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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-III そして至る道
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お稲荷様とお姫様

大変お待たせ致しました。


 さて、聖女聖女と持てはやされるフンダート王国のカメリア姫であるが、それにはしっかりと理由がある。一つはその身に持つ強大な治癒の力。その力はあらゆる病魔を消し去り、どんな傷でも瞬く間に癒すという。そしてもう一つが清廉潔白を体現したかのようなその性格。人を疑わず、欲を持たず、弱きを助け強きを挫く。現代日本ではもはや絶滅危惧種以上に見なくなった性質の人間である。まあ、あくまでNPCではあるので、生きた人間というには語弊があるのだが。

 そして最後に、これは少し下品な話にはなるが、彼女が聖女と呼ばれる最大の要因は彼女自身の容姿にある。 

 腰まで伸びた白金の髪に白い肌、少し幼さが残るものの鼻筋の通った美しい顔立ち。そのうえ実に女性的な魅力に富んだ肉感的な身体つきをしているものだから、健全な男性諸君にはもうたまらないものなのだろう。その無垢な性格とのギャップが素晴らしいとは、始まりの街に店を構える某男性主人の言である。

 なお、店主はその話をした後、ボクに何やら哀愁のまなざしを向けていたのだが、ボクは全く気にしていない。ボクにはあんな性的魅力なんてものは必要ないのである。

 

 閑話休題(それはともかく)

 

 さてさて、突然かのお姫様の解説を挿み込んだわけだが、ここジパングのお姫様にもそういった二つ名が存在する。 

 その名もずばり、東国の至宝。 

 立てば芍薬(しゃくやく)座れば牡丹、歩く姿は百合の花、なんて言葉があるが、彼女が正しくそれに当てはまるだろう。

 話によれば彼女を妻として娶りたいと恋文を寄越す者は後を絶たず、かつて国賓として王都フィーアに招かれた際には、彼女を一目見たいと国民が殺到し、夜が明けるまで王城の周りには松明の火が絶えなかったという逸話が残るほどである。


 さてさてさて、ここまで聞けばとても素晴らしい姫君なのだと思われるかもしれないが、今まで話してきたそういった評判はあくまで国外での事。では国内ではどうなのかと問われれば、彼女の名を出せば誰しもがまず酸っぱい顔をすると言えば、だいたい察してくれるだろうか。

 傍若無人、傲慢無礼。 

 美しい花には棘があるとは言うが、彼女の場合は棘どころの話ではない。有刺鉄線、いや、モーニングスターである。甘い香りに誘われてふらふら近寄ってしまえば、ぶん殴られて大怪我を負う羽目になるだろう。

 故に、ジパングの国民は彼女をこう呼ぶ。美しくも荒々しい、誇り高き竜が如き美姫、竜姫カグヤと。

 

 そんな事を考えていると、初対面である筈のボクを、あろうことか自室らしき部屋に引きずり込んだ件の姫君は、荒々しく後ろ手に扉を閉めるとふん、と鼻を鳴らした。そして次にじろりとこちらをねめつけると、何やら品定めでもするようにボクの周りをぐるぐると回り、頷きをひとつ。


「まあまあってところね。父上はこんなのが趣味なのかしら」


 なんだろう、そこはかとなく馬鹿にされた気がするのだが。

 ちくりと針に刺されるような苛立ちをぐっとこらえ、畳の上に座り込んだ彼女を見やれば、麗しの姫君はじとりとこちらを見返した後、自分の向かい側をばしばしと叩いてみせた。

 第一印象からなかなか強烈な彼女ではあるが、いったいボクに何の用があるというのだろうか。


「貴女、それなりに優秀な冒険者らしいじゃない」


「まあ、優秀かどうかはともかく、それなりに依頼は任せてもらっています」


「余計な謙遜は結構。実績があるのだから素直に認めておけばいいのよ。でないと、安く見られるわよ」


 長い髪をかき上げながらそう口にする彼女の表情には自信が満ち溢れていて、きっと彼女は自身が東国の至宝だの、竜姫だのと呼ばれている事も決して不相応だとは思っていないのだろう。いや、彼女にとっては他人からの評価など、さして気に掛けるほどの事でもないのかもしれない。 

 強い意志を宿す彼女の瞳に見つめられて、ボクは思わず身を固くした。


「ご忠告、痛み入ります」


「それと、その上っ面だけの態度も止めなさい。見ていて苛々するわ」


 背中に冷や水を浴びせられたような気持ちであった。

 まるでこちらの心を見透かしたようなその言葉に目を見開く。そうしてしばらくの間沈黙が流れ、やがてボクは溜息と共に口を開いた。


「一応、身分が身分だからそれ相応の対応をしていただけなのだけれど、それが不愉快だと言うのならば改めさせてもらうよ」


「それが本当の貴女? 随分理屈っぽい話し方をするのね」


「好みではなかったかな?」


「いいえ、今の方が私は好きよ」


 そこで初めて、彼女の顔に柔らかな笑顔が浮かんだ。先程まではむっとした膨れっ面だった事もあり、その優し気な表情にボクは一瞬目を奪われてしう。きょとんと呆けたボクを見て、彼女は頬を僅かに朱に染めて咳ばらいを一つし、気まずそうに視線を泳がせた。

