お稲荷様と九尾の秘湯③
さて、ここで七将軍なる敵対NPCについておさらいしてみよう。
彼らは〝魔王〟と呼ばれる存在に忠誠を誓っており、それぞれが七つの大罪を司り、その名を冠している。すなわち傲慢、嫉妬、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲の七つだ。
そして、現在プレイヤーによって傲慢以外の六人は各所にて確認されている。
白衣のマッドサイエンティスト、ヒステリックな美女、惰眠を貪る男の娘、空回りする元気娘、常に腹を空かせたオークの戦士、そして目の前にいる、世界観に喧嘩を打っているとしか思えない恰好をしたオネエ。
それぞれがレイドボス級の戦力を有しており、打倒するにはレベル六十のプレイヤーが少なくとも三十人は必要だと言われている。
そんな、敵勢力の大幹部とも言うべき存在なのだ。
なのだ、が。
「あー、やっぱり温泉はいいわン、景色も良いし、ちょっと遠出してみて正解だったわねン」
そんな存在が、何故、ボクたちと一緒にのんびりと温泉なんかに浸かっているのだろうか。
丁寧に手入れをされ、まるで羽毛のような柔らかな手触りになった尻尾を撫でつつ、ボクは隣で呑気なことをいっている、ついでに言えば、なぜか当たり前のようにボクやモミジと共に湯船に浸かっている、奇抜な髪形をした人物をねめつけた。
彼、でいいのだろうか。まあ、ひとまずは彼としよう。
彼の同僚、あの頭の螺子を火星まで吹っ飛ばしたような男、嫉妬を冠する七将軍の男が始まりの町アインのすぐ傍でしでかしたあの騒ぎの事は未だに記憶に新しい。
勿論あの騒ぎは王都におわす、かのフンダート国王陛下の耳にも入っている。そして、国王陛下の命により、アインをはじめとした各都市には厳重な警備体制が敷かれることとなった。
そしてそれはフンダート王国のみならず、ここジパングの地においても少なくない影響を与えている。
事実、国の玄関口である港は衛兵の数が目に見えて増えているし、都へ入る際のチェックも厳しくなっているのだ。
そんな中を、この男はいったいどうやってここまでやってきたというのだろう。
「そんなの、海を泳いできたに決まってるじゃないのン」
問いただしてみると、そんな答えが返ってきた。
たしかにこの温泉は海岸に作られているし、警備が厳しいのはあくまでも人の出入りが多い港やその周辺だけの話であって、さすがにこんな人も滅多に立ち入らない場所には警備の人間も配置されていない。であれば、彼が誰にも見つからずにこの国に、この場所に立ち入る為に海を泳いできたというのは、なるほど筋が通っているように感じる。
「でも嘘なんだろう?」
湯船の縁に腰かけ、火照った身体を潮風で冷やしながら言うと、ルクスリアはすっと目を細めた後おもむろに肩をすくめた。
「あら、海から来たというのは本当よン」
「なるほど。まあ、今はそれでいいさ」
本来ならば各国の偉い人たちにこの事を報告し、港以外の沿岸部にも人を割くように進言すべきなのだろうが、あくまでこれはゲームであるので、進言したところで実際にそうなるかと言われれば、恐らくはノーだろう。もしくは一応の警戒はされるものの、彼ら七将軍の行動に一切影響を与えることができないか。そのどちらかだ。
「あのさ、タマモ。一つ聞いてもいい?」
湯船から少し離れた場所で、恐る恐るといった風にモミジが手をあげた。
装備は既に湯浴み着から普段のローブ姿に戻っており、背には宝玉がはめ込まれた身の丈ほどの杖を背負っている。
転がり込んできたハヤトはもうこの場にはいない。
緊急事態とはいっても、それが今女湯となっているこの場に居座る為の免罪符にはなり得ないのである。
「なんでタマモ、当たり前のようにまだお風呂に入ってるの?」
「いや、なんでも何も、この程度何でもないだろう」
レイドボス級の敵と同じ湯船に浸かり、丸腰で、防御力も何もあったもんじゃない湯浴み着を指先でちょんと摘まみながら、それでも何でもないようにボクは言う。
そして、その根拠となる人物へとちらりと視線を送り、続ける。
「本当に危険なら、とっくにカヨウさんが手を打っている。それが無いという事は、現状この男にボクたちをどうこうする気はないという事だ」
「カッカッカ、まあ、そういう事じゃのう。安心せい、こやつがお主らに少しでも害を加えようとするならば、妾が即座にこやつの首を刎ねる」
どこからか用意したお猪口と徳利を手に、僅かに頬を朱に染めたカヨウさんはそう言うと、空いている尻尾で首をとんとんと叩いてみせた。
