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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-II 出会い
42/103

お稲荷様とお買い物②


 さて、状況を整理してみよう。

 ここはボクが気紛れで訪れたショッピングモールの中にある、大手チェーン店のコーヒーショップ。

 立ち話、それも大人数で話し込むのは好きではないので、素直にボクの肩を掴んだ少女、かのゲームの世界では結構な頻度で顔を合わせているプレイヤーであるモミジに対して、ボクが場所を変えようと提案したのだ。ついでに言えば彼女ら三人以外のご友人方には、本当に申し訳ないのだが席を外して頂くようにお願いした。ある程度気心の知れた相手ならまだしも、初対面の人間にあれやこれやと話しかけられるのは正直に言ってかなり面倒なのだ。


 そうしてボクは今、未だ本人の口から肯定されていないので暫定ではあるが、モミジとハヤトを正面、コタロウと思われる男子学生を隣に置いた状態で、このお店のおススメらしいホワイトショコラ・ラテなるドリンクをちうちうと啜っている。

 えーっと、と暫定モミジが指先で頬をかきつつ、何故だか恐る恐るといった風に口を開いた。


「あの、タマモぉ……だよね?」

 

 ここで、いいえ違います私は山本です、なんて答えれば、彼女はどんな顔をするのだろう。

 数秒の沈黙が流れる間、ボクはそんな事を考えていた。

 まあやたらとバイタリティの高い彼女のことであるから、それならそれで山本を騙ったボクと仲良くなろうと、あれやこれやと構い倒してきそうな予感がするが。

 ともあれ、いくら自分の思惑通りに事が運ばなかったとはいえ、それだけでへそを曲げる程ボクは狭量な人間ではない。 ストローから口を離し彼女をじっと見つめ、やがてゆっくりと頷いてみせた。


「まさか、一見で看破されるとは思っていなかったよ」


 僅かに目を見開く暫定ハヤト、途端に瞳を輝かせる暫定モミジ。

 隣に座っている暫定コタロウの様子は定かではないが、恐らくは暫定ハヤトと同じような表情を浮かべているのだろう。

 ドリンクと共に注文したミルクレープをフォークで切り分け、口に運ぶ。あ、美味しい。

 口内でふんわりと解れ、広がっていく甘さに少しばかり驚きつつ、視線を暫定モミジの方に戻す。

 彼女はくりくりとした可愛らしい大きな瞳でじっとこちらを見つめ、やがて感慨深げにははあ、と息を吐いた。


「何だい、そんなに珍しい顔でもないだろう」


「い、いやあ、なんというか、ゲームのキャラしか見たことなかったから、意外と――」


「意外と幼く見える、かな?」


 ミルクレープをまた一切れ含みながらじとりとした視線を送れば、彼女は誤魔化すように顔を引きつらせ頭を掻いた。

 まあ彼女の反応も尤もである。ゲーム内のタマモと違い、現実のボクは髪も長いし、背も低い。 年がら年中自宅に籠っているせいで肌も白く、女性的な発育も同年代に比べると相当未熟であると自覚している。

 しかし、ネットゲームのアバター、分身なんていうのは程度の違いこそあれ、プレイヤーの願望、理想が形になったものだとボクは考えている。無論、例外はあるが。

 理想の自分、こうなりたい、こうでありたいという願望。容姿端麗、頭脳明晰。 誰よりも特別でありたい、認められたい、羨望の目を向けられたい、ちやほやされたい。高難易度コンテンツを楽々と攻略したい、誰も持っていないレアなアイテム、スキルを手に入れたい。自分はお前たちとは違う、俺はこんなに凄いんだぞと胸を張りたい。

 承認欲求、自己顕示欲の具現。

 ネトゲプレイヤーの頭を覗いてみれば、おおよそそんな考えの人間がほとんどだ。


 そう言うボク自身、ゲームの中では少しばかり気が大きくなるし、分身たるタマモも現実のボクより少し大人びた外見をしている。まるで自身のコンプレックスを覆い隠すかのように。

 それを鑑みても、モミジやハヤトのように自身の外見をほぼそのままアバターとして使用しているプレイヤーは極めて珍しい。それだけ容姿に自信があるのか、それとも唯々純粋なだけなのか。

 目の前で冷や汗を流し、視線を泳がせながらオレンジジュースを啜る少女の様子を見るに後者の可能性が高いと考えるべきだろう。


「まあ、ボクの容姿がどうあれ、これがボクであるし、TheAnotherWorldの世界においてタマモと名乗っている人間だ。何か期待していたようなら、申し訳ないがこれが全てだ。あと一回変身を残していたりはしないから安心してくれていい」


 そも、ゲーム内と現実の容姿にギャップが生じているのは、ボクの隣に座っているこの少年なのだが。

 ちらりと隣を見やれば、そこにはこの場で唯一見慣れない顔の少年が、頬杖をついてコーヒーを飲んでいた。その指にはシルバーの指輪がはめられ、耳にはピアス、首にはチョーカーとなかなかパンクな恰好をしている。

 こちらの視線に気が付いた少年が一瞬こちらに目を向けるが、気まずそうにすぐさまその視線を正反対の方向へと逸らしてしまった。カヨウさんの件から薄々感じてはいたのだが、もしかしてこんな可愛らしい少女(モミジ)を傍に侍らせていながら、異性に対しての免疫が全くないのだろうか。

 

 それはともかくとして、今はとりあえずこの場の面々に関して確認しておくとしよう。 正直、いつまでも暫定と頭につけるのも面倒くさい。


「そちらはモミジ、ハヤト、そしてコタロウで間違いないかな?」


 一人一人に視線を向けながらそう尋ね、それぞれが頷いて返すのを見つつ、ボクはストローを咥える。

 これで確認は取れたし、ようやく暫定扱いをしなくてよくなりそうだ。

 一つ息を吐き、一応は言っておこうと目の前のVRMMO初心者に警告する。

 

