お稲荷様とお姫様②
大変お待たせ致しました。
「へえー、これが【仏の御石の鉢】ねえ」
ジパング城、姫の間。
可愛らしい金糸雀のさえずりに耳を傾けながら、黒髪の美姫は目の前に置かれた石鉢の縁に、そのしなやかな指先を滑らせた。
大きさはカグヤ姫が両手で抱えられる程度のもので、伝説通りその表面は非常に滑らかで光沢があり、柔らかな紺青の輝きを放っている。
「血の涙が流れた、と手紙をしたためる程ではなかったけれど、それなりに苦労したよ」
海山の、道の心をつくし果て、ないしの鉢の、なみだ流れき
竹取物語の中で、かぐや姫から難題を申しつけられた貴公子たちの一人、石作皇子が、仏の御石の鉢と共に姫へと送った手紙に書かれた歌である。
天竺でひたすら探し求めたが、なかなか見つからないので血の涙を流す程であった。
まあざっくりと言えばそのような、これだけ苦労したんだよ、というアピールを含めた内容のものなのだが、彼が姫へと献上した石鉢は偽物であり、それはすぐに見破られてしまう。
かぐや姫に、鉢が光を放っていない事を指摘されると、彼は偽物の鉢を捨て、姫が余りに美しいので、鉢も光を失ってしまったのだと続ける。
これに呆れたかぐや姫はとうとう問答すらしなくなってしまうのだが、鉢を捨ててまで尚言い寄ったこの話が、『鉢を捨てる』という言葉の元になったのだとか。
閑話休題
まあそれなりに手間はかかったが、愉快な縁にも恵まれて、随分と楽しい旅であったと思う。
ちなみにかの国で捕まえた墓荒らしの一団だが、現在は頭領のカンダタを含め全員が地下牢に繋がれ、イリス女王からきついお灸を据えられている最中である。
その際に女王陛下から聞いた話では、なんとあのカンダタ、その昔女王陛下に求婚した事があるのだとか。
その時は随分とこっぴどくフラれてしまったようだが、どうやらその事を今も根に持っているらしく、今回の事件も女王陛下に対する嫌がらせの意味合いがあったのではないか、というのが彼女の所見であった。 いやはや、見事なまでの逆恨みである。
そんな話をしてみれば、石鉢を吟味している最中であったカグヤ姫は小さく吹き出し、呆れたように笑った。
「男ってホント馬鹿よねえ。こっちはまるで興味もないのに、あの手この手で気を引こうとして。 迷惑だってわからないのかしら」
「本当に、苦労しているようだねえ」
肩をすくめながら、まるで自分の事のようにそう零す姫の姿を見て、ボクは苦笑いを浮かべる。
ドウマン。 件の陰陽師との因縁は、未だに続いているようだ。
「まったくよ! 貴女を雇って少しはましになるかと思ったら、あの根暗坊主、次はなんて言ってきたと思う? ああ姫様、あのような女狐を傍に置くのはおやめ下さい、ですって! 何が女狐よ、アイツだって腹の黒い古狸じゃない!」
「いや、まあ、女狐というのは間違っていないからねえ」
というか、実は陰陽師関係のクエストで顔を合わせる度に、そういった嫌味は言われていたりするのだけれど。
まあそれを告げるとまた面倒な事に発展しそうであるし、藪をつついて蛇を出すつもりもないので口には出さないが。
しかし、こうして話をするのはまだ二度目であるはずなのに、随分と気に入られたものだ。
仏の御石の鉢をばしばしと叩き、瑞々しい唇を尖らせてぼやくお姫様を眺めながら、そんな事を思う。
だがそれが表情に表れていたのか、カグヤ姫はボクの顔を見てはっとすると、僅かに頬を朱に染めながら視線を逸らし、どこか決まりの悪い顔をした。
ごほん、とわざとらしい咳払いを一つ。
「あ、貴女は私が直々に任命した専属の陰陽師なのよ! それを貶めるということは即ち、主人である私を貶めるのと同義なの。だから、その、勘違いしないでよねっ!」
これはまたステレオタイプな。
とりあえず、はいはいツンデレツンデレ、とでも言っておけばいいのだろうか。
そう捲し立てるなり鼻を鳴らしてそっぽを向く彼女であるが、ちらりちらりと横目でこちらの様子を伺っている辺り、実は相当寂しがり屋なのかもしれない。
ともあれ、陰陽寮のトップであるドウマンにこうも敵視されているとなると、近々また彼とは一悶着ありそうな予感がする。
厄介な、というよりも、あまり面倒な事態にならなければ良いのだけれど。
「と、とにかく、今回は遥か異国の地までの旅、ご苦労様。まだまだ探してほしい品はあるのだけれど、それはまた追って知らせるから、今はひとまず身体を休めなさい」
どうやらカグヤ姫からのクエストは、ここで一旦区切りのようである。
【カグヤ姫の難題】というクエスト名からして、次に出される難題は蓬莱の玉の枝か、はたまた燕の子安貝か。
