お稲荷様と課金アイテム
毎度毎度お待たせして申し訳ありません。
チャアク担いで古のドラゴン追いかけてました。
だってsteamに来たんだもん!(台バン
変身薬というアイテムがある。
使用すればキャラクターメイキングをやり直すことができるという代物で、公式ホームページから購入が可能な課金アイテムだ。
一個で税込千百五十円という比較的手を出しやすい価格も相まって、お世話になっているプレイヤーも多い。
さて、そんな変身薬を購入したとモミジから連絡が入ったのがつい一時間ほど前のこと。カメリア姫との会談を終えたボクは、モミジとの待ち合わせ場所に指定した、始まりの街アインにある小さなカフェへとやって来ていた。
いつぞやかイナバさんとやってきた、スコーンが美味しいあのお店である。
約束の時間よりも少し早く到着し、木製のこじんまりとしたオープンテラスでのんびりとこのお店の名物である【淡雪のコーヒー】――洒落た風な名前ではあるが、物自体はコーヒーにホイップクリームを乗せた、いわゆるウィンナーコーヒーに近い――を味わっていると、どうやらこのゲームを始めて間もない様子のプレイヤーたちがちらりとこちらを一瞥したあと、冒険者ギルドがある方へと走っていった。
そんな彼らの背中を懐かしく思いながら見送ると、ちょうど入れ替わるような形で三人の男女が店へと向かってきているのが目に入った。
どこか見覚えがあるなと目を凝らし、ああなるほどとボクは一人得心する。なんてことはない、いつもの三人組であった。
「ごめん、待たせちゃったかな?」
「いや、ボクも今来たところさ」
片手をあげ、謝罪するハヤトにそう軽く返す。まるで待ち合わせしていた恋人のようなベタなやり取りであるが、爽やかな笑顔と共にそんなベタな台詞を吐けるハヤトは、天然ジゴロの素質があるのではないだろうか――実際、モミジから聞いた話では、学校でも女子からの人気は高いらしい。
軽い挨拶を交わして三人に着席を促したあと、ボクは見慣れたものとは少し違う二人の顔をまじまじと見つめた。ちなみに二人とはハヤトとモミジのことで、コタロウに関しては何一つ変わらない姿であった。
「いやはや、細かいところだけでも意外と変わるものだね」
「えへへ。ちゃんと出来てるか、あんまり自信はないんだけど」
ウエイトレスさんに注文を伝え、モミジが照れ臭そうに笑う。ふわりと、頭の後ろで一つに束ねられた長い髪が揺れた。
彼女のアバターで大きく変更されたのは、やはりその髪型だろう。
以前まで短かった髪は腰に届きそうなほどの長髪へと変わり、ボーイッシュな印象はやや薄れたものの、ポニーテールにしている為か彼女の活発な雰囲気はあまり損なわれていない。
そしてその髪の間からは長く尖った耳が伸び、髪と同じ色をした瞳の下から頬にかけて、蔓のようにも見える呪術的な化粧が施されている。どれも弓と魔法の扱いに長けた種族、エルフ族の特徴だ。
日に焼けた肌はそのままにしているので、さながらダークエルフといった風な外見である。
「エルフにしたのは、やっぱり魔法職への適正が高いから?」
「うん。MPの最大値がいっきに上がったから、びっくりしちゃった。やっぱり種族によって結構変わってくるんだねー」
少し違和感があるのか、尖った耳の先端を指先で撫で付けながら言う。
エルフ族がもつMPの最大値と、魔法の威力などに影響する知力値は全種族の中でもトップクラスで、弓などの遠隔攻撃に関しても高い適正を持っている。そのぶん近接戦闘は不得手だが、それを補って余りある能力を持ったなかなかに“強い”種族だと断言できる。
そんなことよりも、だ。
ボクはおもむろに彼女のとある部分へと視線を向け、すっと目を細めた。
「サイズ変えた?」
「か、変えてにゃいよ!?」
変えたのか……。いや、ぱっと見ただけでも一つはサイズが上がっていることがわかるので、わざわざ確認する必要はなかったのだけれど。
