お稲荷様と白兎②
連日投稿、本日も無事に間に合いました。
内容が、無いよう……
始まりの草原。
いまだ巨竜がその猛威を振るい続けるその戦場において、町と草原を隔てる防壁の周辺は不思議とその被害を免れており、巨竜から生み出されたプチメカムートたちが防壁へ向かって侵攻してはいるものの、その全てが防壁を突破する前に大勢のプレイヤーたちや、NPCの冒険者たちによって撃退されていた。
個体によって強さに差はあるものの、その得られる経験値の多さから、中にはボクと同じようにレベル一の職業に変更して、レベリングを行っているプレイヤーもちらほらと見える。
「こちらで位置調整はするけど、なるべく敵の正面には立たないようにね」
「は、はい!」
「戦闘開始直後に威力の高いスキルはなるべく使わないように。まだタンクが敵のヘイトを稼ぎ切ってなくて、そちらに標的が切り替わってしまう恐れがあるからね」
「は、はいい!」
そんな今や格好の狩場となった防壁周辺で、ボクは先程パーティを組んだばかりのイナバさんと経験値稼ぎに勤しんでいた。
時折こうやってアドバイスをしたり、MPを回復する為に小休憩を挟んではいるが、この短時間で稼ぎ出した経験値はなかなかのもので、ボクは勿論のことイナバさんのレベルも順調に上がり続け今や二人ともレベル八となっていた。
「さて、そろそろ装備も新調しないとダメだろうし、一度町へ戻ろうか」
「はい! そういえば、タマモさんは結構こういったゲームは得意なんですか?」
「まあ、色んなタイトルには手を出してるけど……別に敬語を使わなくてもいいよ?」
「そんな、先輩なんですから、タメ口なんて出来ませんって!」
見た感じボクよりも年上であろう彼女にこうも敬われると、なんともむず痒くなってしまう。
それを彼女に伝えると、どうやらボクが先行組であることは随分と前から察していたらしく、リアルではともかく、このゲームにおいては大先輩です、と鼻息も荒く語られてしまった。
「それにしても、初めて見た時はびっくりしました。種族レベルが上がると色々と見た目も変わるというのは説明書を読んで知ってましたけど、実際に近くで見ると迫力がありますね!」
「割と邪魔になったりするよ? 結構場所をとるし、人にぶつかったりするし」
ちなみに尻尾の話である。
まあ、それらデメリットを差し引いて余りあるほどの魅力が、このもふもふには詰まっているのだけれど。出会う度にモミジが抱き着いてくるのも、無理もない事なのかもしれない。たまに身の危険を感じる時もあるが。
町に戻り、休憩がてら立ち寄ったカフェでスコーンを摘まみながら、ボクは背後でわさわさと六本の尻尾を揺らした。
しかしボクとしては、ワーラビットの小さく丸い尻尾もなかなか可愛らしいと思うのだけど。
「そ、そんな、可愛いだなんて、えへへ~」
尻尾のことなんだけどね。案外この人、モミジと気が合うかもしれない。
そういえばモミジたち三人はあれから王都に戻ったらしいけど、向こうでダンジョンでも攻略しているのだろうか。
と、やはり噂をすれば影が差すようで――
「タッマモー!」
とん、と背中に軽い衝撃が走る。
やれやれとため息交じりに振り向けば、そこには無邪気な笑みを浮かべ、背中に張り付くモミジの姿があった。突然の出来事に、イナバさんがぱちくりと目を見開いている。
とりあえず、まるで背中に張り付いた子猫――種族は人間族なのだけれど――の首根っこを引っ掴むと、おもむろに隣の席へと着席させた。
「むー、なんだか扱いがだんだん雑になってる気がする」
「自業自得だよ。ごめんねイナバさん、こっちはモミジ、ボクの友人だよ」
「えっ、あ、はい! は、初めましふぇ!」
派手に噛んだなあ。
ボクの言葉でようやく気が付いたのか、頬を膨らませていたモミジが目を点にしてイナバさんの方へと顔を向け、一つ、二つ、きっかり三つ間を開けた後、顔を真っ赤にしてテーブルに突っ伏してしまった。
「恥ずかしいと思うならやらなければよかったのに」
「だって、タマモだけだと思ってたんだもん……」
まあイナバさんはボクと向き合うようにして座っていたし、確かにボクの背後からでは尻尾が邪魔をして見えなかったのも仕方ないのかもしれない。常習犯だから同情はしないけれど。
これを機に、少しは慎みというものを覚えるといい。
しばらくそうして突っ伏していると、やがてモミジはゆっくりと顔を上げ、改めてイナバさんに頭を下げた。
「お、お恥ずかしいところをお見せしました……」
「い、いえいえ、お気持ちは凄くよくわかりますので……あ、初めまして、イナバと申します」
「モミジです! いやあ、こんな可愛い子を侍らせるとは、タマモも隅に置けませんなあ」
「はいはい。ところでモミジ、ハヤトたちとは一緒じゃないのかい?」
おっさんかキミは。
にやにやと笑いながらわき腹を小突いてくるモミジを片手で払いのけ、じとりと視線を向ける。
ほら、イナバさんもリアクションに困ってるじゃないか。
「二人はまたレイドボスと戦いに行ったよー。ほんと、男子って負けず嫌いだよねえ」
ああ、またあの巨竜に吹き飛ばされに行ったのか。
今回は回復役のモミジも、補助役のボクもいないのにご苦労なことである。
