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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-II 出会い
35/103

お稲荷様と魚釣り


 一時間幸せになりたかったら酒を飲みなさい。

 三日間幸せになりたかったら結婚しなさい。

 八日間幸せになりたかったら豚を殺して食べなさい。

 永遠に幸せになりたかったら、釣りを覚えなさい。


 たしか、中国の古い諺だったか。

 

 雲一つない晴天の下、涼やかな水音を響かせながら流れる川の表面が、日の光を反射してきらきらと輝いている。澄んだ水の中を小さな川魚の群れが泳ぎ、それを狙っているのか、川辺の苔むした岩の上に美しい青い翼を持った小鳥がとまり、小さく鳴いた。


 水面を覗き込むその可愛らしい姿に思わず笑みを漏らしながら、ひゅんと風を切る音と共に竿を振ると、川に飛び込んだ丸形のウキが水面に小さな波紋を広げる。

 柔らかな木漏れ日の中で、ゆらりゆらりと揺れるウキを眺めながらぐっと伸びをした。

 

 サービス開始後初のイベントが無事終了して早三日、釣竿を片手にやってきたのは、ジパングのとある森の中。いつぞやか大変お世話になった、シズノさんの小屋があるあの森である。

 川のせせらぎと水車の音を楽しみながら、じっと糸を垂らす。

 

 先日までとは打って変わって、ゆったりとした穏やかな時間が流れていく。


「やっぱり、たまには羽を伸ばすのも大事だなあ……っと」


 ぐい、と竿先がしなり、力強く引かれる感覚に負けじとこちらも竿を引き返せば、水中から美しい小魚が飛び出した。

 黄緑色の身体に黒い背中、胸びれの傍に大きな楕円型の模様が一つ。

 川魚の代表格、鮎である。

 一時期はあわや絶滅の危機に瀕していたが、人々の懸命な努力が実り、現代では徐々にその数を増やしている。尤も、一世紀前に比べれば、天然ものはかなりの高級品となっている。

 ボクも口にしたのは数回のみで、普段口にする事があるのは割安の養殖物が殆どだ。

 

 ちなみにその貴重な天然鮎は塩焼きで頂いたのだが、あれは本当に美味しかった。


「このゲームであの味がどれだけ再現されているか気になるけど、まずは坊主を回避できたことを喜ぼう」


 釣りスキルが上がれば友釣りもできるようになるらしいが、ボクにとってはまだまだ先の話。

 貴重な釣果を編み籠に入れ、釣り針に餌を付け直しいざ二投目である。


 そういえば、先日のイベントでの報酬なのだが、イベント終了の翌日に運営から全プレイヤーへと無事に配布されることとなった。

 その内容は【アインの英雄】という称号と、フィールドからでも任意の街に転移できる【導きのつばさ】というアイテムが五つ。

 称号の方はメカムート君三号と一度でも戦闘しているプレイヤー限定での配布になっているようで、それ自体にステータス上昇等の効果はないが、どうやらこの称号を所持しているプレイヤーは始まりの町アインの住民からの好感度が上がりやすくなる効果があるらしい。


 なおこれに反発したのが、地下迷宮に潜ってまでイベントに貢献したと主張する一部のプレイヤーたちである。

 どうも貢献度に関わらず平等に報酬が配られたことに不満があるらしく、やれ自分たちには他にもアイテムを寄こせだの、殆ど貢献していないプレイヤーには称号を渡すなだの、公式掲示板を主に随分と騒ぎ立てたようだ。


 これに対し運営側は、イベント報酬に関しては対応することはないとホームページ上にて表明し、抗議するプレイヤーたちの声をバッサリと切って捨てた。

 ここまでやると流石にキャラを削除してゲームを去るプレイヤーも出たようだが、第二陣のプレイヤーたちが参加したばかりであるので総数としてはプレイヤーの人口は倍近くに増加している。

 ここまで完成度の高いフルダイブ型VRゲームもそうないだろうし、一時的に去っていったプレイヤーたちもなんだかんだで後々戻ってくるだろう。

 念の為に言っておくが、報酬の追加を声高に主張していたプレイヤーたちはあくまで一部であり、【暁の騎士団】を初めとしたトップクランの面々は、この件に関しては何らアクションを起こさなかった。

 彼らからしてみれば、イベントボスを撃退したという、その実績だけで十分だったのかもしれない。

 実際、例のイベントボスを撃退できたのは全サーバー中六つのみらしい。ちなみにサーバーは新設されたものも含め二十存在する。

 〝全サーバー初〟の栄誉は惜しくも逃してしまったらしいが、それでも仲間たちと手にした胸を張って誇ることができる事なのだと、後日暁の騎士団の団長は語ったという。


「まあ、ボクにはあまり関係のない事だけどね」

 

 くっと引かれた竿を強く握り、釣られてたまるかと右へ左へ暴れる魚に対し、逃がすものかと竿を操り格闘する。

 レイドボスの討伐や、高難易度コンテンツの攻略に興味がない訳ではないが、やはりひたすら気を張り続けるそういったことより、こうしてのんびりと遊んでいる方が性に合っているのだ。

