お稲荷様と初戦闘
少し日が空きました。
多数のブックマーク、アクセス、誠にありがとうございます。
さて、音のする方へ向かってみれば、そこでは男女三人のパーティが何やらゲル状のモンスターと戦闘を行っていた。
じっと目を凝らすと、モンスターの頭の上にその名前が表示される。
「レッサースライムか。 成程、まさに序盤の雑魚モンスターらしいモンスターだ」
レッサースライムという名前のわりに、大型犬程はあるだろうその身体は半透明の緑色をしており、その中央には拳大の丸い赤石が浮かび、時折気泡を吐き出している。
対する三人組のメンツはワーウルフ族の男性が一名、他二名は共に人間族で男女一名ずつ。
ワーウルフの男性はキャラ作成の際に随分と手を加えたのか、その姿はまさしく狼、獣人というよりは狼男といった方がしっくりくる。
武器を持っていないところを見ると、格闘戦を主とするアタッカータイプだろうか。
人間族の男性は盾と剣を装備しており、スライムの正面に陣取ってどっしりと構えている。
こちらは実にわかりやすく、剣士などのタンクタイプの職業だろう。
短い黒髪に黒目。 鼻筋が通った顔立ちではあるが、変に整い過ぎてはいない。
キャラ作成で顔立ちを変えすぎるとかえって不気味な違和感を感じてしまうのだが、まさか容姿を変更せずにキャラ作成を済ませたのだろうか。
一番後ろに控えた少女は薄く笑みを浮かべ、背丈ほどある杖を構えている。
こちらは多少容姿を変更しているようで、小麦色の肌に赤い瞳、短く切られた黒髪から活発な印象を受けた。
「ハヤト、タゲぶれてんぞ、しっかりしろ!」
「うっさい、お前がヘイト無視して殴りまくるからだろ!」
狼男が盾を構えた少年に野次を飛ばす。それを受けて少年は声を荒げ、剣の柄頭で盾を激しく打ち鳴らした。
敵の標的を自分へ向ける、【挑発】というスキルのモーションである。
【挑発】が発動し、狼男の方へじわりじわりと動き始めていたレッサースライムの動きがぴたりと止まり、少年へと狙いを変更する。
スライムはその体をぐっと凹ませた後、見た目からは想像できない素早さで少年へと体当たりを敢行し、少年の盾がそれを受け止めて鈍い音を鳴らした。
「ぐっ、流石に連戦だと体力がキツイな。 モミジ!」
「はいはいー、【ライトヒール】いくよ!」
見れば、少年のHPバーは六割程度のところまで減少していた。危険域ではないが、要注意といったところである。
少年が背後の少女に声をかけ、少女が杖を振り上げると杖の先端が淡い光を放ち少年を照らした。HPバーがオレンジ色から緑色、ひとまずの安全域である八割ほどまで回復する。
どうやら少女は治癒術士だったようだ。
「これで終わりだ!」
少年がスライムの攻撃を受け持っている間に、その背後へと回り込んだ狼男が拳を振り上げる。
淡い光を放ちながら放たれた拳打はスライムの赤い丸石を正確に打ち抜き、スライムはその体を光の粒子へと変えた。
拳を突き上げる狼男、安堵した顔で額の汗を拭う少年、疲れたように伸びをする少女。
成程、戦闘の流れ自体は他のMMORPGと変わりない。改めて周囲を見回せば、似たような集団を幾つか見つける事が出来た。
ちなみにこのゲームではパーティでの戦闘に経験値ボーナスが入る為、レベリングの際は複数人でパーティを組む事が推奨されている。ソロでも通常戦闘に関しては支障はないが、どうしても戦闘不能になるリスクは上がる。 そのうえダンジョン等のボスに関してはパーティ戦闘を想定して調整されている為、ソロで挑むには相当なレベリングと装備が必要になるのだとか。
とはいえ、大きな差が出始めるのはもう少しレベルが上がってからの話であろうし、序盤はソロでのんびりと遊んでいても問題はないだろう。それでも縁があれば、他のプレイヤーとパーティを組む事もあるかもしれないが。
レベリングを継続するか相談しているのだろう、集まって何やら話し込む三人組。
そのうち少女と目が合ったので会釈だけ送り、さて自分も始めるかと袖から呪符を取り出し、辺りを見渡す。すると、丁度すぐ近くにレッサースライムを見つける事が出来たので、そちらへと歩を進めた。
ちらりと背後を見やれば、先程の三人組が何やら話をしながら、こちらへ視線を送っているのが見える。何だろう、妖狐族が珍しいのだろうか。
「ふむ、まあいいか。さて、とりあえずは色々試してみよう」
どうにも背中がむず痒いが、仕方がない。
精々、恥ずかしいところは見せないようにしようと気を引き締めて、レッサースライムへと呪符を放つ。
枚数は一。 物自体は紙で出来ているようなので、投げた途端に力なく落ちていってしまうかと思いきや、放たれた呪符は敵へと真っすぐに向かい、その緑の体表にぺたりと張り付いた。