「成程、コタロウ以外は殆ど生身の自分をそのままアバターとして使っているのか。とりあえず、二人にはもう少しアバターの容姿を変更する事をお勧めするよ」


 特にここにいる三名はかなり恵まれた容姿をしているのだし、質の悪い連中に絡まれてしまえば、そのまま住所やら通っている学校やら、個人情報を根こそぎ掴まれてしまうだろう。

 現在、あのゲームには種族を変更したりだとか、容姿を大幅に変更する為のアイテムは実装されていないが、きっとそのうち、課金アイテムか何かで実装される可能性は高い。そうすれば、その機会にでもがらりと変えてしまうのも一つの手だろう。尤も、本人たちにその気があればの話ではあるのだが。

 そんな風な話をすると、目の前の二人は困ったように笑った 隣のコタロウがため息を吐き、頭を抱える。


「ああ、それな、俺も始める時に一応注意はしてたんだが、こいつら全く聞く気がねェから言うだけ無駄だぞ」


 コタロウ曰く、この二人はそういった部分に関しては驚くほど無頓着なのだという。

 まあ実際に被害を被るのは彼らであるし、ボクは他人のプレイスタイルに文句を言えるほど偉い人間ではないので、本人たちが問題ないと言うのであれば無理強いはしないが。

 かく言うコタロウは、何作かVRMMORPGをプレイした事があるらしく、自身の好みとも相まって、ワーウルフ族でプレイすることを決めたのだとか。確かに近接職を主とする場合、俊敏値や筋力値が伸びやすいワーウルフ族は最適解に近いと言える。


「それならばいいのだけれど。で、モミジはボクを捕まえて何をするつもりだったのかな」


「うーん、いや、本当にタマモなのか確認したかっただけで、何かするっていうのは考えてなかったなあ」


 誤魔化すように笑う彼女は、まさしくゲームの中のモミジそのものであった。


「そうだ、ここに買い物に来てたってことは、タマモってこの近くに住んでるの?」


「まあ、ここから歩いて十分ぐらいのところかな」


 近くとは言うが、ボクにとってはかなりの遠方にカテゴライズされる距離なのだが。

 ちなみに十分というのもボクの足で十分という事であるので、モミジの健脚であれば半分ほどの時間でたどり着けるだろう。勿論そんな余計な事は口にせずホワイトショコラ・ラテを啜ると、モミジは何やら驚いたように大きく手を叩いた。


「じゃあ、もしかしたらご近所さんかもしれないね! 私たちの家もそのぐらいだし。タマモの家って山の方?」


「いや、ボクは川の方だよ。そも、会おうと思えばゲームの中で会えるのだし、ご近所だろうとなかろうと、距離なんてさほど関係ないだろうに」


 まさか、定期的に遊びに来るつもりだったりするのだろうか。

 いや、別に家には基本的にボク以外の人間がいる事はないので、遊びに来る程度なら何て事はないのであるが、まさかわざわざ家まで来てゲームの中にダイブする訳でもないだろう。ならば、テレビを見ながらお菓子をつまみ、とりとめのない会話に花を咲かせたりだとか、そんな事だろうか。否、その程度ならばゲームの中で十分である。ならばならば、彼女の趣向からして、まさかアウトドアな遊びにでも連れ出されてしまうのだろうか。悪夢である。もしそうしたお誘いを受けたならば、誠に申し訳ないが謹んで辞退させていただくとしよう。


 しかし話を聞いていけば、彼女たちが通う学校はボクの家からさほど遠くない場所にあることが明らかになった。学校名を聞いてぴんと来た。その学校の生徒ならば、確かに登下校する様子をよく目にしている。先程一緒にいた男女数名も、同じ学校の友人なのだとか。


「もしタマモが普通の学校に通ってたら、もしかしたら後輩になってたかもしれないね」


 ストローでグラスの中をかき回しながら、モミジはそんな事を言った。

 いや、確かにあの学校の制服は中々可愛らしいとは思うが、五分歩いただけでフルマラソンを走り切った走者のようなありさまを晒すボクである。自分の足で登校だなんて、想像するだけで憂鬱だ。

 素直にそんな事を言ってみれば、三人は三者三様の呆れ顔を披露してくれた。


「タマモ、流石にそれは……」


「五分歩いたらへばるって、その辺の爺さんでももっと体力あるぞ」


 失礼な。ボクなんかと比べられては、ご老人方もさぞ迷惑だろう。


「何でそんなに卑屈なのさ……」


 そんな会話を続けながら、のんびりとした時間は過ぎていく。

 結局この日は、互いの顔合わせと、モミジたちの学校での話などに花を咲かせて解散となった。

 モミジなんかはもっと長く話していたそうな様子であったが、他の友人を待たせている手前、そうそう長話をする訳にもいくまい。


 そうしてモミジたちと別れ、店の前でタクシーを拾い、ワンメーター程度で呼びつけて申し訳ないと少しばかり運転手さんに心苦しく思いつつ、夕方ごろには家に帰ることが出来た。

 そうして夕飯の準備を済ませ、軽くシャワーを済ませた後、寝間着代わりの甚平に着替えてVRデバイスを被る。さてさて、何やら慌ただしい休日ではあったが、何はともあれ残った貴重な時間を有意義に使うとしよう。


 ぐっと身体を伸ばしベッドに横になると、ボクはデバイスの電源を入れ、いつもの通り、いつものゲームを立ち上げるのだった。

2018/08/13 改稿

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