お稲荷様と喫茶店②
お待たせ致しました。
筆者に食レポは無理だろうなあ。としみじみと実感する今日この頃です。
立ち昇る湯気。鼻先をくすぐる仄かに甘い香り。
黄金の丘へと銀の匙を差し込めば、そこからまたわっと湯気が溢れ、刻まれた鶏肉やマッシュルームを含んだ赤い大地がその姿を現した。
飾り付けるようにかけられた赤茶色のソースをほんの少し絡め、とろりと溶け出した半熟卵と共にそれを口元まで運べば、なんとも食欲を刺激する、コクのある深みのある香りに、ボクは思わず生唾を飲み込んだ。
意を決し、掬い上げたその一口を口内へ。そうして数度咀嚼し、小さく喉を鳴らしてそれを飲み込んだあと、ボクはほっと息を吐く。僅かに残る余韻を味わいつつ、思わず緩んでしまいそうになる頬を引き締めながら、二口目を掬い上げた。
初めにやってくるのは、あっさりとした卵の甘さと、コクのある濃厚な香り。鼻先に抜けていくこの香りは、チーズかなにかだろうか。
それに続きやってくるのは、甘酸っぱいソースの風味と、チキンライスの僅かな歯ごたえ。
細かく刻まれた鶏肉から甘い肉汁が染み出し、混ぜ込まれたマッシュルームが食感に僅かな変化を加えている。
感心したのは使われている素材で、ネギ類の食材は一切使われていないようだった。恐らくは妖狐族が苦手とする食材を避けた、この店ならではの心配りなのだろう。
そうしてあっという間に半分ほど食べ進めると、その素晴らしい美味しさに、ボクの顔には自然と笑みが浮かんでいた。
ううむ、当然と言えば当然なのだけれど、ボクが作るオムライスとは比較にもならない。
こんなところで顔を出してくる負けず嫌いな自分を小さく頭を振る事で払いのけ、ボクは改めてオムライスの残り半分へ手を伸ばす。
一口食べ、ほっと息を吐き、二口食べて、己の作品との違いに首を捻る。
「ふう……ご馳走様でした」
そんな事を何度か繰り返しながら十数分、ようやくボクはオムライスを完食すると、胸の前で小さく手を合わせ、目を伏せた。
流石は喫茶店の看板ともいえる料理である。入店に制限を設けているにも関わらず、熱心に通うファンがいる事にも納得できる、実に素晴らしい一品だった。
しかしこうなってくると、気になってくるのは他の料理である。
空になったお皿を脇に避け、再びメニュー表のページを捲りながらボクはううむ、と唸った。
ナポリタン、サンドイッチといった定番のものから、稲荷寿司などの油揚げを使った妖狐族限定メニューまで、食してみたい品は数多くあるものの、残念ながら現在の腹具合からすると、恐らくは多くてあと三品ほどが限界だろう。ううん、実に悩ましい。
そうして悩みに悩んだ末、ボクが選んだのは妖狐族限定メニューの稲荷寿司だった。
お皿を下げに来た少女に追加注文を伝えると、ボクはお冷を一口、備え付けの紙ナプキンで口元を拭う。後学のため、というのも兼ねて選んだ品ではあったが、さてさて、どれだけの品が出てくるものか。
あ、ちなみにオムライスの食事効果だが、一定時間の攻撃力上昇であった事を合わせてご報告しておく。
「お待たせ致しました。こちら、ご注文頂いた稲荷寿司です」
しばらく待った後、少女が運んできたお皿の上には、俵型の稲荷寿司が三つ乗っかっていた。
ごゆっくりどうぞ、と恭しく頭を下げてまた戻っていく少女を見やり、ボクはお皿に添えるようにして並べられた箸を握った。
さて、見た目から察するにどうやら関東風のようだ。大きさは一口大で、さほど大きくは無く、お皿の端っこにちょこんと生姜の甘酢漬けが添えられている。
良く味が染みていそうなそれを一つ箸でつまみ、ゆっくりと口へと運ぶ。そうして一口噛み締めれば、酢飯を包んだ油揚げから、甘じょっぱい煮汁が口いっぱいに広がった。
なるほど、なるほど。味付けもたしかに関東風で、酢飯には黒ごまが混ぜ込まれ、油揚げの味が濃い分、あっさりとした仕上がりになっている。
ボク自身、関西風の具だくさんな稲荷寿司しか食べたことが無かったのだが、なるほど、これはこれで実に美味だ。
これもぺろりと完食し、ボクはまた手を合わせる。
ではでは、この辺りで甘い物も行ってみようか。
「すみません、これとこれと……あとこれも一つ」
手をあげ、注文したのはメロンソーダとストロベリーパフェ、そしてプリンアラモード。久しぶりの洋菓子三昧である。とは言っても、まあゲームの中なのだが。
ほどなくして、ボクの目の前には色とりどりのスイーツたちが並べられていた。メロンソーダの緑に、イチゴの赤、プリンと共に盛り付けられた果物たちが、実に目に鮮やかである。
リアルの方ではそうそう実現できない、ある意味では憧れていた光景を前に、ボクは呆けたように声を漏らしていた。
