お稲荷様と大型アップデート
某月某日、ほぼ毎日と言っても過言ではない程ログインしていたTheAnotherWorldに大型アップデートが実施された。先の第二陣参戦時のものを入れると二回目になる。
このアップデートによって高難易度ダンジョンや課金アイテムを含む様々なアイテム、新マップの追加をはじめ、既存種族および職業間のバランス調整、マイハウスサービスの開始などなど、にわかには信じ難い量の、思わず開発運営の神経を疑っても仕方がないであろう大量の要素が追加された。
高難易度ダンジョンについては、例のイベントにてボクも潜ったあの地下迷宮、あれをさらに複雑にし、出現するモンスターを強化し、階層を増やしたようなものであるらしい。
次に課金アイテム。
文字だけ見ればあこぎな物のように感じるが、内容としてはそれほどぶっ飛んだものではなく、いつだったかボクがショッピングモールで手に入れたコラボ装備、ああいったいわゆるお洒落装備と呼ばれるものや、公式イベント後に配布された【導きのつばさ】のような便利アイテム、そして髪形を変更出来る【美容チケット】、キャラメイクをやり直せる【変身薬】などが公式ホームページ上で購入できるようになった。
ランダムでアイテムが手に入る、俗にいうガチャと呼ばれる商品もなく、戦力的に有用な装備品も販売されていないので、ゲームバランスにはあまり影響はないと言えるだろう。
続いて新マップ。
これは王都フィーアよりさらに北に向かったところにヨトゥン雪原なる新しいエリアが追加された。 それとは別にヘリオポリス大砂漠なる、いかにも暑そうなエリアも追加されたらしいが、こちらはまだ詳しい場所は明らかになっていない。
バランス調整の話はまた後にするとして、マイハウスに関してはその名の通り、各都市にプレイヤーが自宅を持てるようになった。ちなみに一軒家の大豪邸から集合住宅の一室まで、グレードはピンキリである。
ちなみにちなみに、ボクはアップデート後に疾風の如き勢いで、ジパングに自宅を購入した。
費用? そんなもの、これまで地道に金策をしていればある程度の備蓄は出来ている。
さすがに豪邸クラスではないが、一人でのんびりするには丁度いい大きさの、そう、着物の件でお世話になったシズノさんが暮らしている庵、あれぐらいの大きさの家だ。中々居心地の良いところで、ちょくちょくモミジやイナバさんもだらけにやってきている。
イナバさん。公式イベントの際に知り合ったワーラビット。
出会った当時は初心者だった彼女も、今ではレベル六十の立派な高レベルプレイヤーだったりする。 随分と立派になったものだ。
そして今回のアップデートで最も特筆すべきは、やはりレベル上限が六十から七十に引き上げられたことだろう。これにより各種族、職業に新たなスキル、装備品が追加され、生産職を筆頭にプレイヤーは沸きに沸いた。
レベルを上げる為にレベル六十以上の装備が必要になるのは必然であり、当然それらの需要はアップデート直後は爆発的に増加する。故に、出せば売れる。生産職のプレイヤーにとってはまさしく一年に数度規模の稼ぎ時であり、それと同時に装備品を作る為に必要な素材アイテムが高騰する為、生産職以外のプレイヤーにとってもなかなか美味しい金策の機会となるからだ。
そんなこんなで、このゲーム始まって二度目の大型アップデートから間、TheAnotherWorldの世界はかつてないほどに活気づいていた。
そんな中ボクは何をしているのかと言えば、自宅の縁側でのんびりお茶を飲んでいる。七本の尻尾を気の向くままにゆらりゆらりと揺らしながら、自分で採取してきた茶葉を自分で加工し、自分で煎れたお茶をゆっくりと味わいつつ、庭先に咲いた一本の桜の木をぼんやりと眺めていた。
レベル七十になったのは、つい今朝の話である。
ボクは夏休みの宿題なんかは可能な限り早急に片付けるタイプの人間で、レベリングなんていう面倒なものはアップデート明けから徹夜も辞さない覚悟でさっさと済ませてしまった。ちなみにかかった日数は約三日。その話を聞いた某三人組には例によって、例に漏れずドン引きされることと相成ったが、ボクは気にしていない。
その際、全プレイヤー最速ではないかとの意見もあったが、生憎とそれはボクではなく、他サーバーのプレイヤーが、二日目にしてレベル七十に至ったとSNSにて画像付きで報告している。なお、そのプレイヤーは攻略組のガチ廃人である。
ともあれ、めでたく七尾の妖狐となり、レベリングがひと段落ついたボクはこうしてマイホームでのんべんだらりと過ごしている訳である。まあ、陰陽師のクエストだったりだとか、ファーミングを行って装備面を充実させたりだとか、やるべきことがなくはないのだが。
噂によればアップデートで実装された高難易度ダンジョン、その名も〝銀の地下迷宮〟というらしいが、そこで手に入れることが出来る武器がレベル七十向けの中ではかなり有用であるらしいので、またモミジたちと潜ってみるか、あるいは周回目的のパーティに加わってみるのもありかもしれない。
