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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-II 出会い
37/103

お稲荷様と隠れ里②


 さて、いつもの面子で向かったフシミの里への道であるが、これといって特筆すべきこともなく、おおよそ三、四十分程で目的の場所へ着くことが出来た。

 確かにここへ向かうまでの山道は険しいところも多かったが、そこはゲームの中での事であるのでレベル六十に達したプレイヤーの能力値で踏破できない訳もなく、せいぜい、道中現れた〝おにかまいたち〟という体長六十から八十センチはあろう、両手に鎌を持ったイタチのモンスターをコタロウが蹴り飛ばしたりだとか、〝まがこなきじじい〟なる、みのを背負った小さな老人姿のモンスターに突然背中に飛び乗られ、モミジが悲鳴を上げただとか、そんな程度である。

 なお、まがこなきじじいはその後、暴れまわるモミジが放った【ディバインブロウ】という神聖属性の魔法で跡形もなく浄化された。

 閑話休題。

 肝心のフシミの里だが、山の斜面に沿ってぽつぽつと民家が並ぶ小さな村だった。

 湯治場として有名だという話だったのでもう少し発展しているかと思っていたのだが、まあ、ここまでの道中を考えると一般の人々はそう簡単に足を運べるような場所ではないのかもしれない。

 特徴的なのは斜面に層の様に作られた田んぼ、いわゆる棚田が並ぶ光景だろう。

 ツヴァイの街のように、そこには黄金の稲穂が風に揺れらながら行儀よく並び、その上を赤色のトンボが飛び交っている。

 そしてもう一つ目を引くのは、村の奥から山頂へと向かって伸びる真っ赤な鳥居の列だ。

 いったいどれだけの数が並んでいるのか、それはまるで一本の赤いトンネルが伸びているようにも見える。この山の頂上には偉い神様でも祀られているのだろうか。


「凄い、すごーい!」


 そんな光景を見やりながら里へと踏み入れば、やはりというかなんというか、真っ先に声を上げたのはモミジだった。

 その原因は勿論、里で暮らす人々の姿である。

 狐、狐、狐。 

 赤や黒、琥珀色と、その毛色――失礼、髪色には様々あれど、住民たちはみな妖狐族であり、それぞれが大きな尻尾を揺らしながら歩いていた。

 その尾の数は殆どが一本、多くて三本といったところで、尾の数に比例してご年配の方が多い印象を受ける。 やはり、ぽんぽん尾の数を増やすプレイヤーの設定が異常なのだろう。


「モミジ、ステイ、ステイ」


 今まさに駈け出さんとしていたモミジの首根っこを、寸でのところでハヤトが掴んだ。

 ぐえ、と乙女らしからぬ声をあげるモミジを見て、男二人がため息を吐く。


「お前な、ちょっとは頭使えよ……。NPCだからってやりたい放題やってたら、あっという間に俺たち出禁だぞ?」


「タマモで癖になってるのかもしれないけど、流石に自重しようか」


 なんとも随分な言いがかりである。

 こちらはむしろ、出会う度にやたらめったら尻尾に抱きつく彼女を諫めているぐらいなのだが。

 だがしかし、当然ながら村人の中には小さな子どもたちもいる事であるし、万が一間違ってモミジが襲い掛かるような事があれば、下手をすればプレイヤー全体に悪影響を及ぼしかねない。


 しかし、字面だけを見るととんだ危険人物である。


「むう、わかった、タマモで我慢する」


 そしてモミジよ、その理屈はおかしいと思うのだけれど、どうだろうか。

 例によって一本では飽き足らず、三本束にして確保するモミジの姿に若干呆れを含んだため息を吐く。どうせ言っても聞かないだろうし、放置しておこう。

 そんなことより、まずはクズノハさんから頼まれた仕事を先に片付けなくては。


「着物をクズノハさんの妹さんに届けるんだっけ?」


 ハヤトの言葉に頷いて返す。


「クズノハさんが言うには里の長をやってるみたいなんだけれど、少し村の人に聞いてみようか」


 砂利道を歩きながら、ちょうど目に入った畑仕事に精を出す妖狐族の男性にもし、と声をかける。

 何事かと男性は赤毛の尻尾についた土埃を払いながら顔をあげると、こちらの姿を見るなりおお、と声を上げた。


「こらまた、六尾の御方を目にするのは随分と久しぶりだ。見たところ来訪者さんのようだが、流石だなあ」


「いえ、ボクはそんな大層な者ではありませんよ。それよりも一つお伺いしても宜しいですか? 実はこの里の長でいらっしゃるカヨウ様にお目通りを願いたいのですが、なにぶん初めてこの里に来た者でして、どちらを伺えば宜しいでしょう?」


 その問いに男性は朗らかに笑い、首に巻いた手ぬぐいで額の汗をぬぐって答えた。


「カヨウ様でしたらほれ、あの鳥居の道をずうっと行けば大きなお社が見えてくるんだが、そこにいらっしゃるよ。まあ気さくな方なんで、そんな肩肘張らんでもええと思うがね」


