは苦しむように身を捩る。
時折モミジが回復魔法をかけつつ、危なげもなく初戦は終了した。
マッドワームがぐったりと地へ倒れこみ、その体が淡い光となって解けていくのを見届けると、軽快な電子音と共にメッセージが表示された。どうやら、何かしらのアイテムがドロップしたらしい。
【マッドワームの肉】
始まりの草原に生息するマッドワームの肉。
主に魔物用の餌として利用される。
意外とジューシー。
これは、なんとも。
最後の一文に、思わずドン引きである。
いや、現実世界での食用ミミズの存在は知っているが、まさかこの巨大ミミズを食べてみせた豪傑が存在するのだろうか。
三人の方を見やると、三人とも困ったような顔を浮かべていた。
「気持ちはスゲーわかる。ここの運営、絶対面白半分でテキスト作ってるだろ」
「あはは……。まあ、魔物使いとかが使うんじゃないかな、うん」
「私もこれは無いと思うわー」
何はともあれ、レベリングである。
経験値の減少は想定の範囲内であるし、数でカバーすれば補える程度だ。
「まあ、これはあとで売却かな。流石に使わないだろうしね」
「私もいらないー」
「じゃあ、次行くか」
この“始まりの草原”にはかなりの数のプレイヤーがいるはずなのだが、フィールドが広大な為か、周囲に見える姿はまばらで、幸い獲物の奪い合いにはならなさそうだ。
所々にぽこぽこと頭を出すマッドワームを追い、次々と撃破していく。
小休憩をはさみながら一時間程狩り続けると、またレベルアップを知らせるファンファーレが鳴り響く。これで十四である。
「おめー」
「おめでとう」
「やっぱ魔法職が一人多いと違うな。 殲滅速度がダンチだわ」
そう言ってもらえると、こちらとしても気が楽だ。
やはり、種族スキルのみで迷惑にならないか少々不安が残っていたのだが、多少なりともプラスには働いているようで一安心である。
「三人は種族、職業レベル共に十八だったかな?やっぱり徐々にきつくなってくるみたいだね」
「十五を過ぎた辺りから、必要な経験値が目に見えて増えてね」
「このレベル帯でこの増加量なら、キャップ付近は地獄だろうな」
「レベリングダンジョンはよー」
ちなみに現在のレベルキャップ、上限は六十である。
バージョンアップでこの上限はどんどん上がっていくだろうが、それに伴いレベルアップに必要な経験値も増えて行く事を考えると、確かに頭も痛くなる。
まあ、その辺りも含めて修正が入るような予感もするが。
「まあ二十になればまたギルドクエストも受けられるだろうし、頑張ろう」
「ほう、やはり決められた間隔でクエストが発生するんだね」
「今は五の倍数だな。レベル五、十、十五で発生してるから、まあ二十でも来るだろ」
ちなみにクエストの報酬は装備品や専用のスキルらしい。
うぅむ、装備品も手に入るとなると、そこで浮いたお金を別の事に回せるな。そこは素直に羨ましい。
「ボクも早く陰陽師になりたいんだけどねえ」
「とりあえず魔法使いにでもなっとけばいいんじゃね? 経験値勿体ないぞ」
「うーん、いや、いや、初めてセットする職業は陰陽師って決めてるから」
「物好きだねえー」
と、そんなやり取りをしながらさらに狩りを進め、丁度昼食の時間という事で、今回は一旦お開きとなった。結局、レベルは十五まで上げる事が出来た。他の三人は十九である。
流石に初期装備の武器ではダメージが通らなくなってきたために、後半はほぼ妖術のみで攻撃を行っていた。MP管理はしっかりと行っていたが、それでもレベリング効率が僅かばかり下がってしまい、三人には本当に迷惑をかけてしまったと内心反省する。
朝食を済ませたら、そろそろ武器も新調しないといないなあ。呪符、売ってるだろうか。
「それじゃあタマモさん、またねー!」
「パーティ、ありがとうございました」
「また宜しくッス」
三人とは、街の入り口で別れた。
手を振り去っていく三人を見送って、さて自分も一旦ログアウトするか、とメインメニューを開いたところで、前方からどたばたと足音が。
何事か、と顔を上げると、先ほど別れたばかりの少女の姿があった。
「どうしたんだい、そんなに慌てて」
「ごめんなさーい、肝心な事忘れてた!」
肩で息をしながら、モミジがメインメニューを操作する。
すると、ぽこん、という音と共にメッセージが表示された。
―プレイヤー『モミジ』からフレンド申請が届いています。
受理しますか? YES/NO
その表示に、思わず目を丸くする。
「あれ? もしかして迷惑だった?」
よほど凝視していたのだろうか。モミジが心配そうにこちらを見上げてくる。
ふっと笑い、とん、とYESのボタンをタッチした。
「まさか。こちらこそ宜しくお願いします」
フレンドリストの欄に、モミジの名前が刻まれる。
記念すべき初フレンドだ。
「えーっと、それで、なんだけど」
と、そこでモミジがまだ何か言いたそうにもじもじしていたので首をかしげていると、彼女は手で小さく蓋をしながら、こちらの耳元で何事か呟いた。
その内容に、思わず吹き出してしまった。
「ははっ、やっぱりそうか」
「えっ、じゃあやっぱり……」
「うん、それに気付いたのは、君でたぶん四人目かな」
勿論、このゲームを開始してから、である。
「はぇー……」
きょとんと、赤い瞳を丸くするモミジの様子がおかしくて、また笑う。
「ボクに会った人は、みんなそんな顔をするよ」
「でしょうねえ……」
ボクとしては、自然体でいるだけなんだけれども。不思議だ。
まあ、間違えられたところで迷惑もしていないし、自分が偏屈な人間である事は理解している。
と、惚けていたモミジの肩が、突然びくりと跳ねた。
「やっば、お母さんに呼ばれちゃった。ごめん、私もう落ちるね!」
「はいはい、あの二人にも宜しく伝えておいて」
ぼーっとしたりわたわたしたり、忙しない子だなあ。
光に包まれ消えていく姿を見ながら、ボクは小さく手を振った。
なんとも、面白い縁に恵まれたものである。
「さて、ボクもご飯作らないと」
まあ、長い付き合いになりそうである。
なあー、と鳴き声を上げる猫に手を振って、ボクはログアウトのボタンをタップした。
そろそろ伏線回収します。
(放っておくと忘れそうなので)
2017/11/27 補助魔法を支援魔法に変更
2018/08/13 改稿