陰陽師というバッファー系の職業についている為、戦闘中は何かと忙しいので可能であればソロで活動したいのだが、流石に高難易度ダンジョンをソロで攻略するのは無理があるので致し方ない。
そういえば今回のバランス調整によって、陰陽師のスキル【泰山府君祭】の効果が変更され、以前までは〝対象が戦闘不能になった際に蘇生させる〟という、要は事前にかけておける蘇生魔法のような効果だったものが、〝対象が戦闘不能になるダメージを受けた際、HPを一だけ残す〟という、なんともピーキーな効果となった。
まあ以前までの効果では戦闘前にかけておける分、治癒術士が使用する蘇生魔法よりも使い勝手が良く、あちらの役割を食ってしまっていた分もあるので、これも致し方ないのかもしれない。
又、妖狐族という種族に関しての調整だが、こちらは妖術の威力が軒並み下方修正された。
それと共に妖術の威力を上げる〝瞑想〟という補助スキルが追加されたのだがこれがまた曲者で、このスキルが発動している最中は以前と同等の火力を出せるようになっているのだが、そのおかげで頻繁にスキルの効果を更新しなければならず、高い火力を維持するにはある程度の慣れを必要とする少しテクニカルな種族になってしまった。
そういった面倒な点と、エルフ族や魔族の魔法火力が上方修正された事も相まって、課金アイテムの【変身薬】を使って妖狐族から他の種族へと変更するプレイヤーが後を経たず、妖狐族の人口はじわじわと減少しているのだとか。まあ、ボクには余り関係のない話である。
温かな日差しを浴びながら、ぐっと伸びを一つ。空になった茶碗を片付けると、ボクはようやく腰を上げた。我ながら、随分と重い腰である。
とりあえずはセイメイのところに顔を出して、陰陽師の職業クエストを片付けてしまおうか。
「陰陽師の職業クエストって面倒だから、あまり気は進まないのだけれど」
そんな事を一人愚痴りつつ装備を確認し、家を出る。
そういえば、レベル七十となった今の装備であるが、流石に鬼姫装備では性能が間に合わず、シズノさんにまた新しく拵えてもらった。
その名も【妖狐妃の打掛】。
何やら聞いたことのあるようなネーミングだが、正式名なのだから仕方がない。
セットになっている小袖の上から羽織るような形になっており、打掛そのものはゆったりとした少し大きめのデザインなのだが、下に着ている小袖の丈がまた短く、全体的なデザインは鬼姫装備とそう変わらない。 まあお洒落と言えばお洒落なのだが、運営はどうあってもミニに拘るらしい。前回同様、性能だけを見ればレベル七十でも十分通用する程高い分、余計に質が悪い。
「おや、これはまた久しぶりに見る顔だ。てっきり鬼にでも食われてしまったのだと思っていた」
屋敷を訪れてみれば、セイメイはこちらの顔を見るなりそんな事を言った。相変わらず口の悪い男である。
しかし彼の相手をするのも慣れたもので、ボクはさっさと屋敷の縁側に腰を下ろすと手にした扇で口元を隠し、ぼそりと呟いてみせた。
「クズノハさんとカヨウさん、明日はどちらを伺ったものか」
それを耳にした途端、したり顔で酒を煽っていた狐顔の優男がげほげほとせき込み、眉間にしわを寄せこちらへぐっと身を寄せてくる。
「これ、滅多な事を言うな。相変わらず恐ろしい奴だ」
何を言うか。聞き捨てならない事を口にしたのはそちらが先である。
これでジパングでも一二を争う優秀な陰陽師だというのだから、世の中とは不思議なものだ。
出会った当初はこちらもかなり丁寧な対応を心掛けてきたし、敬ってもいたのだが、長く付き合えば付き合うほど、目の前の男がかなり偏屈な人間であることを知り、今となっては彼とのやり取りも相当おざなりなものへと変わってしまった。
まあ、あのクズノハさんの息子であり、モデルとなっているであろう歴史上の人物を考えればかなり不敬にあたるのかもしれないが、それはそれ、これはこれである。
セイメイはボクが七尾になっていることに気が付いたのか、何やらじっとこちらを観察すると、ぱんと一つ手を叩いた。それを合図に彼が使役する式神である艶やかな女性が、屋敷の奥から何やら書簡らしい巻物を手に現れる。
セイメイがそれを受け取り、短く礼を言うと、彼女はふっと霞のように消えていなくなってしまった。相変わらず、使う術だけは素晴らしい男である。いつの日かボクも、プレイヤーもああいった式神を使役できるようになるのだろうか。
そんな事を考えていると、セイメイは受け取った書簡をずいとこちらに差し出し、にやりと笑う。
「お主にこの仕事を任せよう。なに、七尾にまで至ったのであれば、さほど難しいものでもないだろう」
そうして書簡を受け取り、システムメッセージに表示されたクエスト名に、ボクは目を疑った。
――クエスト【オオエの山の鬼退治】を受理しますか? YES/NO
これはなんとも、骨の折れそうなクエストである。
とりあえずいつものメンバーに声をかけてみるかと、ボクはおもむろにメインメニューを開くのであった。
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