お稲荷様と地下迷宮
試験的に、今回から台詞内のスキル名から【】を省略しております。
ハヤトから報せを受けたボクは、【来訪者の石碑】経由で急いでアインへと戻ることにした。
まさかと思いつつ始まりの草原へ出ると、確かにあれほど暴れていた巨竜の姿がどこにもない。
しかし早くもイベントが終了したわけではないようで、何故だか巨竜の身体から湧き出ていたプチメカムートたちは以前と変わらずフィールドを徘徊しており、高レベルプレイヤーがいなくなった代わりに、新規組のプレイヤーたちで草原は溢れかえっていた。
だが、まさかあのボスモンスターを撃退するとは恐れ入った。まるで歯が立たないように見えたのだが、いったいどんな手を使ったのか。
それはともかく、今はハヤトたちと合流することを優先しよう。何やら人手が必要ということで呼び出されたのだが、何事なのだろうか。
「あ、いたいた、おーい!」
声がかかった方へと目をやれば、いつもの三人組が揃ってこちらへとやってきていた。 モミジとは図書館に向かう前に別れたばかりだったのだが、どうやら先にアインへと戻ってきていたようだ。
「急に呼び出してごめん、ちょっとイベント絡みで人手が必要になって」
「構わないよ、どうせ暇だったし。とりあえず、事情を聞かせてもらおうかな?」
謝罪の言葉を口にするハヤトを手で制すと、三人はこれまでの経緯を簡単に説明し始めた。
ボクがここに呼ばれた理由は今回のイベント絡みらしく、長時間の戦闘の末に巨竜の撃退――どうやら勝利条件は巨竜の体力を一定値以下にまで削ることだったらしい――に成功したプレイヤーたちはすぐさま七将軍インウィディアの追撃を行ったのだが、どうも始まりの森にあるダンジョンに逃げ込まれたとかで、現在は攻略クランも総出でそのダンジョンの攻略にあたっているらしい。
何もダンジョン一つにそこまで人手を割かなくてもと思ったが、どうやらダンジョンはまるで地下迷宮の如く入り組んだ構造になっているようで、数パーティ程度で攻略するには時間がかかりすぎて、攻略が完了する頃にはイベントが終わってしまうと危惧している、と。
そこでハヤトたちのパーティも参加することになったのだが、せっかくなのだからボクも誘っておこう、ということでメッセージを送った、というのが今回の顛末だそうだ。
「ダンジョン自体の存在は随分前から確認されてたんだけど、配置されてるモンスターの経験値も美味しくないし、特にレアなアイテムがある訳でもないから今まで放置されてたんだ。でも、まさかイベントに絡んでくるとは」
「元々、頃合いを見てダンジョンの奥を開放する予定だったのかもね」
RPGではよくあるパターンだし。
ダンジョンの奥には敵の秘密基地があるのでは、という憶測も出ているらしく、巨竜の討伐にあたっていたプレイヤーたちはみんな躍起になって探索しているのだとか。
「それもまた、なんというかありがちだな」
町の近くのダンジョンに秘密基地とか、なんだか戦隊モノみたいだな。
男性プレイヤーにはたまらないものがあるのかもしれない。
とにかく例のダンジョンに行ってみようと、町で軽く準備を済ませたあと、ボクたちは始まりの森へと向かった。
と、そこで思い出したのだが、この森には随分と嫌な目に合わされた記憶が――
「あ、ジャイアントビー」
「狐火ぃ!」
「ちょ、おま、あっぶねえなあオイ!」
木陰から飛び出してきた目にしたくもないモンスターに、半ば反射的にスキルを使用する。
突然背後から飛来した火球にコタロウが毛を逆立たせながら叫ぶが、このゲームにフレンドリーファイアはないので彼の体力が減ることはない。まあ、いきなり背後から攻撃されたらボクだって驚くとは思うが。
レベル六十になるボクが放った狐火をまともにくらって、巨大な蜂は断末魔の叫びすら上げることができずに爆散した。
「タマモってホントに蜂が苦手なんだねえ」
「恥ずかしながら、ちょっとトラウマがね……」
苦笑いを浮かべるモミジに、尻尾を抱えながら答える。
でも、あの大きさの蜂が迫ってきて、怖くない人間なんていないと思うのだけど。
「まあ、その辺は慣れだな。今じゃ刺されてもダメージなんか入んねえし。まあ、元々虫とかは平気な方だけどよ」
そりゃあ男の子なら虫ぐらい平気だろう。まあ例外はあるのだろうけど、少なくともハヤトやコタロウは苦手なようには見えない。
「ちょいちょい出てくるよね、タマモの女子っぽいところ」
「今の装備だと、かなり前面に出されてると思うけどね……」
その後もちらほらと顔を出すジャイアントビーを三人に処理してもらいつつ、しばらく森を進むとやがてぽっかりと口を開けた洞窟の入り口が見えてきた。その周辺には、休憩しているらしいプレイヤーたちの姿もある。
洞窟の中はどうやら鍾乳洞のようになっているようで、ぼうっと松明で照らされた天井からはいくつもの石柱が垂れ下がっていた。少し湿り気のある風が、なんとも不気味な呻き声のような音と共に頬をなで去っていく。
