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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-I 始まり
4/103

お稲荷様と道具屋さん

徐々に増えていくブックマーク数が嬉しいやら恐ろしいやら。

なんやかんやでガーっと書き上げたので即投稿です。


 シアの自宅はレンガ造りに赤い屋根の、小さな一軒家だった。

 小さな庭に三角形の屋根。そして、扉の上には小さな看板が下がっている。宝箱の上に【傷薬】と同じ丸いフラスコを重ねたデザイン。マニュアルに記載されていた、道具屋のマークである。


「驚いたな、シアのお母さんは道具屋さんなのかい?」


「うん! お母さんお仕事で忙しいから、代わりにシアが買ってきてって!」

 

 なるほど、シアがおつかいを頼まれた事には、そういった訳があったわけだ。

 確かに今日はサービス開始日の為、プレイヤー達が集中して来店する可能性が高い。

 それを予想してか、はたまたボクがログインした時点で既にプレイヤー達が訪れていたのか、その対応に追われ手が離せない母親が、シアにおつかいを頼んだのだろう。


「お母さん、ただいまー!」


 ちりん、とドアチャイムの音。

 それに耳を傾けながらシアに続いて店に入ると、まず目を引いたのは所狭しと棚に並べられた数々のアイテム達。【傷薬】と同じ物や、中身が緑色の物、試験管に似た細長いタイプに、何やら結晶のような、不思議な光を放つものまである。 

 シアの声にカウンターの奥で戸棚を整理していた女性が振り向き、少女の姿を認めるとふわりと微笑みを浮かべた。駆け寄ったシアが女性の足に抱き着き、満面の笑みを浮かべる。


「シア、おかえりなさい。ちゃんとお買い物はできた?」


「うん!狐さんと一緒に行ってきたの!」


「狐さん?」


 シアの言葉に首を傾げ、女性がこちらへと視線を向ける。

 編み込まれ、胸元へと流された長い髪はシアと同じ栗色で、顔立ちもどこか面影がある。

 しかしその見た目は予想よりも随分と若く、お世辞などではなく、歳の離れた姉妹と言われても信じてしまいそうだ。

 

「はじめまして、ボクはタマモ。訳あってシアと一緒に街を回らせてもらっていた、しがない来訪者です」


「あらあら、娘がお世話になったみたいで、ごめんなさいね。私はルビア、この道具屋の店主をさせて頂いてます」


 印象としては、おっとりとした柔らかい雰囲気の女性。

 若くは見えてもそこは一児の母ということなのだろう。落ち着いた物腰で頭を下げると、こちらの頭、そして尻尾へと視線を送り、右手で口元を隠した。


「あらあら、まあまあ。私、妖狐族の人とお会いするのは初めてだわ」


「はは、実はボクも、この街には今日来たばかりでして」


「あら、そういえば来訪者とおっしゃってましたっけ。今日はうちにもお昼過ぎから多くいらっしゃって、色々と買って頂けるのは嬉しいのですが、恥ずかしながら私一人では手が回らないような状態で」


 そう言って、少し照れくさそうに笑う。

 しかし今は随分と落ち着いたようで、店の中にはボク達以外の姿は見えない。今頃は皆、街の外に出てレベリングにでも精を出しているのだろう。

 その時、彼女の足に抱き着いていたシアが、エプロンの裾をぐいと引きながら言った。


「あのね、あのね、知らないお兄さんとぶつかって、とっても痛かったんだけど、狐さんがお薬で治してくれたのー!」


 シアのその言葉に、ルビアさんは目を丸くする。


「本当に? それはそれは、タマモさんにはなんとお礼を言えば良いか……」


「ああ、いえ、ボク一人ではどうせ持て余してしまう物でしたので、お気になさらず」


 またレベリングにも向かわなければならないが、まあ、あの【傷薬】はキャラ作成時から持っていた物であるし、別に損失というものでもない。

 ルビアさんは頬に手を当てて何か考える仕草をした後、ぽんと胸の前で手を叩いた。


「そうだ、宜しかったらお茶でも飲んでいきませんか? ずっと立ち話というのもなんですし」


「でしたら、お言葉に甘えて」


 ルビアさんに促され、シアに腕を引かれつつ向かった先は店の裏庭。

 そこは小さなウッドデッキになっており、シンプルな白いテーブルとイスが並べられている。

 椅子に腰かけ少し待っていると、ルビアさんが木製のトレイに陶器のピッチャーやカップを乗せてやってきて、どこか嬉しそうな表情で準備を始めた。

 鼻先をくすぐる、どこか安心する香り。これは紅茶だろうか。

 鮮やかな琥珀色のそれをそっと口に含むと、程よい甘みと酸味が舌を刺激し、優しい香りが口内を吹き抜けていく。


「美味しい」


 自然と口から漏れたその一言に、シアとルビアさんは嬉しそうに笑った。


「お口に合ったようで何よりです」


「お母さんのお茶はとってもおいしいの!」


 聞けば、ルビアさんの道具屋でも取り扱っている茶葉を使っているという。

 ボク好みの味であったし、リアルの方でも紅茶よりはコーヒーを飲むことが多かったので、これを機に紅茶を嗜んでみるのもいいかもしれない。

 紅茶に舌鼓を打ちつつ、とりとめのない世間話に花を咲かせる。

 表情豊かに話をする二人といえば、彼女達がNPCであるという事を忘れさせてしまう程だった。

 まさしく、自分が異世界にでも迷い込んだような感覚である。


「そう、でしたらタマモさんは魔法を扱う事が出来るんですね」


「魔法、というよりは妖術や呪術の類ですが」


 話しているうちに、いつの間にかボク自身の話題へと話が切り替わっていた。

 まあ、職業の選択次第では火の玉を飛ばしたり、風の刃を操ったりといった事も出来るようにはなるのだが、ボクはどちらかというと妖狐族らしい方面に能力を伸ばそうと思っている。

