お稲荷様とお殿様②
お待たせしてしまい、申し訳ありません。
「ほう、シュテンの奴がこれを、とな?」
場所は変わり、ボクたちはヨリミツに案内されて城内のとある一室へとやってきていた。八畳ほどの、打ち付けられた板が剥き出しになった部屋だ。少し冷たいその床に座布団を三枚敷き、ボクの隣にはセイメイが座り、それと向き合う形でヨリミツが胡坐をかいている。
部屋に来て早々、ボクはヨリミツに【鬼の遺髪】を手渡し、事の次第をすべて話してしまった。
シュテンからは、鬼の二人はボクたちに討ち取られたと、そういう事にしておけと言われていたが、実際にこのヨリミツという男と向き合い、その瞳を見て確信した。この男に、嘘は通じない。
他人を信じない瞳、ではなく、それが嘘偽りであるかどうかを看破せしめる、力強く鋭い瞳。
シュテンはああ言ったが、この場でこの男に対し嘘を吐いたりしてしまえば、この男との間に信頼関係を築くことは二度と出来なくなるだろう。そんな予感があった。
故に、ボクは早々に、洗いざらい一切合切を彼に話した。セイメイから依頼を受け、友と共に山へと赴き、そこで二人に出会ったこと。シュテンとの丁半博打、その結果、そこからのやりとりに至るまで、その全てを。
ボクから受け取った【鬼の遺髪】を袖の中にしまい込むと、彼は神妙な顔で思考した後、二度手を打って人を呼びつける。そうしてやってきた家来らしき男に何やら言い含めると、佇まいを正しながら改めてこちらへと向き直った。
「首級は上げられずとも、勝負事においてあの鬼に黒星を付け、都から手を引くと言質をとったその功績は称賛すべきである。故にこの一件、もはや某の裁量を超えたものであると判断した」
それを聞いて笑みを漏らしたのはセイメイであった。
口元を少しばかり釣り上げながら、面白いものを見るかのように目を細めている。
「ほう、これはまた、〝鬼殺しのヨリミツ〟が人を褒めるとは、珍しいこともあったものだ」
「たわけ。 あの鬼共が如何に難物であるかは、某が一番よく知っておる。あの鬼が負けを認め、あろうことか己を討ったことにしろ、などと言わせたのだぞ。何とも口惜しいが、剣を振るう事しか出来ぬ某に同じ真似は出来ぬだろう」
不貞腐れるわけでもなく、そう言ってヨリミツはただただ静かに目を閉じた。
ボクとしてはそんな大それたことをしたつもりはなく、ただ彼との博打に勝っただけなのであるが、彼の様子を見る限り、どうやら思っていた以上に危ない橋を渡っていたようである。
と、そうしているうちに何やらどたばたと騒がしい足音が聞こえてきたかと思うと、先程やって来た家来の男が血相を変え、転がり込むようにして部屋へと戻ってきた。何事かと立ちあがるヨリミツに、男は肩で息をしながら汗をぬぐいつつ口を開いた。
「ヨ、ヨリミツ殿、先程承った話をヤマト様へお伝えしたのですが――」
「おお、お主が件の来訪者か」
家来の男が転がり込んできた襖の陰から喜色満面で現れたのは、赤い袴に虎柄の羽織を重ねた中年の男であった。薄くあごひげを蓄えた彫りの深い顔立ちをしており、頬にある大きな切り傷の所為もあってとても堅気の人間には見えないのだが、家来の男が平伏しているところから察するに相当な地位の人間であるらしい。
失礼があってはいけないとボクも床に手を着き、頭を下げようとしたところで男に肩を掴まれた。
「うむ、礼を尽くそうとするその心意気、天晴れである。しかしその美しい顔を伏せてしまうのはあまりに惜しいのでな、そのまま楽にしてよいぞ」
「殿、そのようなことだから市井の者に侮られるのですぞ」
ボクの肩を叩き、その場にどかりと座り込んだ男に対し、ヨリミツが眉間の皺を深めながら言った。
「相変わらずの石頭だなあ、お前は。そんな事だから女子も寄り付かんのだぞ」
はて、どこかで聞いたような台詞である。
男は睨みつけるヨリミツの視線もどこ吹く風とぐるりと部屋を見渡すと、やがてセイメイの顔を見るや、おお、と声を漏らした。ずずいと袴の袖を擦りながらボクとセイメイの間に滑り込み、白い歯を覗かせてにやりと笑みを浮かべる。
「久しいなセイメイよ。相も変わらずぐうたらしておるのか?」
「はは、これは異なことを仰りますな。毎日額に汗し、民のため身を粉にしておりますれば、だらける等とてもとても」
ふふふ、はははと笑い合いながら、なんとも気安い感じで冗談を交わしている二人に、ヨリミツがまたため息を吐く。どうやらこの二人、顔を合わせる度にこのような感じらしい。
そうしてしばらく談笑する二人を眺めていると、やがて男が手を打ち、ボクへと向き直った。
「おっと、そういえばまだ名乗っておらんかったな、儂はヤマト。この城の主であり、この国を統べる王である」
お殿様、というには随分と気さくな人物ではあるが、堂々たるその風格はやはり王と呼ぶに相応しいもので、きりりと引き締められた顔つきには思わず気圧されそうな迫力があった。
