お稲荷様と夏祭り②
大変お待たせ致しました。
ここ最近厳しい暑さが続いてますが、皆様水分補給だけはしっかり行ない、無理をしないようお気を付け下さい。
あ、熱中症も危険なのですが、最近は蜂も増えてきているので、そちらも注意です。
アイツら服とかに平気で引っ付いてますからねー。私もぶすりといかれました。めっちゃ痛かったです(小並
「お邪魔しまーす!」
さて、花火大会当日。我が家には先日約束した通り、モミジたち仲良し三人組がやってきていた。
愛らしい桜色の浴衣に身を包んだモミジが元気よく片手をあげ、その後ろにはそれぞれ青と紺の着流し姿のハヤトとコタロウが、両手にビニール袋を提げて立っていた。
どうやらここに来るまでに夜店を回ってきたようで、中にはいくつもの白い容器が入っている。
僅かに届く香ばしいソースの匂いから察するに、たこ焼きや焼きそば辺りだろうか。
「ああ、これ? せっかくだし、タマモと一緒に食べようって皆で買ってきたんだ」
ボクの視線に気付いたハヤトが、袋を差し出しながら言う。
受け取った袋の中を確認すると、たこ焼きに焼きそば、たい焼き、りんご飴まで、お祭りの夜店で揃えられる全ての食べ物が詰まっているのではないか。そう思うほどのラインナップである。
これはまた、随分と買い込んだものだ。
「こんなに沢山。ちょっと待っててね、財布を取ってくるよ」
「いいよ、気にしないで。こんないい所に呼んでもらったんだから、そのお礼――」
「可愛いー!」
ハヤトの言葉を遮って響いた、感極まったそんな声と共に、目の前が桜色一色に染まった。突然の圧迫感と息苦しさに、ボクは思わず呻き声を上げる。
鼻先をくすぐる僅かな甘い香り。ボクの頭を力いっぱい抱きしめながら、モミジは悶えるように身をよじった。
「ヤバいよぉ、めっちゃ浴衣似合ってるよぉ、お人形さんみたいだよぉ……!」
どうやら、ボクの浴衣姿が相当お気に召したらしい。
どうにか彼女の胸元から逃げ出そうと抵抗してみるものの、根っからの引きこもりであるボクと、スポーツ少女であるモミジでは馬力が違い過ぎる。
何とか首を捻って呼吸だけは出来るようになったが、頭は撫でられるは、なにやら良い香りはするはで、このままではボクの正気が危うい。様々な意味で。
しかし、こんな時こそ我が灰色の脳細胞をフル稼働させ、この状況を打開する為の答えを導き出す時である。
考える、考える、考える。
そしてボクは、これこそが最善であり、最良の回答を導き出す事に成功した。この間、僅か五秒。
ではでは、これよりその模範解答をお見せするとしよう。
ボクは僅かに右足をあげ、狙うべき標的をしかと見定めた後、渾身の力を籠めてそれを振り下ろした。
「ふんっ!」
次の瞬間、お気に入りのスリッパの先端が正確にモミジの脛を打ち抜き、頭上から声にならない悲鳴があがった。抱き締めていた腕の力が抜け、その一瞬の隙を逃さず、ボクは彼女の胸元から脱出する事に成功する。
やれやれと息を吐き、脛を蹴り飛ばした相手の様子を確認してみると、そこには顔を真っ赤にして脛を押さえ、悶絶する少女の姿があった。
とはいえ、別に爪先に鉄板を仕込んでいる訳でもなく、さらに言えばいくら脛を狙ったとはいえ、蹴ったのが根っからのもやしっこ、貧弱を絵に描いたような人間であるボクなので、その反応は些か過剰ではないかと思わないでもない。
「ぐおお、ひ、ひどいよタマモ……っ!」
「いや、今のはお前が悪い、反省しろ」
目尻に涙を湛えながら抗議するモミジの後ろで、コタロウが頭を抱えながらため息を吐く。 その横ではハヤトが苦笑いを浮かべており、どうやら同情の余地はないらしかった。
