お稲荷様と冒険者ギルド
多数のブックマーク、本当にありがとうございます。
相変わらずガガっと書きなぐって投稿。
文字数はこれぐらいでいいのですかね……。
地図を片手に歩き始めて十分足らず、何とか日が落ちる前に冒険者ギルドに到着する事が出来た。
何というか、冒険者ギルドという名前からして、かなり立派な建物だと思っていたのだが、実際に見てみれば、印象としてはRPGによく登場する酒場に近い。
教室二つ分程のスペースにテーブルが二つ、一番奥にはカウンターが設置され、その横には掲示板らしきものが備え付けられている。
どうやらピークは過ぎたらしく、プレイヤーの姿はもうまばらになっていた。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。来訪者の方ですか?」
「ええ、ようやく一息ついたところで申し訳ないですが」
カウンターには、桃色の髪の可愛らしい女性が座っていた。歳は二十半ば程だろうか。
桃色の髪を顎のラインで切りそろえ、薄い桜色の口紅に、アンダーフレームの眼鏡が大人っぽさを演出している。
女性はにっこりと笑うと、手元の引き出しから一枚の石板を取り出してみせた。
「いえいえ、気にしないで下さい。 ギルドへのご登録でしたら、この石板の上に手を乗せて下さいね」
そう言われ、差し出された石板を見る。
中心に何やら魔法陣のようなものが描かれた、研磨されたかのようになだらかな石板である。
そっと手を乗せると、ひんやりとした感触の後、石板全体が淡い光を放ち始めた。
それと同時に目の前に見覚えの無い文字列が浮かび上がり、女性はその文字を見ながら手元の書類へ何やら手早く書き込んでいく。
「えーっと、お名前はタマモ様、ですね」
「……ああ、成程。この石板に手を置くと、その人物の情報が表示される仕組みなんですね」
「ええ、≪真実の石板≫といって、この石板の前では、如何なる嘘偽りも意味を成しません。えーっと、レベルは1で、種族は妖狐族っと、あとは……えっ!?」
すらすらと手続きを進めていたその時、女性はとある部分で目を丸くして、素っ頓狂な声を上げた。
目線は何故か、浮かび上がった文字とこちらとを行ったり来たりしている。
「何か不備でもありましたか?」
「い、いえ、何でもありません! 大変失礼しました……」
もしや、何か問題でもあったのではと心配になり声をかけてみれば、女性は頬を僅かに朱に染めて、ずれた眼鏡を整えながら頭を下げた。
いや、手続きに問題が無ければいいのだが……。
「も、申し訳ありませんでした、もう手を離して頂いて結構ですよ」
先ほどの出来事に一抹の不安を感じつつ、まあ大丈夫だろうと手を離す。
すると、石板が放っていた光が手の中に集まり、やがて一つの指輪へと変わった。中心に赤い宝石がはめ込まれた、銀製のシンプルな指輪である。
「それは【冒険者の指輪】というアイテムでして、ギルドに登録された正規の冒険者としての証明書代わりとなりますので、紛失等には十分にお気を付け下さい」
「わかりました。ちなみに、もし紛失した場合の再発行は可能ですか?」
「はい、可能です。しかし再発行された際は一定期間再発行が出来なくなりますので、ご了承下さい」
――【冒険者の指輪】を再発行するには、前回の再発行から現実時間で60日以上経過している必要があります。
女性の説明に、システムメッセージで補足が入る。
ちなみに数多くのフルダイブ型MMOゲームに採用されている時間圧縮技術であるが、この“The Another World”でもその技術は採用されており、現実世界での60日は、ゲーム内時間では三倍の180日、約六カ月に相当する。この時間圧縮技術というのも、娯楽分野に採用された当初は随分と物議を呼んだらしいが、まあ、今はそんな話はどうでもいいだろう。
【冒険者の指輪】は、まあ、左手の親指にはめておこう。サイズ的にきちんとはまるのか不安だったが、そこはファンタジー、にゅっと大きさが変わったかと思えば、ボクの指にぴったりフィットする大きさに調整された。これならば、かなり激しく動き回っても外れる事はないだろう。
「では、これで登録は無事に完了となります。他にご質問などはありませんか?」
「ええと、それでは一つだけ。実はとある職業のギルドを探しているのですが、こちらでどこにあるか確認をお願いできますか」
ルビアさんは心当たりが無いと言っていたが、冒険者ギルドの職員さんなら何か知っているかもしれない。まあ職業自体、必ずどこかに所属しなくてはならないという訳ではないのだが、その場合はスキルの取得率や成長率にかなりの差が出てしまう。反面、スキルの取得に必要なスキルポイントがその分だけ余ってはくるのだが。なので、ボクとしては早く目当てのギルドを見つけてしまいたいところなのだが、上手くいくだろうか。