「中は意外と明るいんだけど、敵が少し強くなるから気を付けて」
注意するハヤトを先頭に洞窟の内部へと足を踏み入れると、中はプレイヤーが設置したのかいくつもの松明で照らされており、これならばつまづいて転ぶこともない。
強くなるとは言ってもやはりレベル二十かそこらのモンスターであるので、レベル六十のプレイヤー四人の相手となると、不意を打たれないかぎり手傷を負うことはないだろう。
しかし、しばらく進んでみるとたしかに内部は地下迷宮の様で、途中で大小さまざまな道へと分岐していた。 分岐は一方向のみであるので、外へと戻る場合は一本道で済むが。
だが、これならそれほど人数を揃えなくとも、数パーティほどいれば攻略できるのではないだろうか。
そう疑問に思い尋ねてみると、暗闇から飛び出してきたコウモリ型のモンスターを切り払いながら、ハヤトが答えた。
「ここはまだましなんだけどね、もう一階層降りるともっと複雑になるんだよ。モンスターもレベル六十でなんとか、ぐらいの強さになるし。それに、ぶっちゃけて言うとみんな飽き始めてるみたいで、最初に比べると人数が減ってきてるんだよ」
まあ、延々と迷宮を進まされるのだから、気も滅入ってくるというものである。
ボクは元々少し手狭なぐらいが落ち着けるタイプであるし、こうして延々と散策するのも苦ではないが。
そうして鍾乳洞の中を進んでいくと、やがて明らかに人の手が加えられた、石造りの階段が見えてきた。 螺旋状に下へと続き、苔も生えておらず破損も少ないところから、比較的新しく作られたものであることがわかる。
注意深くその階段を下っていくと、石柱が並び立ち、岩肌も剥き出しであったその景色から、床から壁、天井までもが綺麗に石で整えられた、まるで洞窟の中とは思えないものへと一変させた。
まさしくRPGのダンジョンといったその光景に、ボクは目を丸くする。
「うわあ、私も初めて来たけど、如何にもって感じだねえ」
思わずそう漏らしたのはモミジである。
「ミノタウロスとか出そうだよねー」
「迷宮にありがちだね。そこのところはどうなんだい、ハヤト」
「残念ながらまだ発見はされてないね、見つかってるのはゴーレムやスケルトン、スライム系のモンスターと、それっぽいところだとミミックとかかな」
それはまた、ダンジョンにありがちなモンスターである。
やはり宝箱に擬態していて、開けようとすると襲い掛かってくるのだろうか。
話をしつつ進んでいると、やがて正面から土色の人形のようなモンスターが現れた。 確認してみると、クレイゴーレムという名前らしい。
巨大な上半身に反して下半身は小さく、あれでどうやってバランスを保っているのだろうと、知的好奇心を刺激されながら腰から扇を引き抜くと同時に先頭を行くハヤトが切りかかった。
しかし、やはり見た目通り相当な硬さをもっているらしく、鈍い音と共にハヤトの剣ははじき返されてしまった。となると、ボクの出番だろう。
「鎌鼬」
扇を構え上段から下段に勢いよく振り下ろすと、そこから風の刃が走り敵へと襲い掛かる。
その効果は十分で、刃はゴーレムがハヤトを叩き潰さんと振り上げていた右腕を半ばから切断し、体勢を崩したゴーレムは派手な音と共に転倒した。
木は土から養分を吸い取り、痩せ細らせる。
このゲームにおいて風は木気に属する。 あのゴーレムはわかりやすく土気、土属性の敵だろうから、この場合は木剋土が成立する。
陰陽師が得意とする、五行思想の理だ。
まあややこしいのでシンプルに言い直すと、ようは敵の弱点属性を突いただけの話なのだが。
転倒したゴーレムに止めとばかりに前衛職の二人が攻撃を叩き込み、ボクがダメ押しの【鎌鼬】を打ち込むと、ようやくゴーレムは身体を土くれに変え、その動きを止めた。
「ありがとうタマモ、助かったよ」
「やっぱ魔法職がいると楽だな。ここの敵、物理攻撃に耐性持ってるやつ多いんだよ」
「はーい、ここ、ここに魔法職いるんですけどー!」
ぴょんぴょん飛び跳ねながら、不服そうにモミジが手を上げた。
まあ聖属性の魔法はスケルトンなどのアンデット系モンスターに威力を発揮するし、回復や補助魔法だけでも十分貢献できていると思う。
なにより、攻撃魔法の火力で負けてしまったら、妖狐族の立つ瀬がなくなってしまう。
しかし、まあ、なんだか楽しめそうなダンジョンである。
「ちょっと湿気は多すぎるけど」
じめじめとした空気を払うように胸元を扇で仰ぎながら、再び進み始めたハヤトの後を追う。
「あ、ダメだよタマモ、そんな風にしちゃ。ただでさえ狼が傍にいるんだから、気を付けないと!」
その仕草がはしたなかったのか、モミジが慌ててボクの手を抑え、眉間に皺を寄せた。
たしかに、今のは少し配慮が足りなかったかもしれない。今後は気を付ける事にしよう。
しかし、なんというか、こういった事をモミジに注意されると、なんとも言えない気持ちになるなあ。
珍しくお姉さんらしい雰囲気を醸し出す彼女に苦笑いを浮かべながら、ボクはそんな事を思うのであった。
2018/08/13 一部修正