頬を餅の様に膨らませてモミジが立ち上がるのを確認すると、ボクは三人をリビングへと案内する。
三人はどうにもこういった場所に来るのは慣れていないのか、ボクが飲み物を用意している間、部屋の中を眺めながらへーほーとなにやら間抜けな声を漏らしていた。
特に珍しくもないし、殺風景で味気ない部屋だと思うのだけれど。そんな事を言ってみれば、三人同時に真っ向から否定されてしまった。
御三方曰く。
「いやいや、前まで来たとき、本当にここなのか不安になったから」
「ここってあれでしょ? 芸能人とかが住んでたりするんでしょ?」
「ホント、金持ちっているもんだな……」
と、その顔にはなにやら達観の色さえ浮かんでいた。
ボクとしては全く以て、これっぽっちも齧りたくない親の脛を齧らされているだけであるし、ある意味では鳥かご、虫かご、水槽と変わりない場所であるので、自慢にすらならない場所であるのだが。
まあ、初めは押し付けられただけの引きこもり生活ではあったが、今となっては非常に性に合っているし、齧りたくないその脛のおかげでゲームの世界に入り浸っていられるので、そこは感謝してあげてもいいのかもしれない。
「一人で住むには広すぎるし、あまり良いものではないけどね」
「え? 呼び鈴を押した時に出てくれた女の人って、タマモのお母さんじゃないの?」
湯呑を傾け、ほっと一息を吐いたボクに対し、モミジが小首を傾げながらそう疑問を口にした。
はて、お母さんとはいったい誰の事か。そうしばし思考を巡らせた後、ボクは一人得心すると、ぽんと手を叩いた。そんなボクの様子を見て、モミジがますます首を横へ傾けながら、訝しむような視線を向ける。
「残念ながら、ボクは一人暮らしだよ。少し誤解があるようだから、まずは紹介しておこうか」
ミズハー。
ボクが短く彼女の名を呼ぶと、テーブルの上に置かれていた丸い端末から四角い画面が浮かび上がり、それに驚いた三人がびくりと肩を跳ね上げた。
現れた画面の中には『MIZUHA』の文字。我が家の家政婦兼、警備主任兼、監視員兼、ボクの友人でもある人工知能ミズハのご登場である。
生活補助プログラムである彼女たちが登場してから数年、ある程度は一般家庭にも普及している筈なのだが、この三人の反応を見る限り、どうやら目にするのは初めてだったらしい。
『はい、お呼びでしょうか?』
小型端末のスピーカーから、柔らかな女性の声が響く。
まるで機械とは思えない、息遣いさえ感じられるその声に、モミジはまた気の抜けたような声を漏らし、テーブルに置かれた端末の前へと身を乗り出した。大きな瞳を輝かせ、噛り付くように画面を見つめるその様子は、まるで素敵な玩具を前にした子どものようだ。
「ミズハ、三人に自己紹介を」
『畏まりました。皆様初めまして、私は生活補助プログラム、第三世代家庭支援ソフトMIZUHAと申します。主に各家庭ロボットの操作を担当し、掃除洗濯炊事など、もあ様のお手伝いをさせて頂いております』
「げっほ、ちょ、ミズハ!」
流れるように暴露された衝撃の真実に、ボクは口に含んでいた日本茶を危うく吹き出しそうになるのをなんとか堪え、咳き込みながら小型端末のスイッチを切る。
なんだろうか、茶の間でテレビを眺めていたら、のど自慢大会に突然自分のお爺ちゃんが登場したような、まさしく意識の外からの攻撃であった。
しんと静まり返った室内。ほっと肩を撫で下ろすボクの背に、突き刺さる視線が三つ。興味津々といった風なものと、困った風なものと、呆れた風なもの。
そんな視線を浴びながら恐る恐る背後へ目をやれば、案の定というかなんというか、そこには先程よりもいっそう瞳を輝かせたモミジが、喜色満面といった顔でこちらを覗き込んでいた。
