お稲荷様と聖なる都
今回は少し短めです。
王都≪フィーア≫がどういった街なのかを尋ねれば、誰もがまずこう答えるだろう。 天然の城塞、と。
美しい白亜の城≪グロリオサ≫の背後には険しい断崖絶壁がそびえ、扇状に広がる城下町の左右には巨大な滝が、まるで町を守る盾の様にその雄大な姿を見せつけている。
正面には竜の突進すら防ぎそうな高く分厚い城壁が立ちふさがり、唯一内と外とを行き来できる巨大な門をくぐれば、旅の吟遊詩人が奏でる竪琴の音色と、賑やかな街の人々の声がボクたちを出迎えてくれた。
綺麗に舗装された石畳の道が城までまっすぐに伸び、その左右に宿屋や道具屋といった様々なお店の看板が並んでいる。
「到着ー!」
「驚いたな。 これはなかなか壮観だね」
なるほど、モミジがあれだけ勧めてくるわけである。
現実ではまずありえない、まさしくファンタジーと呼ぶに相応しい街並みに、思わず息を吐いた。
さらにこの街には王立図書館なる施設まであるらしく、そこにはモンスター図鑑から料理のレシピ本まで、様々な書物が収められているという。
これはまたやることが増えてしまったなと頭を抱えながら、モミジに連れられて冒険者ギルドの丸テーブルに腰を下ろした。
大陸全土に広がる巨大ギルドの本部ともあって、一階のスペースだけでも各支部の倍以上はある。 さらにここの一階部分には喫茶店まで併設されているらしく、辺りからはなんとも香しい料理の匂いが立ちあがっていた。
「流石は総本山、豪勢なことだ」
「でもここのパンケーキ、凄く美味しいんだよ」
制服も可愛いし、とモミジはエプロン姿の女性スタッフに声をかけると、随分と慣れた様子で注文をすませてしまう。ちゃっかり二人分、同じものを。
しばらくすると、ボクたちのテーブルには色とりどりの果物が盛られたパンケーキと紅茶が並べられていた。
なんだか最近、こういったお店で食べてばかりな気がする。
いや、まあ、あくまでもゲームの中であるので、いくら食べても余分な肉がついたりはしないのだが。
フルダイブ型のゲームが女性ゲーマーに好かれている理由の一つである。
「それで、タマモはこれから図書館でしょ?」
「はは、ご明察。どんな本があるか気になるし、少し覗いてみるつもり」
「きっと驚くと思うよ、辺り一面本だらけだもん」
「それはまた、楽しみだ」
パンケーキを切り分けて一口含むと、しっとりとした生地の甘さと果物の酸味がふっと口内に広がった。
なるほど、モミジがお勧めするのも納得の品である。
さて、休憩もそこそこに冒険者ギルドを後にしたボクは、目的の王立図書館へと足を延ばしていた。
大理石の柱が立ち並ぶ、古代ローマ建築を彷彿とさせる佇まいを一度見上げて中に入ると、しんと静まり返った空間に足音だけがこつこつと染み入るように響いていく。
「これはまた、素晴らしい」
廊下の奥にあった扉をくぐった先で、ボクは思わずそう呟いた。
天井に届かんばかりの本棚が壁いっぱいに立ち並び、そればかりかそこに納まりきらない本たちがそこら中に積み重ねられている。
一見雑に扱っているように見えるが、その上に埃はまったく積もっておらず、傷も汚れもない。
どうやら定期的にしっかりと手入れはされているようだ。
そのうちの一冊を無造作に手に取ると、どこか懐かしいインクの香りが鼻先をくすぐった。
「ようこそ、王立図書館へ」
うずたかく積まれた本の山の向こうから、すっと一人の老紳士が姿を見せた。
色褪せた銀髪を後ろで束ね、しわ一つない小綺麗なスーツを見事に着こなしている。
胸の前に手を添え、老紳士が一礼した。
「わたくし、この図書館の司書を務めております、モリャックと申します。以後、お見知りおきを」
「ボクはタマモ、友人からここの話を聞いてご挨拶に伺いました。とても素晴らしいところですね、ここは」
「お褒め頂き、光栄でございます。もしお求めのものなどがございましたら、何なりと申しつけ下さいませ」
「でしたら、この国の歴史や文化が記されたものはありますか?」