 尤も、現在所持しているスキルである【狐火】も、魔法使いが使う【ファイアボール】と似通った見た目、効果ではあるのだが。


「ルビアさんは、そういった術を扱う人物などに心当たりはありませんか?」


 紅茶を一口飲み下した後、ふと思い立ってそう尋ねてみる。

 すると彼女はううん、と顎に手を当てて考えた後、申し訳なさそうに目じりを下げた。


「ごめんなさい。随分と前に旅の商人さんからそういった話を聞いた事があるけれど、それ以上の事は何も……」


「いえ、あまり広まっていない技術のようですし、お気になさらず」


「王都≪フィーア≫なら、知っている人もいるかもしれませんね」


 ふむ、王都フィーア、か。

 この街が始まりの街≪アイン≫なので、単純に考えればアイン()ツヴァイ()ドライ()の次がフィーア()であるから、3つ先の街か。随分と先は長そうである。

 ふとカップへと目をやると、いつの間にかすっかり飲んでしまっていたようで、カップの底を彩る花柄がはっきりと見えるようになっていた。

 どうも、すっかり長居してしまったようである。


「さて、随分とご馳走になってしまって、申し訳ありません。そろそろお(いとま)させて頂きますね」


「いえいえ、こちらこそ引き留めてしまったようで、ごめんなさい」


「狐さん、また遊ぼうねー!」


 席を立ち、シアへ手を振りながら店を後にする。

 短い間だったが、本当の妹が出来たようでとても楽しい時間を過ごすことが出来た。

 また時間があれば、顔を出してみよう。

 と、店の扉をくぐろうとしたところで、ふと思い出す。


「そうだ、ルビアさん、このお店で街の地図は取り扱っていますか?」


 そういえば、元々は道具屋を探して街中を歩いていたのである。

 そこからシアのおつかいの件があって、すっかり忘れてしまっていた。


「地図、ですか? はい、こんな物で宜しければ」


 そう言ってルビアさんが取り出したのは、A4用紙ほどの小さな地図。円形に広がった街に、蜘蛛の巣状に道が走っている。要所要所に注釈が引かれ、地図というよりはガイドブックといった方がいいだろう。

 冒険者ギルドや教会、騎士の駐留所などの場所も明記されている。


「ありがとうございます。お幾らでしょう?」


「いえいえ、お代は結構ですよ。シアがお世話になったお礼という事で、受け取ってください」


 代金を支払おうとするボクを手で制し、ルビアさんはカウンターの奥からまた何かを取り出して、こちらへと差し出してきた。

 小さな包みを開くと、頭の中にシステムメッセージが響く。


―クエスト【はじめてのおつかい】をクリアしました。

 クリア報酬:【傷薬】×1、【アインの地図】、1,000G


 どうやらこのタイミングで、クエストを完了したと判断されたようだ。

 シアの治療に使用した【傷薬】が補充され、所持金は3,300Gに。元々の所持金が3,000Gだったので、300Gの黒字である。地図に関しては無償で手に入れてしまった。


「そんな、野菜やお肉の代金の分だけで結構ですが……」


「気にしないで下さいな。私からの感謝の印という事で」


 どうにも困った。クエストの報酬というのは理解できるのだが、なんとも難儀なことに、下手に親しくなったせいで人情が先に立ってしまう。

 結局、いやいや、いえいえというやり取りを数度した後、今回はありがたく頂戴するという事になった。

 頂いた地図を片手に、今度こそ店の扉をくぐる。


「今回は色々とお世話になりました」


「いえいえ、こちらこそシアの面倒を見て頂いてありがとございます。宜しければ、また遊んであげて下さいね」


「ええ、またお邪魔させて頂きます」


 手を振るルビアさんへ一礼し、歩き出す。次の目標は、冒険者ギルドである。

 スタートダッシュ組はもう狩場へ出ているだろうし、本格的に混み合う前に、こちらも適当な狩場を見つけておかなくては。

 そうして数歩歩いた後、ちらりと道具屋の方を振り向くと、ルビアさんは扉のノブに下げていた看板を“CLOSED”から“OPEN”にひっくり返して、店内へと戻っていった。

 それに苦笑いを一つ、今度こそその場を後にする。

 自慢の尻尾をゆらり、ゆらりと揺らしながら、空を仰ぐ。


 紅茶のように赤くなった空に、小鳥たちが飛び立っていった。

ルビアさんは、娘の学園祭とかに顔を出してナンパされるタイプの美人さん。

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