「はい、宜しければ確認いたしますよ。登録名などはご存知ですか?」
「ええ、“陰陽師”という職業のギルドなのですが」
陰陽師。
本来は星を読んで吉凶を占ったり、暦を作ったりする人達らしいが、現代、特にファンタジー世界においては呪術や方術、式神と呼ばれる鬼神を操り戦う、和製魔法使いのような扱いを受けている。ちなみにこのゲームにおける陰陽師は、言うまでもなく後者である、と思う。
というのも、βテスト時点でその存在は示唆されていたらしいのだが、ついぞ誰もそのギルドを発見する事が出来なかったのである。
てっきり正規版で実装してくるかと思っていたのだが、公式からのアナウンスはなく、今に至る。
「陰陽師、ですか。 少々お待ちください」
うーん、と少し唸った後、女性は一言断りを入れた後、席を立ち、カウンターの奥へと消えていく。 どうやら、同僚か上司に知恵を借りに行ったようだ。
あの様子だと望み薄かもしれないが、しばらく待つことにしよう。 その間にカウンターの横へ設置されている掲示板へと目をやると、どうやらそれは冒険者ギルドが発行するクエストを張り出しておくためのものだったようだ。
どれどれ、と確認してみれば、予想通りというか何というか、残っているのは複数パーティ向けの難易度が高いと思われるクエストのみで、初心者向けのものは殆どがスタートダッシュ組に持っていかれたようだった。
「まあ、仕方がない。数日も経てば落ち着いてくるだろう」
まあそれも、次回販売分でこのゲームを手に入れた第二陣がログインしてくるまでの間だけだろうけれども。
などと考えていると、カウンターの奥から先ほどの女性が小走りで戻ってきた。 その表情を伺う限り、やはりダメだったようだ。
「お、お待たせしました!」
「いえ、その様子だと、やはり」
「も、申し訳ありません、他の職員にも確認してみたのですが、どうもギルドとして申請されていない可能性があるようでして、こちらでは確認が取れませんでした」
申し訳なさそうに、女性が頭を下げる。
「いえ、申請されていないものは仕方ありませんよ」
「そう言って頂けると……。ただ、王都に行った事のある職員が“陰陽師”という名を聞いた事がある、と言っておりましたので、もしかすると王都で何か手がかりが見つかるかもしれません」
やはり王都、か。
これは攻略ガチ勢の面々にも、頑張ってもらわなくてはなあ。
「それだけでも十分ですよ。では、またお世話になります」
「はい、この度はお時間を頂きまして、ありがとうございました。今回は私、ライムが担当させて頂きました。またのご利用、お待ちしております」
小さく手を振ると、にこりと笑って手を振り返してくるライムさん。お仕事中でなければもっと色々とお話をしたいのだが、まあ、それは次の機会にしよう。
さて、クエストは受けられなかったが、まずはレベリングだ。冒険者ギルドの扉をくぐり空を見上げれば、空には早くも星が輝きだしていた。
「うーん、しまった。この分だと、レベリングしている間に夜になってしまうなあ」
ゆらり、ふらりと尻尾をくねらせ、南にある門へと向かう。
夜になると一部のモンスターが凶暴化し、接近したプレイヤーに襲い掛かる“アクティブ”という状態へ変わるのだ。 その為、昼間にレベリングを行うよりも戦闘不能にまで追い込まれるリスクが増加する。
複数人でパーティを組んでいる場合は一匹二匹に絡まれた場合でも対処は可能かもしれないが、ソロプレイでは致命的である。なので、可能であれば昼間のうちにレベリングをしておきたかったのだが。
「まあ、何とかなるだろう。」
ようはアクティブな敵に近づかなければいいのである。簡単な話だ。
と、言っているうちに門に到着してしまった。
「む、来訪者か。もう日も暮れる、門も日が昇るまでは閉めてしまうのでな、もし街へ入る場合は備え付けられた扉から門番の者に声をかけろ、鍵を開けてやる」
「お気遣い感謝する」
門番は鉄兜を被った、がっちりとした体格の男性であった。腰には剣を提げ、背中には盾を背負っている。鎧には大小様々な傷が刻まれており、かなり使いこまれているようだ。
そんな男性に軽く礼を言うと、未だ多くのプレイヤーが残っているであろう草原へと歩を進めた。やや冷たくなってきた風に混ざる、土と草の匂い。妖狐族という種族の特性か、遠くで僅かに響く剣戟の音がはっきりと耳に届き、柄にもなく胸を熱くさせる。懐から様々な模様が描かれた呪符を取り出しながら、足は剣戟が響く先へ。
「さて、RPGの醍醐味を堪能しにいこうか」
黄昏色に染まり始めた空を見上げながら、ボクはまだ見ぬ強敵に思いを馳せるのだった。
タマモさん、まだ第一話にちょろっと登場したプレイヤー以外の人に遭遇してない問題。