お稲荷様と聖女様
台風が、来ますね。それも二発。
皆、モバイルバッテリーと懐中電灯は持ったな!行くぞォ!
(くれぐれもお気をつけてお過ごしください)
カメリア姫がマリアという名のメイドさんにしょっぴかれてからしばらくすると、彼女は白のドレスを身に纏い、再び部屋にやってきた。
全体のデザインはシンプルながら、要所要所に細やかで美しい刺繍が施されたワンピースタイプのドレスだ。先程まで束ねられていた髪はほどかれ、ウェーブがかった金髪が肩を通り、その豊かな胸元へと流れ落ちている。
そしてその頭頂部には銀のティアラが乗せられ、数十分前とはうって代わり、正しく一国のお姫様と呼ぶに相応しい様相であった。
「ごめんなさい。着替えに時間がかかってしまって」
「いえ、お気になさらず。こちらこそ、先程は王女殿下に大変ご無礼を……」
ふんわりと微笑むカメリア姫に向き直り、頭を下げる。
猫を被っていたおかげで言動こそ失礼はなかったものの、王女に対してろくに名乗りもせず、あまつさえお茶まで淹れさせたのだ。いくら知らなかったとはいえ、頭の一つぐらいは下げておくべきだろう。
しかし当の本人はそんな事気にもしていないようで、こてんと首を傾げ少しばかり考える仕草をした後、なにやら得心がいったように手を叩いてぱっと笑みを咲かせ――たかと思うと、急に眉をハの字にしてさらに苦い顔で考え込んでしまった。その様子を見て、彼女の背後で凛とした立ち姿を見せていたマリアさんが小さくため息を吐き、そっと耳打ちをする。
「先程、姫様にお茶を淹れさせてしまった事を謝罪しておられるのですよ」
「お茶を? それが何故無礼になるのです?」
「姫様はいい加減、ご自身のお立場というものを自覚なさった方が宜しいかと……」
アンダーリムの眼鏡を指先で押し上げ、また溜息。なにやら、随分と苦労しているようだ。
「もう、マリアったら相変わらず難しい事ばかり……お茶が冷めてしまうわ。あっ、宜しければ淹れなおしましょうか?」
ころころと表情を変えるその姿はまるで子どものようで、ボクの脳裏にはいつか料理をご馳走した、ハーピー族の少女の姿が浮かんでいた。目の前のお姫様も非常に似た気質をお持ちのようだし、さぞ仲良くなれる事だろう。
笑顔でティーポットを手に取り、さっそくお茶を淹れようとしていたカメリア姫を制したのは、マリアさんが素早く取り出し、彼女に差し出した一枚の手紙であった。言わずもがな、カグヤ姫がボクに持たせた親書である。
「姫様、こちらがカグヤ姫様からの親書でございます。お茶でしたら私がお淹れ致しますので、どうぞご確認を」
流石は長年仕えてきたメイドといったところだろう。マリアさんはそう言ってカメリア姫に親書を手渡すと、流れるような動きでその手からティーポットをひったくり、いつの間にか用意されていた茶器やお皿、焼き菓子が乗せられたワゴンへと向かって行った。
残されたカメリア姫は少しばかり不機嫌そうに眉を寄せ、頬を膨らませていたが、やがて小さく鼻を鳴らすと手渡された親書の封を切り、中に目を通し始める。
「なるほど、やはりあの【宝石の木の枝】をお探しでしたか……しかし困りましたね。実はその宝物なのですが、北の山脈を超えた先にあるヨトゥン雪原に住む【霜の巨人】と呼ばれる方々が、それはもう大切に保管しておりまして……果たして譲って頂けるかどうか」
親書を読み終えたカメリア姫が、その小さな眉間に皺を寄せて苦い顔をした。
宝石の木の枝。どうやら王国の方では、【蓬莱の玉の枝】をそう呼んでいるようだ。
そしてカメリア姫曰く、霜の巨人と呼ばれている人々はこのフンダート王国が建国される前から北のヨトゥン雪原に住む古い民族で、人間族の倍以上はある筋骨隆々の巨躯を誇る大男たちだという。彼らは雪原の中心にウトガルドという名の都市を築き、そこでひっそりと暮らしているのだとか。
「彼らは異種族に対し、エルフ以上に排他的です。私も以前、父と共に彼らの元を訪ねた事があるのですが、まともにお話をして頂くまでかなりの時間を要しました」
さてどうしたものかとカメリア姫が顎に手をやり考え込む事数秒、彼女は一度深く頷くと、背後に控えたマリアさんに紙とペンを持ってくるように命じた。
そして数分もせずマリアさんが用意した羊皮紙と羽ペンを使ってさらさらと手紙をしたためると、仕上げとばかりに何やら仰々しい造形をした判子を押し付け、それを丸めて蝋で封をする。