さらりと言ってのけてはいるがそれは即ち、レイドボス級程度ならば問題なく屠ることが出来る実力を、自身が持っているという事の証明でもある。
彼女の姉であるクズノハさんも含め、本当に何者なのだろうか。
「やあね、物騒な事言って。言われなくても、別に何もしないわよン」
「敵勢力の幹部が呑気に湯治の旅だなんて、まあ普通は信じないだろうね」
そも、温泉に浸かりたいのならば自分たちの領地なりなんなりの内で済ませてしまえばいいのである。
彼らがどこからやってきているのかはわからないが、まさか地面からにょきっと湧いて出てくる訳でもないだろう。
「まさか。ちゃあんと親のお腹から出てきたわよン。温泉ならあるんだけど、浸かると骨まで溶けちゃうからあんまりゆっくり出来ないのよねン」
それはもう、温泉ではなくマグマだとか溶鉱炉だとか、そういったものではないのだろうか。
勿論、温泉が湧くぐらいであるから、ここジパングにも火山は存在する。遠目に見える程度でまだそこまで至ったプレイヤーはいないが、空を覆うほどの噴煙をあげる光景はそれでも十分に圧倒されるほどであり、自然と目についてくる。
だが、それでもこの国の中にそんな危険な場所があるだなんて聞いたことがない。無論、大陸の方でも。
で、あるならば、彼ら七将軍がやってきている先は別の大陸、もしくは相当遠方の地、いや別の世界という可能性もある。例えばこの手のゲームにありがちな闇の世界だったり、地獄であったり。
そんな事を考えていると、じっとこちらを見据える瞳に気が付いた。ルクスリアである。
訝しむ、というよりは、興味深げに観察するような、そんな目だった。
「何か?」
「初対面の時から思ってたんだけど、本当に賢しい子なのねエ。いや、それよりも、貴方女の子だったのねン。カワイコちゃんだとは思ってけど、残念だわン」
何が残念なのかは触れない方がいいのだろうが、初対面の時と言えば、登場と同時に腹を貫かれてキルされた、あの時の事だろう。
「あの時はごめんなさいね、女の子のお腹に腕突っ込むなんて、知らなかったとはいえやりすぎだったわン」
字面にしたら随分と危ない感じになったが、真実はいたってシンプルである。
そして案の定というか何というか、隣ではカヨウさんが酒を吹き出し、後ろではモミジが何やら叫び声をあげ、杖を抱えて湯船の傍までやってきた。
「う、腕突っ込んだって、いったいタマモに何したの!?」
肩で息をしながら、今にもルクスリアに殴りかかりそうな剣幕である。
顔を真っ赤にしているところ申し訳ないが、恐らくモミジはかなり大変な勘違いをしている。
まあそういう風に聞こえる言い方をしたこのオカマにも非はあるのだが、そう受け取れるという事は、実はモミジって意外と耳年増なのだろうか。
「ただお腹に攻撃をくらってキルされただけだから、ひとまず落ち着いて。そして貴方も、誤解を招くような発言は控えてくれると助かるのだけれど」
「カッカッカ、不滅である来訪者らしい言葉じゃのう。しかし、そんな悪さをしていたのであれば、腕の一本ぐらいは落としておいた方が良いのかのう?」
「だから、知らなかったって言ってるじゃないのン」
老練とした少女の、少し鋭さを増した眼差しを受けてルクスリアはやれやれとため息を吐き、湯船から出てぱちりと指を鳴らした。そうすると瞬きの間に彼の服装は初めて会った時と同じ、黒いスーツ姿に変わり、先程まで湯船に浸かっていたというのに体や髪はさっぱりと乾ききっていた。
「それじゃあ、あたしはこの辺で失礼するわン」
ばちーんとウインクを一つすれば、それを合図に彼の背後で大きな水柱が立ち上る。
そこから現れたのは、巨大な二振りの鋏と、槍のような尾を持ったサソリのようなモンスターだった。
すっとカヨウさんが目を細めるが、それも束の間、どうやら取るに足らないものとして判断したのか、やがて視線を外すと、空になったお猪口に酒を注いだ。
「いいお湯だったわン。次はまた、戦場で会いましょうねン!」
ルクスリアは軽やかな足取りでその背に飛び乗ると、本当にこちらに危害は加えずに、手を振りながら去っていった。本当に、温泉を堪能しに来ただけだったようだ。
嫉妬の男もたいがい自由な人柄であったが、魔王軍というのは案外決まりごとに関してはかなり自由なところなのかもしれない。意外と、そう悪い集団では無いのかもしれないな。
次第に小さくなっていくその背を眺めながら、ボクはそんな事を思うのだった。
2018/08/13 改稿