直後、平手で打ったものに似た乾いた炸裂音が響き、レッサースライムは体をぶるりと震わせる。
「成程、こういう感じか」
遠距離攻撃ではあるが、レッサースライムの様子を見る限り、然程ダメージは与えられていないように見える。あくまで他のスキルの補助程度に考えた方がいいだろう。まあ、元々後衛寄りのステータスにしてあるし、これは仕方ない。
では次である。
「【狐火】!」
初期スキルとして使用できる初級妖術【狐火】を発動すると、黒い尻尾が震え、その白い先端をレッサースライムへと向ける。
そして少量のMPを消費すると尻尾の先端から青い炎が飛び出し、レッサースライムへと襲い掛かった。
着弾。緑色の体を青い炎が焼き、レッサースライムのHPバーを四割ほど削る。呪符が与えたダメージを含め、敵のHPは残り五割。
先程のパーティは三人がかりでこのモンスターを相手にしていたのでもう少しタフかと思っていたのだが、個体によって強さにばらつきがあるのだろうか。
「っと」
飛びかかってくるレッサースライムの突進を躱し、お返しとばかりに呪符を放つ。
【狐火】を数回当てればさっさと倒すことも可能ではあるが、スキルにはリキャストタイムが設定されていて連発はできないし、MPも戦闘中は専用の回復薬がなければ回復できず、戦闘が終わった後の自然回復も時間がかかる。迂闊に枯渇させていては、もしもの場合に対応出来なくなってしまう。
昼間ならともかく、今は夕闇迫る時間帯。周りに突然アクティブ状態のモンスターが沸き出してもおかしくはないのだ。
攻撃を躱し、呪符を投げる。
そんな単調な攻防を数回繰り広げた後、記念すべき初戦は幕を閉じた。
軽い電子音と共に、手に入った経験値やドロップ品の一覧が表示されていく。
めでたい初ドロップ品は、レッサースライムの一部だった。
【スライムゼリー(緑)】
レッサースライムから採取出来るゼリー状の物体。
錬金術の材料。
誤って口に入れないように注意。
今は生産系のクラスに手を出す予定はないし、これは売却用だな。
途中一発だけ攻撃を避け損ねてしまったが、HPバーはまだ六割残っている。まあ、想定内である。
と、不意に全身を水晶のような多角形の膜が覆い、淡い光が降り注いだ。直後、視界にシステムメッセージが浮かび上がる。
――【ホーリーヴェール】が付与されました。
効果:一定時間、対象の物理防御力上昇
これは、治癒術士が扱う支援魔法だったか。
小首を傾げ周囲を確認すると、少し離れた場所に先ほどのパーティの姿を見つけた。どうやら先の支援魔法は、あの少女がかけてくれたようだ。
こちらに手を振る少女に頭を下げると、脇に控えた二人も小さく手を振って、三人仲良く街の方へと戻っていた。
うん、見るからに同い年ぐらいだろうか。中々良い人たちである。
「さて、それじゃあもう少し頑張ろうかな。」
所持品欄から傷薬を取り出して服用すると、その酷い味に思わず咽返ってしまった。成程、これは苦い。生のゴーヤから絞り出した汁でも飲んでいるような苦味である。
苦笑いを浮かべつつ、八割ほどまで回復したHPバーを確認し、索敵へと移る。
周囲にはレッサースライムが数体徘徊しており、じっくりと観察してみるとどれも体の大きさに違いがある。どうやらレベルが高い個体程、体も大きく成長しているらしい。
無理をするのもらしくないので、ここは手堅く小さい個体を狙って行く事とする。
狙いを定め、呪符を放つ。そこから先は、随分と地味な作業であった。
攻撃を避け、呪符を投げ、時折【狐火】を混ぜる。
先ほど頂戴した支援魔法の効果も相まって、初戦程時間もかからず、負ったダメージも最小限で済ませる事が出来た。
気が付けば、五体目を片づけたところでレベルは2に上がっていた。
プレイヤー名:タマモ
種族:妖狐族 Lv2
職業:無し
【スキル】
初級妖術【狐火】
流石にスキルの追加はないようである。
だが先ほどの治癒術士の少女はHPを回復する【ライトヒール】と、【ホーリーヴェール】で二つ、スキルを使用していた。レベルもそう差があるとは思えないし、恐らくはレベル3から5の間で、スキルの追加があると見た。
尤も、追加があるのは職業スキルのみで、種族スキルはありません、とかであるなら、どうしようもないが。
兎も角、今はレベリングである。
満月が輝く草原を、のんべんだらりと歩いていく。
遠くで、狼の遠吠えが聞こえた気がした。
スライムが雑魚?はは、ご冗談を。
頭に“レッサー”とついている、ということは―
2017/9/6 誤字修正
2017/11/27 ホーリーヴェールの効果を「ダメージカット」から「物理防御力上昇」に変更
「補助魔法」を「支援魔法」に変更
2018/5/22 改稿