その一連の様子をボクは、なにやら大事になってしまったなあ、なんて呑気な事を考えながら眺めていた。もっとも、カグヤ姫から直々に依頼された仕事であるので元々がかなりの大事ではあるのだけれど。
そんな風に尻尾を右往左往させていると、出来上がった手紙をマリアさんが受け取り――これまた何やら随分と神妙な様子であった――こちらへと差し出す。
少しばかり身を固くし、恐る恐るそれを受け取ると、手紙の中心にはフンダート王家の紋章を象った蝋印が押されていた。この手紙が王家からの正式な物であることを示す、なによりの証拠である。
「その手紙を、霜の巨人の長であるロキという人物に渡してください。少なくとも、話ぐらいは聞いてくれるはずです。本当は私が同行して直接お話するのがいいのですけれど……」
「いえ、殿下もさぞお忙しいでしょうし、この件はボクがカグヤ姫より直々に命ぜられたことですので。それにこれ以上殿下の手を煩わせたとなると、カグヤ姫に叱られてしまいます」
苦笑いしつつ、冗談交じりにそう返す。
これに関しては本音六割、静かに微笑むマリアさんの迫力に押されたのが四割といったところか。お姫様の背後に立っている為彼女は気が付いていないが、このメイドさん、目が笑っていない。
いつその金色の頭を引っ叩かないか内心はらはらしながら、しかしそんな事など知る由もない目の前のお姫様は、頬の傍で手を合わせふわりと笑う。
「あら、そう肩肘を張らずに、もっと楽にして下さいね? ほら、私たち、もうお友達なんですし」
ボクの手を取り、極めて無邪気に姫様がそう言った途端、ぴくりと右側の眉が跳ね上がった。勿論、ボクのではなく背後に控えたマリア女史のものだ。
箱入り娘もここまで来るとたいしたものではあるが、この無邪気さが彼女が聖女と呼ばれる一因ともなっているのだろう。
こほん。マリア女史が咳ばらいを一つ。
「姫様、ヨトゥン雪原へ向かうのであれば、もう一つお渡しする物があるかと存じますが」
姫様が首を捻ると、やがて合点がいったのか小さく声をあげて手を叩く。
「あらいけない!そうね、私ったらうっかりしていたわ。マリア、お願いできるかしら?」
「既にこちらに。タマモ様、こちらはヨトゥン雪原へ繋がるビフレスト坑道へ立ち入る為の許可証でございます。坑道はここより北、街道沿いに進むと入り口が見えてまいりますので、警備の者にこちらをご提示ください」
そう手渡されたのは、なにやら文字と王家の紋章が刻まれた長方形の木の板であった。
『ビフレスト坑道通行許可証』と書かれたそれを懐に入れ、姫様とマリアさんに礼を言うと、ようやく一区切りついたと言わんばかりにマリアさんは小さく息を吐き、しかしすぐきりりとその表情を引き締めた。凛とした鋭い視線の先には、言わずもがなのほほんと微笑む金髪の美姫が。
「では、タマモ様もお忙しいでしょうし、あまり長い時間引き留めるのもご迷惑でしょう。ひとまず本日はこれまでということで」
「あらマリア、私はまだタマモ様とお話したいのだけれど」
「ええ、ええ、重々承知しております。私も姫様とじっくりとお話すべき事がたくさんございますので、ええ。それはもう、たくさん」
「あら、あらあらあら?」
眼鏡を光らせ、いつぞやかと同じように姫様の首根っこを引っ掴んだまま扉に手をかけると、主に忠実な――それはもう、忠臣とはかくあるべしと体現しているようなメイドは優雅な仕草でこちらへ振り向き、空いている方の手でスカートの袖をちょんと抓んで一礼してみせた。
「それではタマモ様、失礼致します。出口までは他のメイドがご案内致しますので、今しばらくこちらでお待ちくださいませ。ヨトゥン雪原までの旅路、どうかお気をつけて」
「タマモ様、またお話しましょうねー」
ぱたん。
メイド服のスカートが扉の奥に消え、その場に残ったのは静寂と、ほんの僅かな甘い香り。
とりあえずティーカップに残った紅茶で唇を潤した後、ボクはだらりと尻尾をしな垂れさせた。なんともまあ、濃厚な時間を過ごしたような気がする。
まあ、何はともあれ、これで次の目的地ははっきりした訳で。そして坑道、ダンジョンを抜けていくとなると、パーティプレイは必須。またいつものメンバーに付き合ってもらえるか確認しておこう。
そうしてフレンドにメッセージを送る為にメインメニューを開き、ふと未読のメッセージがある事に気づく。
差し出し人はモミジ。そしてその内容は、ボクに僅かながら衝撃を与えるものであった。
――From.モミジ
この度、転生しました!
新しいアバターを紹介したいので、王都でお茶でもどうかな?
時間があるときに連絡下さい!