「な、なにかな?」
「さっきのもあって、タマモのホントの名前?」
うぐぅ。
ボクは言葉に詰まる。
いや、別に本名がばれたところで、ボクにとってはなんら差し障りのない事なのだけれど。なんだろうか、こう、心の準備というか、カミングアウトの際には、そういったものが必要だと思うのだ。
いやいや、家に招いた時点で、表札やらなんやらで本名が露呈するのは想定の範囲内であるのだけれど、それにしたって順序というものがあるだろうに。
ボクは誤魔化すように咳ばらいを一度し、頭を掻いた。
「そうだよ、それがボクの本名だ。夜桜と書いて、夜桜。苗字の方は、うちの表札を見てもう知っているだろう?」
「えっと、確か玉津嶋、だったかな? ああ、それでタマモなのか」
得心いったように、ハヤトが手を叩いた。
出来る事なら本名は名乗りたくはなかったのだが、こうなってしまった以上は仕方がない。
『玉津嶋 夜桜』
それがボクの本名である。もっとも、訳あって今は母方の姓を名乗っているのだが。
そして、字を見れば一目瞭然だろうけど、本名の頭文字をとってタマモ。それが、ボクのプレイヤーネームの由来となっている。
ボクは袋からたこ焼きの容器を一つ取り出し、ソースと青のりがかかったそれに爪楊枝を突きさすと、おもむろにそれを口へと放り込んだ。
「あまり好きな名前ではないからね、これからもタマモの方で呼んでくれると助かる」
咀嚼したそれを冷えた麦茶で流し込み、ボクは改めて三人の方へと目を向ける。
ちなみにボクが自分の名前を嫌っているのは、その音が原因だ。
夜桜、もあ、More。
Moreというのは、『もっと』という意味を持っている。
More、More、なんて、あまりお行儀がいい風には聞こえないのだろう?
どうせなら『よざくら』という読みのままでよかったのに、どうしてボクの両親はこんな名前にしたのだろうか。まあ、あの両親の考える事なんて、ボクには理解できないだろうし、するつもりもないのだけれど。
「タマモの方が呼び慣れてるしな。そっちの方が俺たちも楽だ」
「タマモはタマモだしねー!」
「それに、リアルネームで呼び合うネトゲ仲間って、そっちの方が珍しいと思うしね」
そんな風に快諾してくれた三人にボクは礼を言うと、バルコニーを仕切る大窓のカーテンを開く。同時に、大きな爆発音を響かせながら、窓の向こうに大輪の花が咲いた。
おお、と三人が声をあげる。
そう、うちのバルコニーは花火大会が行われる河川敷側に面しており、ここからならば、川の中央で打ち上げられる花火を一番綺麗に眺める事が出来るのだ。これこそが、ボクが三人を家に招いた一番の理由でもあった。
「ちょうど始まったみたいだね。よかったら、バルコニーから眺めてみるかい?」
テーブルならばバルコニーの方にも用意してあるし、日も落ちて暑さも随分とマシになってきた。今晩は風も吹いているし、外に出ても快適に過ごすことが出来るだろう。
窓を開け、三人と共にバルコニーへ向かうと、モミジが手すりから身を乗り出さん勢いで花火を眺め、おおー、と感極まった風な声をあげる。
そんな彼女の姿にボクたちは肩をすくめると、テーブルの上へと屋台で買い揃えた料理たちを並べていく。
赤、青、緑。色とりどりの花たちが鮮やかに夜空を飾り付け、少年少女の楽し気な声が響く。
この場を設けたのは、本当に正解だった。機会があれば、また誘ってみるとしよう。
花火を眺めながら歓談する三人の姿を眺めながら、ボクはそう心に決め、用意された料理に舌鼓を打つのであった。
しばらく日常回が続きます。




