お稲荷様と怠惰、ときどき嫉妬
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「狐火!」
六本の尻尾から放たれた火球が、巨大な鉈を装備した白骨死体のモンスターであるスケルトンマーダラーの頭部へ襲い掛かる。爆発音が響き、かかか、とスケルトンマーダラーが苦しむように身をよじりった。
血に塗れたぼろを纏う殺人鬼が苦悶の声をあげながら光の粒となって消滅するのを視界の端に収めつつ、標的を次に移す。
そこではハヤトが盾を構え、クレイゴーレムが振り下ろした巨大な腕の一撃を受け止めていた。
モミジの回復魔法がすぐさま減少した体力を引き戻し、ボクと同じくフリーになったコタロウがゴーレムの背後に回り込み、鋭い拳撃を放つ。
ボクも急いでゴーレムを射程距離内に納め、再びスキルを発動した。
「雷獣!」
左右から三本ずつ伸ばした尻尾から紫電が走り、突き出した右手へと収束、稲妻となってクレイゴーレムへと疾走する。
まるで巨大な槍が如き一撃は敵の胸部を貫き、大穴が開いたクレイゴーレムは瓦解しながらその動きを停止させた。
意外に思われるかもしれないが、雷も風と同じく木気に属し、土気に対して強い効果を発揮する。
【鎌鼬】に比べ消費MPが多いが、威力は相応に高いのでここぞという場面ではお世話になっているスキルだ。
クレイゴーレムが光となって霧散するのを確認し、ふう、と息を吐いた。
「やれやれ、段々敵の数も増えてきたね」
「そうだね。まあ、それだけダンジョンの奥に進んできてるって事じゃないかな」
剣を鞘へと納め、ぐるりと周囲の安全を確認しながらハヤトが答える。
ボクたちがこの地下迷宮に潜ってから早一時間。敵の強さはそれほどではないがどうにも連続して遭遇することが多くなり、先程のスケルトンマーダラーで六連戦となる。
「しかし、ここまで多いと鬱陶しいな。まだゴールは見えねえのかよ」
「うーん、流石にそろそろ最深部に着いてもいいと思うんだけど……おっと?」
先頭を歩くハヤトが不意に立ち止まり、間の抜けた声をあげた。
どうやらモンスターと遭遇したわけではなさそうだが、何があったのだろうか。
気になったボクたちが彼の肩越しに通路の奥をのぞき込むと、そこには一枚の扉がじっと佇んでいた。
他とは明らかに違う、見るからに分厚そうな鉄の扉だ。
表面には両翼を左右に広げた、長い尾を持つ鳥の紋章が刻まれている。
「これは……」
「見るからに怪しいね。どうする?」
ボクがそう尋ねると、ハヤトは顎に手を当てて考え込む。
ここがボス部屋の類であれば、ボクたち四人で飛び込んで勝てる可能性は低い。
ただでさえレイドボスを退けて発生したイベントなのだ、ともすれば、この地下迷宮に撤退したというインウィディア自身が出てきても不思議ではない。
「引き返したとしても次も上手くここまで来られる保証はないし、行ってみようか」
「さんせー!」
大きく手を上げるモミジを見て、コタロウが頭を抱えため息を吐いた。
「お前は戻るのがめんどくさいだけだろうが……」
「えー、どうせ帰るなら死に戻った方が楽じゃん!」
「まあ、効率的ではあるね」
まるで治癒術士の台詞とは思えないけれど、まあそれはそれとして。
いつもの補助魔法をかけ終えると、ボクたちは改めて目の前の扉と対峙する。
互いに目配せし、ハヤトが小さく頷いて扉へと手をかけた。ぎぎ、と鈍い音をあげながら、ゆっくりと扉が開かれていく。
「……あれ?」
その時、僅かに開いた隙間からちらりと中をのぞき込んだハヤトが素っ頓狂な声をあげたかと思えば、それまでの慎重さはどこへやら、まるで自宅の玄関を開くような気安さで扉を開け放ってしまった。
「おい、もうちょっと慎重に……?」
これに対しコタロウが抗議の声をあげようとするが、扉が開かれ露になった内部の様子にその声はしりすぼみになっていった。
信じられないといった風の表情だが、それはボクも同じで、モミジに関しては訳が分からないといった感じで首を傾げている。
重厚な鉄の扉で守られた部屋の内部にはカーペットが敷かれ、小さな机と本棚、そして大きなベッドが置かれた可愛らしい空間が広がっていた。ボスはおろか、スケルトンやゴーレムの気配すらない。
「えっと、マップの生成ミス、とか?」
「そんな、一世紀前のゲームじゃないんだから」
「いや、なんでダンジョンの中にこんな部屋があるんだよ」
混乱する三人のやり取りを見つつとりあえず部屋に入ると、これはなんとも、扉を閉めてしまえばここがダンジョンだという事を忘れてしまうほどである。