ボクがそういうと、モリャックさんはふむ、と数秒考える仕草を見せると、やがて本棚からいくつか本を手に取り、こちらへと差し出した。
「でしたら、これらがちょうど良いかと。宜しければ、奥の机をお使いください」
「いえ、お邪魔でないなら、ここで読ませてください。これほどの本たちに囲まれるなんて、そうある事ではありませんので」
「ほほ、タマモ様も随分と本の虫でいらっしゃるようですな。こんな場所で宜しければ、どうぞご自由にお使い下さい」
そう言って優しく微笑むと、モリャックさんはまた一礼して図書館の奥へと去っていった。
その背中を見送ったあと、尻尾で本の山を崩さないように気を付けながら納まりの良い場所を見つけると腰を下ろし、渡された本へ目を通していく。
まあ、この国の歴史書などと言っても、結局は運営が用意した設定資料集でしかないのだろうが、各町のこれまでの歴史や、他国との関係、歴史を大きく動かした出来事など、普通にプレイしていては知りえないだろうそれらは実によく作りこまれており、読む方としても全く退屈しない。
そして意外だったのは、〝魔王〟という単語がどこにも見当たらなかったという点だ。
魔王といえば、アワリティアたち七将軍が仕える、このゲームのボスキャラとも噂されている人物であり、その実態はいまだ誰も解明できていない。
魔王というのだから、歴史上の節目節目でその存在を匂わせているのではないかと予想していたのだが、どうやらあてが外れてしまったようだ。
本当に今回初めて歴史の表舞台に現れたのか、それとも意図的に情報が隠蔽されているのか。
案外、運営が魔王関連の書物を実装していないだけだったりして。
読み終わった書物を脇に積み上げながら、興味を引いた書物を片っ端から読み漁っていく。
どこに置いてあるのかわからない場合は、モリャックさんに頼めばすぐに用意してくれた。どうやら彼は、この巨大な図書館のどの棚にどの本が並べられているのか全て熟知しているようだった。
歴史書、学術書、中にはスキルの指南書まで置いてある。
「ふう、これは一生かかっても読み切れそうにないな」
〝ぶらり釣り道楽〟なる、とある旅人が記した釣りの指南書をぱたんと閉じて、ボクは深々と息を吐いた。
「それはもう、国中の英知が集っておりますので。わたくしでさえ、完全に内容を把握しているのは全体の八割程でございます」
「この八割といえば、それだけでも相当な量だと思いますけどね」
なにせ野球場ほどはありそうな巨大図書館である。むしろ八割も目を通せているのが驚きだ。
できれば時間が許す限りここで本を読み耽っていたいものだが、王都で見ておきたい場所は他に幾つもあるのであまり長居をする訳にもいかない。
確認してみると、どうも本の貸し出しはしていないようなので、また時間がある時に出直してくるとしよう。
「それでは、そろそろお暇しようと思います。色々と面倒を見て頂いて、ありがとうございました」
「いえいえ、またのお越しをお待ちしております」
モリャックさんに挨拶して図書館を後にすると、外はもうすっかり暗くなっていた。
軽く立ち寄る程度のつもりが、かなりの時間を過ごしてしまったようだ。
当初の予定ではこの後あの王城に行ってみようかと思っていたのだが、このような夜更けでは流石に入れてはもらえないだろうし、あそこは明日にでも向かうとしよう。
尻尾を揺らし、ぼんやりと街灯の光に照らされた道をあてもなく歩いていると、聞きなれたメッセージの受信音が響いた。送り人はハヤトのようだが、いったいどうしたのだろうか。
わずかに訝しみながら本文へと目を通し、そこに記されていた内容にボクは自身の目を疑った。
「なんとも、予想が外れてしまったな……」
添付されたスクリーンショットには、手にした武器を天高く掲げ、何やら雄叫びをあげているプレイヤーたちの姿が映っていた。
――メカムート君三号および七将軍、撃退に成功す
何やら荒れそうなその一文を再び見やり、ボクは苦笑いを浮かべるのだった。
沢山の評価、ブックマーク誠にありがとうございます。
今後とも本作を宜しくお願い致します。