いったい何のサイズなのかは口にしないが。
理想のプロポーションを手に入れられる事も、このゲームの魅力のひとつなのだろう。そう思うことにしよう。
頬を染め、どうしても嘘がつけない正直者の少女があたふたとあわてふためくのを眺めながら、ボクは自身の尻尾をひと揉みした。
「それで、ハヤトは鬼族にしたのかい?」
「タンク職をやるなら鬼族が良いって聞いてね。MPが少ないのがちょっと気になるけど、おおむね満足してるよ」
そう言って爽やかな笑顔を浮かべるハヤトの口許には鋭い牙のような犬歯が覗き、額からはマーブル模様に似た、金が混ざった黒髪を押し退け白い円錐形の角が二本伸びていた。
鬼族。そう聞いて思い出すのはやはり、かつてボクたちを苦しめた鬼族の女性、イバラキであろう。
彼女を見ればわかる通り、鬼族はその高い攻撃力と防御力、そして体力が特徴の、前衛向きの種族である。まあ、体力の面で言えば一番秀でているのはオーク族なのだが。
「いやあ、流石にあれはちょっとね……」
どうやら二足歩行の豚獣人は好みではないらしい。
ボクがそれを指摘すると、ハヤトはなんとも困ったような苦笑いを浮かべる。
しかし二人とも種族を変更した甲斐があったようで、戦闘の難易度が心なしか少し下がったように感じると、運ばれてきたチーズケーキを摘まみながら語った。
「せっかくだしコタロウも使えばよかったのに、変身薬」
「いや、俺は最初からやりたい職との相性で選んでるから、変える必要ないだろ」
それは残念。
リザードマンなんかは、防御力も高いしおすすめなのだが。
「お前、絶対に面白がって言ってるだろ」
「はて、なんのことやら」
わっさわっさと尻尾を揺らし、ボクはじとりとしたコタロウの視線から顔を背けた。
咳払い。
さて、新しいアバターの紹介も終わったところで、話題は先ほどのカメリア姫との会談の内容へと移っていった。
丁度三人とも、細部こそ違うものの、各地を巡って指定されたアイテムを集めてくるという、似たような内容のクエストを進めていたらしく、坑道を攻略するためのパーティメンバーを探していたのだという。
「ダンジョン自体はそう複雑ではないみたいなんだけど、どうも最後にボスモンスターが配置されてるみたいなんだよね」
半分になったチーズケーキをフォークの先でつつきながらハヤトが言う。
配置されているのボスモンスターの名はアンタレス・スコルピオン。サソリの姿をした大型のモンスターで、毒針を用いた攻撃を行って来るのだとか。
攻略サイトには既に多くのプレイヤーからの情報が集まっており、攻撃パターンや戦闘時のギミック、弱点や注意点なども掲載されているそうだが、あえてその辺りは見ないようにしているそうだ。
まあ別に見ず知らずのプレイヤー同士で組む野良パーティで挑む訳でもないだろうし、あまり調べすぎるのもネタバレに繋がって楽しみを損なう場合があるので、その判断は決して間違っていないと思う。
「ボス自体は、四人のパーティでも大丈夫そうかい?」
「たぶん大丈夫じゃないかな。道中の敵も大したことはないみたいだし」
それならば話は早い。
必要とあらば、イナバさんやつくねにも声をかけようと思っていたのだが、この四人で事足りるのであれば、あとは日程の調整だけで済む。
仮にビフレスト坑道をスムーズに攻略できた場合、そのままヨトゥン雪原へと進むことになるだろうから、しっかりと準備をしてから向かわなくては。
結局その日は変更されたアバターの紹介と、坑道へ向かう日時、攻略にあたっての簡単な打ち合わせのみを行い、お開きとなった。
ダンジョンに臨むのは全員が時間に余裕がある週末。
未だ見ぬボスモンスターに思いを馳せながら、ボクは以前とは少しばかり変わった三つの背中を見送るのだった。
本編にのせるまでもない蛇足ですが、タマモたちが暮らす時代の消費税は15%です。
実際にフルダイブ型のゲームが開発される頃には、もっといってそうですけれども。