――現実では、周りの目が気になってそうそうこんな食べ方出来ないからなあ。
しみじみとそう心中で呟きつつ、ボクは手にしたスプーンでストロベリーパフェのてっぺんに乗せられた桜色のアイスクリームを掬い上げ、口に含んだ。ひんやりとした冷たさの後、あっさりとした甘さが舌の上で踊る。練り込まれた果肉のおかげで、後味もさっぱり爽やかだ。
背の高いカップの縁に添えられた、長細い焼き菓子のさくさくとした食感を楽しみながら、ボクは次のスイーツへと目を向ける。
横長の、船に似た形をした容器にプリンや生クリームの他、リンゴやイチゴ、キウイ等、様々な果物が盛り付けられたその姿はまさしく、昔ながらのプリンアラモードであった。
「いいなあ、こういうの」
今はこういったスイーツを提供する喫茶店も――というか、大型のチェーン店に押しに押された影響で、こういった純喫茶自体の数が激減している為、お目にかかる機会も滅多に無くなってしまった。
古き良きその姿を一通り楽しんだあと、ボクは満を持してプリンを掬い上げ、口へと運ぶ。
カラメルソースの苦味と、プリン自体の甘さが程よく混ざり合い、実に美味である。
一緒に添えられたフルーツも爽やかで、パフェやプリンの甘さがあまりくどくならないよう、中和剤のような効果を発揮していた。
見た目も味も十二分。店内の雰囲気も素晴らしいし、これで入店制限が無ければ、ボクも常連の一人になってしまいそうだ。げに恐ろしきは、甘味の魅力という事か。
「ジパング支店とか、作ってくれないだろうか……」
眉を寄せ、スプーンを咥えながらそうひとりごちる。
いや、ジパングにも美味しい甘味処はあるのだけれど、お国柄、取り扱ってるのはどうしても和菓子ばかりになってしまって、こうした洋スイーツを味わう事はそう無かったりするのだ。
どら焼き、団子にあんみつ、最中や羊かん。和菓子が大好物だと豪語するボクではあるが、やはりたまにはパフェやクレープなど、ちょっと小洒落た洋菓子を味わってみたい場面だってあるのだ。
いやまあ、それこそリアルの方で食べに行くなり、通販で取り寄せるなりしろという話ではあるのだけれど。
並べられたスイーツを平らげた後、メロンソーダをストローでちびちびと吸い上げながら、ボクはその悩ましい問題に内心頭を抱えていた――実際に抱えていたのは頭ではなく、七本ある尻尾の一本であったが。
ほっと一息。
さてさて、名残惜しいが、そろそろお暇するとしようか。
伝票を手に、あっちへこっちへ注文を聞いて回っている少女に声をかけると、栗色の尻尾を振りながら少女はこちらへと駆け寄り、にこりと笑みを浮かべた。
「はい、お会計ですねー」
「お願いします……ところで、ここってテイクアウトってやってますか?」
「お持ち帰りですか? でしたら、こちらのクッキーやケーキなどでしたら」
おや、モミジたちへのお土産も兼ねて買って帰れたらと尋ねてみたのだが、何事も言ってみるものだ。
とりあえずはクッキーとケーキを数種類購入し、まとめてお会計を済ませると、ボクは入店した時からずっと抱いていた疑問を、目の前の少女にぶつけてみる事にした。
「そういえば、ここには貴女以外の従業員の姿が見えないようだけれど、店長さんはずっと厨房に?」
そう、入店した時から、ホールに姿を見せるのはこの妖狐族の少女のみ。
流石にこの少女が調理から接客まで一人でこなしているなんて事はないだろうし、良ければこの素晴らしい料理を振る舞ってくれた料理人に、お礼の一つでも伝えておきたいのだが。
ボクがそう伝えると少女は困ったように笑い、尻尾を左右に揺らした。
「非常に申し訳ないのですが、店長は只今手が離せない状況でして、お客様からお褒めの言葉を頂いた事は伝えておきますので、えと、本当に申し訳ありません」
「ああ、いえいえ、繁盛しているみたいだし、無理を言ってこちらこそ申し訳ない」
どうやらここのお店は、店長自らその腕を振るっているらしい。
あわよくば味付けだったりだとか、料理のコツを聞かせて貰えればと思っていたのだけれど、種族限定とはいえ、空席の方が少ない程の賑わいぶりである。今頃厨房の方は、まさしく修羅場と化している事であろう。一人で調理を受け持っているのなら、なおさらだろう。
少しばかり残念な気持ちになりながらも、持ち帰り用に包んでもらったクッキーとケーキを手に、ボクは店を後にする。
そうして、モミジたちに王都の種族限定喫茶店に立ち寄り、お土産の洋菓子も購入した旨をメッセージにて伝えると、ボクはジパングのマイホームに向け、のんびりと歩き出すのだった。