しかしその覇者たりえる雰囲気を纏っていたのも束の間、ヤマト陛下――NPCといえど、王族ともなれば相応の礼は必要だろうから敬称を付けるが――はふにゃりとまた表情を緩ませると、先程と同じような人懐こい笑みを浮かべ、またヨリミツの逆鱗に触れるような事を言った。
「まあ、気楽にヤマトとでも呼んでくれ」
「殿、どうやらまた色々とお話をせねばならんようですね」
「おい、おいヨリミツ、堅苦しい事は言いっこなしだぞ」
「王たるもの、相応の立ち振る舞いというものがあると度々申し上げていた筈なのですが、お忘れになられたようですな」
心なしか、陛下と言葉を交わすたびにヨリミツのこめかみに浮かび上がる青筋の数が増えているように見える。 成程、自由奔放なお殿様に振り回される忠臣、そんな関係性なのだろう。
肩をすくめ両手をあげる陛下に、ヨリミツが深々とため息を吐いた。
「やれやれ、殿といい姫様といい、何故こうも骨が折れる御方ばかりなのか」
「聞くところによると、かのフンダート国王は賢王と名高く、その娘であるカメリア姫は聖女と呼ばれ国民からも好かれているそうではないか。はは、儂ら親子とはえらい違いだ」
なんともリアクションに困るジョークである。
またこめかみに浮かぶ青筋の数を増やしながら、やるせない顔で眉間を揉み解すヨリミツの心中は察するに余りあるというところではあるが、残念ながら今のボクに彼の職場環境を改善する力はないしするつもりもない。ボクは事なかれ主義なのだ。
「さて、それではヤマト陛下は、このタマモに何か御用でも?」
このままではヨリミツの説教が始まりそうだと察したのか、セイメイが薄ら笑みを浮かべつつそう口にする。その言葉にその御用というのを思い出したのか、ヤマト陛下ははっとすると懐から一枚の木札を取り出し、こちらへと差し出した。手に取って見てみれば、どうやら何かの手形らしい。
「まあ、この国におけるお主の身分を証明する、証書のようなものだ。もし通行に手形が必要になるような場所があれば、これを見せればだいたいは入れるようになる」
本人はこう何でもないように言ってはいるが、わかりやすく変わったセイメイとヨリミツの顔色を見る限り、恐らくそう安い代物ではないのだろう。
「正直に言って、来訪者とはいえ一介の冒険者が持つには不相応なものではある。故に、常に肌身離さず、決して失わぬよう気を付けられることだ」
「これ、そう脅かすなヨリミツ。まあ、このような場であるからな、これを正式な報酬とは言えぬのだが、そっちはセイメイが既に用意しているようだから楽しみにしておくといい」
「これはまた、陛下も人が悪い」
そうしてセイメイが取り出したのは、一枚の呪符であった。 表には騰蛇の文字が刻まれ、所詮紙切れでしかないはずなのに、うねり荒れ狂う様な力を感じさせる。
受け取った呪符とセイメイとを見比べて、気が付けばまさかと口から漏らしていた。
「そのまさかで合っている。私が従える十二天将が一、騰蛇の札だ。まあ相応に暴れ馬ではあるが、お主であれば何とか手懐けることも可能であろう」
――陰陽師スキル、式神召喚【騰蛇】が使用可能になりました。
セイメイに言われ、システムメッセージに表示された一文を眺めながら、ボクは気分が高揚するのを自覚した。
かの陰陽師が使役していたといわれる、十二天将。所詮ゲームではあるのだが、そのうちの一体を今、自分は得ることが出来たのだ。えもしれぬ達成感に頬が緩んでしまいそうになるのは、至極当然の反応ともいえた。
「これはまた、セイメイにしては随分と買っておるようではないか」
ヤマト陛下がからかう様にそう言われ、しかしセイメイは薄く笑みを浮かべたまま目礼だけを返した。
と、その時である。 廊下の奥の方から、何やらどたどたと足音が響いてきた。
さてはて、何やらデジャブを感じる出来事であるが、今度は何がやってきたのだろうか。
ぱしん、と襖を開き現れたのは、何とも美しい着物に身を包んだ、この世のものとは思えぬ美貌をもつ少女であった。墨を垂らしたような艶のある長い黒髪に、透き通るような白い肌。短い眉毛の下には釣り目がちな大きな瞳があり、ぷっくりとした桜色の唇はとても瑞々しい。
ふわりと漂ってきた桜の花の香りに、廊下で感じた香りの元はこの少女だったのかとここにきて得心がいった。
そして少女はその瞳でこちらをじっと見つめ、鈴を転がしたような声色で言の葉を紡ぐ。
「貴女、ちょっとツラ貸しなさいよ」
御転婆を通り越して、もはやスケバンの台詞である。
その人形のような容姿とは裏腹に、随分と荒っぽい性格の姫君であるようだ。
ともあれ、やはりというか何というか、予想通り面倒ごとに巻き込まれたボクは、その突き刺すような視線を浴びながらそっとため息を吐くのだった。
2018/06/18
本文の一部を変更
十二神将→十二天将
毘羯羅→騰蛇