 

「こ、こんな下らない雑談をする為に貴女を呼んだ訳じゃないわ。そろそろ本題に入らせてもらうわよ」

 

 高飛車な態度が目立つ彼女ではあるが、なかなか可愛らしい一面も持っているようである。

 しかしその事について言及すると確実にご機嫌を損ねてしまいそうなので、吹き出しそうになる口元を袖で隠しながら頷くと、彼女は少しばかり潤んだ瞳でこちらを睨み付けながら言った。


「単刀直入に言うわ、貴女、私のものになりなさい」

 

 びしりとこちらを指差しながらの発言に、どうしたものかと思考を巡らせる事三秒。顎に添えていた指を離すと、彼女も自身の発言の意味を理解したのか、首元からゆっくりと赤くなっていくのがよくわかった。 


「すまない、同性愛についてはある程度理解しているが、流石に出会ってまだ間もない相手に対してそういった感情は――」


「違うわよ! わかって言っているでしょう!」


 無論である。

 どこぞの鬼でもあるまいし、出会って早々愛の告白なんぞされてたまるものか。

 顔を真っ赤にし、美しい髪を振り乱しながら詰め寄る彼女を眺めながら、美しくも誇り高き竜姫とはなんだったのかと、そんな事を思った。そして咳払い。


「私が言っているのは、私専属の陰陽師になりなさいと、そういう話よ!」


 専属、つまりこのお姫様に仕えろという話なのかと思いきや、どうやらそうではないらしい。

 現在のボク、というより職業に陰陽師を選択しているプレイヤーは形式上陰陽寮、つまりはギルドに所属している事になっているのだが、どうやらその所属先をギルドからカグヤ姫個人に変更しないか、というお誘いらしかった。

 まあ陰陽寮自体はヤマト陛下の傘下にある組織であるので、実質下位組織から上位組織に移るだけのような気もするが。もしくは、個人タクシーから一躍社長令嬢の専属運転手に抜擢されたような心持ち、いや、これは少し違うか。

 ともかく、話を聞いてみれば、陰陽師としての仕事自体はカグヤ姫から依頼されるものに限られるが、冒険者ギルドなどからの依頼は今まで通り受けても問題ないそうだ。つまりボクにとってはあまりデメリットが無い魅力的な話なのだが、一国の姫ともなれば、それこそボクよりも優秀な人材なんて幾らでも雇えると思えるのだけれど。

 そう疑問に思い口に出してみると、彼女は途端に顔をしかめながら肩をすくめてみせた。


「実は最近、我こそを姫のお傍にって煩い陰陽師がいて、なまじ地位も実績もあるだけに父上もどうしたものか決めかねていたみたいなのよ」


 まるで求婚を受けているかのような言い様であるが、あながち間違ってもいないのだろう。

 高飛車で高圧的な性格はともかく、その容姿は紛れもなくジパング一の美しさである。少しでも彼女の近くに身を置き、あわよくば、なんて考えの者が出てきても不思議ではない。

 地位と実績がある者という事だが、一体何者なのだろうか。


陰陽頭(おんみょうのかみ)といえば、おおむね察してくれるかしら」


 ああ、と思わず声が漏れた。

 陰陽頭とはつまり陰陽寮のトップであり、ギルドでいうギルド長にあたる。そして現在陰陽頭に就いている男の名は〝ドウマン〟。そう、いつの日かセイメイが警告したあの男である。

 これまでの職業クエストでも何度か顔を合わせていたりするのだが、なるほど彼が相手となれば苦虫をかみつぶしたような顔にもなるだろう。

 まあ、なんというか、ただひたすらに不気味なのだ。

 体格は平均的な日本人男性のそれであるのだが、どこか陰のある瞳、低い声でぼそぼそと呟くように話す。 仕事はしっかりとこなしており、部下からの信頼も厚いらしいのだが、あの舐めるような視線は忘れようがなく、どうにも信用できない男だったと記憶している。


「つまり、ボクがここで誘いを断れば――」


「あの陰険な男が私の専属になる可能性が高い。想像したくもないけどね」


 まああの男を傍に置くだなんて、それこそ心労が絶えないだろうに、ボクであれば絶対にお断りしたい話である。

 

「そういう事であれば尚の事、このお話、謹んでお受けさせて頂く」


 両手を着き深く頭を下げると、カグヤ姫はほっと胸を撫で下ろして深く息を吐いた。どうやら相当頭を悩ませていたらしい。


「しかし、もしこれでボクが断っていたらどうするつもりだったんだい?」


「あら、私がそんな事を許すと思っていたの? どんな手を使ってでも、首を縦に振らせるつもりだったに決まってるじゃない」


 ああでも、その為に色々と用意していたのに、全部無駄になってしまったわ。

 あっけらかんとそう言うお姫様に、素直に頷いておいて本当によかったと、ボクは顔を青ざめさせながらそう思うのだった。

 


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