お稲荷様と翼の少女②
「あ、おかえりー!」
報告を済ませ、城から出たばかりのボクの頭上から声がかかる。
鮮やかな緑の羽根が舞い、晴れ渡った青空から太陽のような笑顔と共にボクの前に降り立ったのは、王家の谷にて出会ったハーピー族の少女、つくねであった。
彼女はこちらに向かって駆けだすと、その大きな両翼をめいっぱい広げ、ボクの胸へと飛び込んでくる。
とん、と軽い衝撃。
彼女を両手で抱きとめると、ボクは数歩たたらを踏んだ。
えへへー。こちらを見上げながら、つくねが笑う。
「ごめん、お待たせしてしまったね。退屈じゃなかったかい?」
「んー? 門番さんと遊んでもらってたから、全然平気ー!」
見れば、丁度ボクがくぐったばかりの門の傍で、いつものあの門番の男性が小さく手を振っていた。
女性が苦手で、ボクがある程度口を利いてもらえるようになったのもつい最近の事であったのだが、つくねは平気だったのだろうか。
まあ純粋で子どもっぽいところがある彼女であるので、門番さんもちょっと大きな子どもを相手にしているような感覚だったのかもしれない。
「それじゃあ行こうか。とりあえず市場を回るつもりだけれど、行きたい場所とかがあれば言ってくれると助かる」
「はーい!」
ちょこちょことボクの後ろを着いてくる、雛鳥のようなその姿に思わず笑みを漏らしながら、ボクたちは市場へと続く大通りを進む。
とりあえず入用なのは餡蜜用の果物や大豆、砂糖に葛粉あたりだろうか。わらび餅も作ってみたいので、わらび粉もあれば買っておきたい。
もう少し調理師のレベルが上がればカステラや最中、金平糖なんかも作れるようになるのだが、まあ最近は随分と暑くなってきたし、あっさりした物の方が喜ばれるだろう。
ちなみに和菓子には目がないボクではあるが、ちゃんと洋菓子の方にも手を伸ばしている。
流石に今は簡単なパンケーキやクッキー、各果物を使ったジュースぐらいしか作れないが、幸い自宅には一通り調理用の設備も整っているので、レベルを上げてレパートリーを増やすのにそう時間はかからないだろう。
「そういえば、つくねは好きなデザートって何かあるのかな?」
「うーん、いっぱいあるけど、一番はホットケーキかな!」
市場に着き、所狭しと広げられた様々な露店を覗いて回りながら尋ねてみると、彼女は一瞬考える仕草をしたあと、またいつもの笑顔を浮かべながらそう答えた。
ホットケーキ。まさしく定番ともいえるものだが、それならば今のボクのレベルでも作成できる。
折角であるし、買い物が終わったら彼女にご馳走してみようか。
薄力粉、卵はここで纏めて調達するとして、ベーキングパウダーや牛乳はまあ、ジパングにある調理師ギルドの窓口まで行けば販売しているだろう。 ああ、ついでにバターと蜂蜜も仕入れておくか。
「なんだかタマモって、お母さんみたいだねー」
品物を物色するボクの姿を眺めながら、つくねが何の気なしにそう零した。
どこかで似たような事を言われた気がするが、はて、どこであったか。
そして記憶を辿っていくと、そういえばボクがまだこのゲームを始めたばかりの頃に、始まりの街アインでそんな事を言われた事を思い出した。
あの時は確か、シアと一緒に、彼女のおつかいの手伝いをしていたのだったか。
また随分と懐かしい。ここのところあの街にはめっきり顔を出せていないが、彼女たちは元気にやっているだろうか。
ともあれ、こう見えて現役の女子高生であるボクからすると、母親みたい、なんて評価を受けるのはなんとも複雑な心境になるのだけれど。
流石にネットゲームの中で、自身の年齢を公言する様な暴挙は犯さないが。
直結厨怖いし。
「家庭的という意味として受け取っておくよ。でも、もしかするとボクの中身は男かもしれないよ?」
「いやー、それはないよー。男の子ならもっとこう、女の子女の子してるアバターにするもん」
まあ確かに、男性が女性のふりをする際は、必要以上に女らしさを前面に出してくる印象が強い。
流行のファッションに敏感だったりとか、やたら女子力の高さをアピールしたりだとか、口調がやたらと甘ったるかったりだとか。あとはやたら語尾に音符マークを付けたり。
そしてそれはアバターの外見にも表れている事が多く、ネカマプレイを楽しむプレイヤーは、得てして儚げで庇護欲を煽る少女のアバターを使う事が多い。