「というかタマモ、よく見たら剣士になってるー!」
「ん、せっかくイベントで経験値も稼ぎやすくなってるし、勉強がてらね」
「へー、私もこの機会に治癒術士以外もやってみようかなあ」
「そういえば、タマモさんってメインの職業は何をされてるんですか?」
「あれ、言ってなかったっけ。メインは陰陽師で、拠点もジパングなんだ。今回はイベントが開催されたから、こっちに戻ってきてるだけだよ」
イベントが終われば、またジパングに戻る事になるだろうなあ。
王都の方に行けば色々と新しいクエストも受注できるし、【来訪者の石碑】も登録できてお得なのだけど、いまいち気が乗らず、いまだにジパングを中心に活動していたりする。
しかし、今回のイベントで七将軍が初めて大きな動きを見せたし、もしかすると王都の方でもそれに対して何かあるかもしれないな。
それに備えて、最低でも【来訪者の石碑】で移動できるようにはしておいた方がいいかもしれない。
「陰陽師ですかー。タマモさんって着物も似合いそうですよねえ」
「そうそう、すっごく綺麗なんです、タマモの着物姿! あまりに綺麗だから、一部では〝お稲荷様〟なんて呼ばれてたりして!」
「ちょっと待ってくれ。何だその〝お稲荷様〟って」
そんな通称で呼ばれているなんて、ボクは初耳なのだけど。
レベル六十の妖狐族で陰陽師のプレイヤーなんて、ほかにもごまんといるだろうに、どうしてそうなった。
別にボスモンスターを倒したりだとか、特別なアイテムを手に入れたりだとか、そんな目立つことはしていない筈だが。
「だってタマモ、やたらクズノハさんと一緒にいるし、そりゃあ目立つよー」
ぐう、と言葉に詰まった。
確かに、歩く広告塔のような彼女の傍にいれば自然と人の目に触れることは多くなるが、まさかそれが原因で〝お稲荷様〟なんて呼び名を付けられるだなんて、誰が予想できるだろう。
詳しく話を聞いてみると、どうやらジパングを開放した際に、真っ先に陰陽師となる為のクエストを受注したのも理由の一つになっているらしい。なんでも、この鯖初の陰陽師がボクなのだとか。
よくそんなところまで調べたなと、ついつい感心してしまう。
「でも、わかる気がします。タマモさんってこう、なんというか、雰囲気が普通の人と少し違いますよね」
「何というか、周りの空気が澄んでるというか、心が洗われるー、みたいな」
「人をパワースポットみたいに言わないでもらおうか」
「いいじゃんいいじゃん、有名人だよー」
他人事だと思って、本当に楽しそうだな。とりあえず尻尾ではたいておこう。
それに、俗世に染まり切ったボクにそんなご利益があるのなら、世の中は聖人君子だらけになってしまう。
しかしお稲荷様とはまた、仰々しい呼び名である。
まあどうせどこかのプレイヤーが面白半分に呼び始めたものであろうし、そのうち皆も飽きて忘れていくだろう。
空になったカップの縁を指先でなぞり、一つため息を吐いた。
「でも、まあ、そうだね。いつまでもパーティを組んでいられる訳でもないし、一度ソロでの戦闘にも慣れておこうか」
ちょうど治癒術士もいることであるし、とモミジを見やる。
回復は彼女に任せればいいし、もし戦闘中に他のモンスターに襲われた場合も、ボクが対応すれば問題ないだろう。
そう提案すると、モミジは二つ返事で了承してくれた。
「どうせ暇だし、全然大丈夫だよ!」
「なんだかすみません、何から何まで……」
「なに、こっちがお節介を焼いているだけだからね。もし迷惑だったら、気軽に言ってくれて構わないよ」
さて、それじゃあ会計を済ませて、装備を買い揃えに行くとしよう。
彼女のレベルだと、いつぞやかお世話になったカトレアさんのお店が丁度いいだろう。
「と、その前に、先にこっちに変えておくよ」
忘れないうちにと、店を出た先でメインメニューを開き、職業を陰陽師へと変更する。
全身を光が包み込み、一瞬のうちに装備が剣士用の軽装から慣れ親しんだ着物へと切り替わった。 うん、やはりこちらの恰好の方が納まりがいいな。 この短い丈にはいまいち慣れないけれど……。
「わあ、やっぱり着物姿も素敵です、ね……?」
帯に差してあった扇をぱっと開き、胸元へと風を送り込んでいると、何故だかイナバさんが膝から崩れ落ちていた。傍目から見てもわかりやすく落ち込んでおり、心なしか辺りの空気がどんよりと淀んでいるようにすら見える。
首を傾げモミジに視線を向けると、彼女は彼女で何やら悟ったような表情を浮かべていた。
「あー、そうなるよねえ。前の服装ですらわかりにくかったのに、剣士用の装備なんてしてたら余計に勘違いしちゃうよねえ」
「違うんです、なんというか、知らなかったとはいえ、同性にキュンキュンしてた自分に自己嫌悪といいますか、ショックというか、ノーマルのはずなんだけどなーおかしいなー……」
「まあ、ぱっと見は美少年だからねえ」
二人して何やら話しているようだが、なんだろう、この疎外感。
とりあえず、周囲の視線が痛いので早く移動したいのだけど。
それから数分後、ようやく立ち直ったイナバさんの装備を新調し、ボクたちは再び始まりの草原へと向かうのであった。
少し強引ですが、ここでタイトル回収を。
イベント編はもう一、二話挟んで、またのんびり回に戻ります。