まさか、龍の頸の玉を取って来いなどとは言わないだろう。
いや、ファンタジーRPGの代名詞といっても過言ではないドラゴンの雄姿を一目拝むことが出来るのならば、それはそれで実に好ましいのであるが。
メカムート君三号? いや、あれは半機械化されていたのでノーカウントである。
「そういえば――」
さて、指定された宝物も渡した事であるし、表に人も待たせているのでそろそろお暇させて頂こう。 そう思い、姫に一礼し襖の縁に指をかけたところで、背後から声がかかる。
はて何事かと振り向いてみれば、カグヤ姫は鳥かごの中でさえずる金糸雀を眺めながら、さも今思い出したと言わんばかりに続けた。
「貴女、城下町に家を持っているらしいわね。セイメイから聞いているわよ」
白い指先がちょんと鳥かごをつつき、黒い瞳がつい、とこちらを流し見る。
なんともまあ、耳聡いというか、口が軽いというか。
勿論それは姫様に、ではなく、ボクの個人情報をつらつらと喋ったセイメイに対しての評価である。
これは、フラグが立っただろうか。
というのも、マイホームを所有している状態で、尚且つ特定のNPCの好感度が一定以上ならば、何とそのNPCが自宅を訪ねてくる、なんていうイベントがあるらしいのだ。
ソースは例によって、自称鯖内一の情報屋、Kittv-Guv氏が運営する攻略サイトである。
まあ自宅訪問といっても特別何をする訳でもなく、他愛のない世間話などをして帰っていくようだが、お気に入りのキャラクターがやってくるとあってマイホームの需要は急上昇。
ここジパングにも次々とプレイヤーのマイホームが新築されており、ちょっとした建築ブームが巻き起こっている。
ちなみに残念ながら、未だボクはそのイベントに遭遇した事がない。
その原因は、大型アップデート後からこっち、長期間自宅を空ける事が多かったからなのだが、クエストもひと段落ついた訳であるし、この辺りで少し腰を落ち着けてみるのも悪くないかもしれない。
「まあ、あまり立派とは言えない、こじんまりとしたところだけれど、居心地は良いよ」
川のせせらぎに、窓の外で揺れる桜の葉。ほのかに香るイ草の匂い。
都会ではなかなか得られない、ゆるやかな時間が過ぎていくあの感覚が、ボクはたまらなく好きだった。それこそ、思わず口元が緩んでしまう程度には。
「ふうん。まあ、貴女がそんな顔をするのだから、本当にいいところなんでしょうね」
そう言われ、ボクは自身の頬に手を伸ばし、僅かに緩んだ頬をそっと撫でた。
そんなにだらしのない顔をしていただろうか。 これはまた、なんとも恥ずかしい。
「まあいいわ。そのうち遣いをやるかもしれないから、なるべく家にいるようにしておきなさいよね」
それはそれで、手間をかけさせてしまってこちらとしては申し訳ないのだけれど。
そんな旨の事を伝えてみれば、いちいち城に呼び出して話をする方が面倒だと言われてしまった。 まあ、一理ある。
「あと、貴女が言っていた、へりおぽりす、だったかしら? その国の女王陛下にはお礼として、こちらからも何か贈り物を用意させてもらうわ。そっちも準備ができ次第、貴女に運んでもらうつもりだから、そのつもりでいて」
そして続けざまに彼女が言ったこの言葉も、また道理であった。
ヘリオポリスに行くには現状あの扉を潜るか、来訪者の石碑を利用するほかない。
勿論、海路や陸路でもあの場所には辿り着けるのだろうが、それには些か時間もコストもかかりすぎる。
尤も、メタ的な言い方をしてしまえば、これもまた何かしらのクエストのフラグが立ったという事なのだろうが。
「なら、なおさら家は空けないようにした方がいいね。ああ、もしよければ甘味でも用意しておくけれど、甘いものは平気だったかな?」
襖を開くと、ボクはさも今思い出したかのように、肩越しに姫様を見やりながら言った。
「え、ああ、大丈夫、甘いものは大好きよ――って」
ならよかった。
料理師はまだそれほど育てられていないが、簡単な甘味程度なら作成出来る。
そうだな、餡蜜や葛餅、氷が手に入ればかき氷を作ってみるのもいいかもしれない。
鎌をかけられた事に気付き、顔を赤くしながら何やら喚くお姫様をしり目に、ボクは部屋を後にする。
さてさて、それでは来客の予定も入った事であるし、買い物でもして帰るとしようか。
外で待っているあの人もジパングを色々と見て回りたいと言っていたし、丁度良いだろう。
柄にもなく弾んだ心に合わせるように、ゆっさゆっさと七尾が揺れる。
いやはや、今日も今日とて、良い日和である。
「この、馬鹿狐ー!」
城内に、カグヤ姫の可愛らしい叫び声が響き渡った。