インウィディア、の趣味ではないな。あのマッドサイエンティストならもっと、こう、おどろおどろしい薬品や、気味の悪い書物などを置いていそうである。
というか、この可愛らしい小部屋があの男の私室であってたまるものか。
「んー、うるさいなあ……」
突如響いた聞き慣れぬ声に、ボクを含める全員が即座に戦闘態勢に入る。
いや、失礼、モミジは相変わらず混乱したままで、杖も構えず声のした方へ視線を向けるだけであった。
声がしたのは、部屋の奥に置かれたベッドの中。よく見ればそこは小さく盛り上がり、もぞもぞと動いているのがわかる。
「インウィディア、じゃない。 誰……?」
ベッドから顔を出したのは、まだ幼さの残る少女であった。
長く伸びた赤い髪を編み込んで後ろに垂らし、側頭部からは山羊のような捻じれた角が生えている。 どこか見覚えのあるその顔立ちにボクは目を細め、そして思い出した。
「アワリティア……?」
それは、いつぞやか出会った七将軍の一人、強欲を司る少女。
目の前の少女は、まさしく彼女と瓜二つの顔立ちをしていた。
少女はその名を聞いてこてん、と首を傾げたあと、眠たそうに目をこすりながら頭を振る。
「ボク、アケディアだよ……。アワリティアはお姉ちゃん……」
アケディア――七つの大罪の一つである〝怠惰〟を示すその名を聞いて、ハヤトが咄嗟に腰の剣を掴み、抜き放たんとしたところでボクがその手を掴んだ。
「ハヤト、彼女に敵意はない。ここで戦うのは下策だ」
そう耳打ちすると、ハヤトも納得したのかやがて剣から手を放し、ボクの隣へと身を引いてくれた。
もし彼女がその名の通り怠惰を司る七将軍の一人であるなら、ここで戦いを挑んだところで全滅
は必至。であるならば、なるべく戦闘を避けつつ、有益な情報を引き出した方が賢明だ。
そうしたボクとハヤトのやり取りを見て、アケディアは何やら考え込む仕草をしたあと、ぽんと手を叩いた。
「ああ、お姉ちゃんが言ってた、妖狐族の来訪者……?」
「おや、アワリティアが何か言ってたのかい?」
あのイベントがここで影響してくるとは思っていなかったが、まさかこの部屋を見つける事が出来たのも、そのあたりが関係しているのだろうか。
ボクの問いかけに、アケディアはふるふると首を振る。
「お姉ちゃん、名前も教えてくれなかった。自慢、だけ。強欲、だから」
それだけ言うと、アケディアはふっと目を閉じると、そのままベッドへと倒れ込んでしまった。
やがて、すやすやと安らかな寝息が――
「って寝たあ!?」
モミジ、良いツッコミだ。
姉の方もそうだったが、この子もなかなか独特な性格をしているようだ。
むず痒そうに身をよじると、アケディアがうっすらと目を開いた。
「起きてるの、しんどい。眠い、から、おやすみ……」
そう言って布団に潜り込んでしまったアケディアの姿に、苦笑いを浮かべる。
ううむ、実に怠惰らしいといえばらしいのだが、これでは情報を引き出すも何もなくなってしまうなあ。
せめて、彼女が何故ここにいるのか、それだけでも聞きだしたいのだが。
「ねね、ぐっすり寝たいんだったら、家に帰ってからの方がいいんじゃない? なんでここで寝てるの?」
どうしたものかと頭を悩ませていると、モミジがベッドを覗き込みながらそう尋ねた。
もぞもぞとアケディアが再び顔を出すと、もはや半開きになった目でモミジを一瞥し、再びベッドへと潜る。
機嫌を損ねてしまったかと危惧するが、どうやらそれは思い過ごしだったようで、やがて布団の中からのんびりとした彼女の声が響いた。
「インウィディアと一緒に行けって、言われて。でも、インウィディアが一人でやるから、待ってろって。手伝うのもしんどいし、寝てた」
なるほど、本来ならば彼女はインウィディアと共に登場し、来訪者の前に立ちはだかる、という設定になっているらしい。
しかし、ここで待っているように言われたという事は、インウィディアはただこの地下迷宮に撤退してきたのではなく、彼女と合流する事が目的だったのか。
と、なると、ここにあの変態の姿が見えないのが少し気になるな。
そう考えたのが悪かったのか、噂をすれば影が差すというか、扉が豪快に開け放たれる音を聞いて、ボクはがっくりと肩を落とした。
「アイムバーック! お待たせしたであるなアケディアよ、さあ、ミーと一緒に帰るのであーる!」
現れたのは、先日始まりの町を騒がせた七将軍の一人。
何故か所々が破け、ぼろぼろになった白衣を着た男の姿に、ボクは特大のため息を吐くのだった。
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