 やがて釣り上げたのは、一匹目より少し小ぶりな、それでいてしっかりと脂の乗った鮎であった。

 うん、今日はなかなか調子が良い。


「おや、またあんたかい、よくもまあ飽きないもんだ」


「あはは、どうも、またお邪魔してます」


 二匹目を籠に放り込んでいると、どうやら山菜採りの最中らしいシズノさんが呆れ交じりに声をかけてきた。 背中の籠には、いつぞやの如く沢山の山の幸が収められている。


「来訪者はもっとこう、(せわ)しない連中が多いもんだと思ってたが、アンタみたいな偏屈はどこにでもいるんだねえ」

 

「何も剣を振って金銀財宝を探し回るのがボクたちの仕事ではないですから。それに、こうして回り道をしてみることで見えてくるものもある。ボクはそう思います」


「まだ若いだろうに、年寄りみたいにわかった口利くもんじゃあないよ」


 これはなかなか手厳しい。

 だが言葉とは裏腹にその表情は柔らかで、彼女は何やらじっとこちらを見つめると、背中の籠から何やら取り出してこちらに投げてよこす。慌てて受け取ると、それはなんとも立派なたけのこだった。

 

「森の奥で採ってきたもんだが、ばばあ一人で食うには多すぎるんでね、適当に食っちまっていいよ」


「いいんですか? 随分と立派なものですけど」


「あたしがいいって言ってんだからいいんだよ……その着物、もし手入れが必要になったらいつでも持っといで」


 ぶっきらぼうにそう言い残して、シズノさんは小屋の方へと去っていった。

 去り際にちらりと見えた口元がほんのわずかに微笑んでいるように見えたのは、ボクの見間違いだろうか。

 その後も細かく場所を変えつつ釣りを続け、鮎が三匹、そしてアマゴを二匹釣り上げたところで竿をしまい、魚が新鮮なうちに調理する運びとなった。赤い斑点が特徴的な、こちらも代表的な川魚だ。

 河原から離れたところで取り出したのは【焚火セット】というアイテムで、これを使えば指定した場所に石の焚火台が設置され、一定時間調理などに利用することができる。

 まあ、本格的な調理となると調理師のレベルを上げなければならないが、簡単な塩焼き程度ならボクでも作成可能だ。

 メインメニューから対応したレシピを選択すると、内臓を取ったり串を打ったりといった面倒な下準備は全て省略され、あとは焼くだけの状態で手の中に出現する。 

 それも、焚火台に表示される目印に串を差し込むだけの作業なので、これを調理といっていいのかは怪しいところであるが。

 今回の釣果は計五匹であるが、流石に一度にすべては食べきれないので、今回は鮎を二匹だけ焼いてみることにする。

 しばらく待つと、こんがりと焼き色が付いた魚から、なんとも香ばしい匂いが漂い始めた。

 脂が細かく跳ね、湯気が立ち上る焼き魚を手に取り、ふっくらとしたその腹に小さくかじりつくと、ぱりっとした皮の食感の後、白く柔らかな肉の旨味が口いっぱいに広がった。 

 程よい塩気が肉の甘味を引き立て、肉厚な身からは噛むたびに脂が溢れ出てくる。その香りも、養殖物とは比較にならない。

 あっという間に一匹平らげた後、自然と二匹目に手が伸びていた。

 こちらは今日初めて釣り上げた一匹で、先程のものより身が一回り大きいものだったが、あまりの美味しさにこちらもすぐ骨だけになってしまった。

 身体中を満たす幸福感に浸り息を吐く。心なしか、尻尾の毛並みもいつもより色つやが良くなった気がする。


「はあ、ご馳走様でした」


 静かに手を合わせると、焚火セットを撤去する。

 釣り上げた魚は残り三匹。そういえば、モミジが調理師のレベルを上げていたはずなので、彼女に調理をお願いするのもいいかもしれない。

 ただの塩焼きでここまで美味しいのだから、調理師の手でさらに手間を加えれば、いったいどれほどのものになるのだろうか。シズノさんから譲ってもらったたけのこもあるし、これでも一品お願いしてみよう。


「そうだ、シズノさんにも一匹お裾分けしよう」

 

 たけのこのお礼もあるし、これだけ美味しいものならば、きっとシズノさんにも喜んでもらえるはずだ。

 モミジにメッセージを送ったあと、六本の尻尾をご機嫌に揺らしながらシズノさんの小屋へと向かうと、彼女はまたなんとも呆れた顔で、苦笑いを浮かべながら釣り上げた鮎を受け取ってくれた。


「ほんと、あんたも律儀だねえ。ほら、これも持っていきな」


 そう言って有無も言わさず渡された大根を持って、ボクは小屋をあとにする。

 お礼のお礼というのもなんだか変な話ではあるが、受け取らないなら尻尾に括りつけてやると脅されてしまっては否はない。これもモミジに頼んで調理してもらうとしよう。

 見送ってくれたシズノさんへ手を振りながら、ボクは森の出口へと向かって歩き出す。

 ちらりと釣りをしていた河原を見れば、岩にとまった青い鳥がくちばしに小魚をくわえ、こちらを見て胸を張っている姿があった。

 

 どんなもんだといわんばかりのその様子に、ボクは思わず吹き出すのだった。

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