 なんと、件のカヨウという人物はあの鳥居の先で暮らしているらしい。

 まさかカヨウ自身が神様として崇められている訳でもないだろうし、巫女のようなものだろうか。

 男性に礼を言って三人の元に戻りこの話をすると、彼女が何者であろうと、まずはそのお社に行ってみようという話になった。

 

 悠然と立ち並ぶ鳥居の下までやってくると、改めてその異様に息を呑む。

 頂上に向かいずっと伸びる参道には石畳が敷かれ、朱色の天井隙間からは十分な日の光が差し込んでいるので不気味さはひとつもない。むしろその神秘的な雰囲気と、山頂から吹き下ろす清らかで澄んだ風は、この先が神聖な場所であると雄弁に語っていた。


「こんなところに住んでるなんて、ほんとに偉い人なんだねえ」


「まあ、あの(・・)クズノハさんの妹だしな。 色んな意味でただ者じゃねえ事は予想できてたが……」


 一礼してから鳥居をくぐり、からころと石畳を鳴らしながら参道を進んで行くと、やがて男性の話通り、山頂には立派なお社の姿があった。


 境内にはこれまでくぐった物より一回り大きな鳥居があり、手前には手水舎(ちょうずや)や神楽殿があり、灯籠が立ち並ぶその奥には賽銭箱が置かれた拝殿、そして本殿が建てられている。

 本殿の傍には大きなお屋敷があり、恐らくカヨウさんはあそこで暮らしているのだろう。

 

 ほう、と誰かが息を吐いた。


「ほえー、こりゃ凄いねえ」


「里にあった家との格差がひでえな。村の儲け、殆どこっちに行ってるんじゃね?」


「コタロウ、流石にそれは言い過ぎ……」


 手水舎で手と口を清め、ひとまずは拝殿へと向かう。なお、この時参道の中心は避けて進むのが正しい作法であるのだが、果たしてこの世界でも現実世界と同じ作法で問題ないのだろうか。


 そうして賽銭箱の前まで来ると小銭を投げ入れ、二礼二拍手の後、静かに手を合わせた。

 

「何をお祈りしたのー?」


 しっかり最後に一礼すると、隣にいたモミジに脇をつつかれた。


「ううん、お願いとはちょっと違うかな。今年はちょっと目標があって、それの報告を」


 そう言うモミジはいったい何をお祈りしたのかと尋ねてみれば、彼女はぱっと太陽な笑顔を咲かせながら言った。


「私はね、タマモともっと仲良くなれますようにって神様にって!」


 えへへーとほんのり頬を朱に染める彼女は、思わず直視するのを躊躇われるほど輝いて見えた。

 しかし男二人は慣れたもので、ささっと参拝を済ませると、ああまたか、といった顔でその光景を少し離れたところから眺めている。

 自分の欲求に素直で度々こちらを困らせる事もある彼女ではあるが、それはただただ純粋なその性格故の事なのかもしれない。まあかといって、周りの目も気にせず尻尾にタックルをかましてくるのは勘弁してほしいが。


「おんや、これはまた珍しい参拝客が来ておるのぅ」


 ごほんと咳ばらいを一つ、いざ本殿へ向かおうとしたところで、背後から声がかかった。

 鈴を転がしたような、よく通る少女の声。

 はっとしてそちらの方へ振り向けば、そこにはまだ幼さの残る妖狐族の少女が一人。

 先端で二つに纏められた、きらきらと輝く白銀の髪は地に着くほど長く、肌は雪の様に白い。 しかし可愛らしい丸い眉の下には真紅に輝く大きな瞳が一対、まるでこちらを射抜くように見つめている。 (よわい)十にも届かないような、可愛らしい少女である。

 そうして少女はボクを見るなりすっと目を細めると、身に纏う紅白の巫女装束の袖を振りながら軽い足取りでこちらへと歩み寄った。


「ほうほう、ほうほうほう! 黒の六尾、そしてその装束、お主がタマモじゃな?」


 ゆらりと、少女の長い髪の後ろから白銀の尾が揺れる。その数九本。

 ぶわりと広がったそれを見て、ボクは目を丸くした。

 背後でモミジが歓喜の声をあげているが、それどころではないので無視する。

 クズノハさんと同じ九尾、ということは、まさか目の前の少女がそうなのだろうか。

 恐る恐る名前を尋ねてみると、少女はその身体相応の慎ましい胸を張って声高に宣言した。


「うむ、妾こそがこの里、そして妖狐族の長カヨウである! 遠路はるばるよう来たな、まあゆっくりしていくといい」


 妹というよりは、どう見ても娘の方がしっくりくるな。

 そんな遺伝子の神秘を感じながら、ボクたちは少女――カヨウさんに連れられて、奥にあるお屋敷へと向かうのだった。

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