姫プレイ、といえば意味はまた違ってくるが、まさしくお姫様のような外見なのだ。
だいたい、後衛の回復職を使ってたりするしね。まあこれは偏見だけれど。
尤も、フルダイブ型のVRゲームが世に出た今となっては、外見や口調だけを女性らしくしたところで、容易くネカマである事が看破されるようになってしまったのだが。
「それに、なんていうのかな、ちょっとした仕草とか見てると、きっとリアルも女の子なんだろうなーって」
「ふむ、結構ちゃんと見ているんだね」
「あれれー、なんだか今ちょっと馬鹿にしなかったー?」
頬を膨らませ凄むつくねを手で制しながら、ボクは苦笑いを浮かべた。
これが、フルダイブ型のゲームにおいて、ネカマプレイヤーが容易く見破られてしまう大きな要因の一つである。
設定された動作のみを行う従来のゲームとは違い、ここでは現実で日ごろ行っている動きがそのまま自身のアバターに反映される。
例えば、髪をかき上げたりだとか、何かを拾い上げる際の何気ない所作。 立ったり座ったりした時の姿勢。 歩いている時の足運びや重心の置き方。
この辺りを注意深く観察すれば、容易く男性と女性の差異は見つける事が出来る。
骨格の違いもあり、この辺りを完璧に模倣できる男性はそういないだろう。
流石に技術が発達した現代であっても、プレイヤーの動作をアバターの性別に準じたものに変換してノータイムで出力する、なんていう無駄な部分に割くリソースはないのである。
ある意味で、全身でゲーム世界を楽しめるようになった弊害ともいえるが、まあ極々一部のプレイヤーのみが被るものであるし、問題はないだろう。
ちなみにこれは決して根拠のない話ではなく、事実として、フルダイブ型のゲームではスカートを履いているのに大きく足を開いて座ったり、かがむ時に裾を押さえなかったりと、そういった動作の不自然さからネカマである事がばれたプレイヤーが大勢いたりするのだ。
ちなみに逆もしかりで、女性が男性アバターを操作する際には、どこか女っぽい立ち振る舞いになる事が多い。女性プレイヤー自体の人口がさほど多くもないので、こちらはそう目にする事はないが。
しかしまあ、ここまで来るともうネカマ、ネナベというよりはもうそのままオカマ、オナベと言ってしまった方がいいのではないだろうか。
逆に言えば、今この時代においてなおネカマ、ネナベだと見抜かれていないプレイヤーは歴戦の猛者とも言える。 その称号が果たして名誉であるかは別として。
閑話休題
「ともかく、その辺りを看破できるなら何も言わないけれど、あまり過剰なスキンシップは控えた方がいいと思うよ」
そう言って心配するボクを余所に、まるで猫のように七本の尻尾と戯れる少女へと視線を移した。
鳥なのに猫とはこれ如何に。いや、鳥でもそういった遊びはするけれども。
「大丈夫だよー。 ちゃんと好きな相手にしかやらないからー」
これはまた、そんな歯が浮きそうな言葉をさらりと口にして。
良くも悪くも純粋なのは良い事なのだが、お姉さんはつくねが悪い男に騙されないか心配です。
そんな会話を交わしながら、ボクたちは目当ての品と、ついでに夏野菜を幾つか仕入れ、その足で調理師ギルドへと向かう。
そこでは市場では手に入らなかった食材と、食器を数点購入した。
今後増えるであろう、来客に備えての事である。
「えっ、ホットケーキ作るの!? やったー! ホットケーキー!」
新品のフライパンと、ホットケーキの材料を買い揃えたボクを見て、つくねがばさばさと両翼を振り回して周りから温かな視線を集める一幕もあったのだが、買い物は滞りなく完了し、ボクたちは改めて帰路へとつく。
とりあえず、つくねが今にも涎を垂らしそうな状態であるし、家についたらまずはホットケーキから作っていこうか。和菓子の方は、さほど急ぎでもないし。
今にも飛び上がりそうな――実際に少しばかり浮き上がっていた――少女と共に、ボクは川辺の道を行く。
「お母さん、早く早くー!」
「誰がお母さんか」
羽ばたきながらせっつく雛鳥の頭を、ふわふわの尻尾が軽くはたく。
ぴぃ。
小鳥のような、可愛らしい悲鳴があがった。
※直結厨
異性(主に女性)との出会いを目的としたプレイヤー。
ちなみに♪マークを付ける云々は、昔ネトゲのフレンド(ネカマ)から聞いた話を元にしてます。
2018/07/01 サブタイトルを変更




