お稲荷様と公式イベント②
今回はボス戦のみです。
蒼天の元、戦士達の雄叫びが轟いた。
剣戟の音が響き、矢が、槍が飛び交い、火球が炸裂し、氷柱が降り注ぎ、稲妻が疾走する。
ほんの数十分前までは初心者プレイヤーたちにとって最適な狩場であったのどかな草原は、今や百を超える強者たちが集う戦場と化していた。
そこかしこが煌めき、数多の魔法が飛び交うその中で、ボクたちは強大な敵――メカムートの後方へと回り込み、出方を伺う。
『ハッハー! そんな攻撃では、このメカムート君三号を倒すことなど不可能なのであーる! さあメカムート君三号よ、焼き払え! であーる!』
巨竜の頭上で上機嫌に笑うインウィディアが腕を振るうと、巨竜はその強大な顎を、地を振るわせる程の唸り声と共に大きく開け放った。その口内に光が集中する。
「まずい、全員散開し――」
咄嗟に前線にいた誰かが叫んだ瞬間、巨竜の放った熱線が扇状に前方を薙ぎ払った。
熱線が通り過ぎたあと、地面が真っ赤に融解し、爆発する。
うわあ、と背後でモミジが引きつった笑みを浮かべてそう漏らした。
無理もない。ざっと見て三十を下らないだろうプレイヤーたちが一瞬でその身を光に変え、消滅したのだから。
せめて後衛さえ無事ならば治癒術士の蘇生魔法で立て直せる可能性もあるのだが、あの攻撃範囲を見ると、諸共消し飛ばされてしまったようだ。
勿論、全員がレベル六十で、攻略組というわけはない。だが、少なくともあの敵に挑むことができるレベルのプレイヤーたちだったのだ。
さらに言えば、あの吹き飛ばされたプレイヤーたちの中には、国内でも数少ないプロゲーマーチームの姿もあった。
種族、職業、装備。全てにおいて最適化を行った彼らが一瞬で全滅するほどの攻撃を放つ、巨大なボスモンスター。いや、いくらレイド級とはいえやりすぎである。
幸いなのは、ここが町を出てすぐの場所であり、デスペナさえ考慮しなければ死に戻りからの再攻撃が可能な点と、登場時の台詞通り、あの変態が巨竜で町に進撃する様子がなさそうな点だろうか。
あれに本気で町に攻め込まれでもしたら、一時間も待たずに始まりの町は更地に変えられてしまう。
「とりあえず、どうする?」
祭りだー! と死に戻って早々巨竜に突撃し、巨大な尾の一撃で再度吹き飛ばされるプレイヤーの群れを眺めながらそう言うと、我がパーティ唯一のタンクはびくりと肩を震わせた。
その顔が言っている。まさか、あいつのタゲを奪えとか言わないよね? と。
まさか。ボクは肩をすくめた。
いくら何でも、そこまで無茶苦茶をいうつもりは毛頭ない。
「おそらく今回のこのイベント、運営はあくまでお祭りの一環としてあのボスを配置した可能性が高い。まあ何かしら特殊な勝利条件は設定されているかもしれないけどね。そもそも新規ユーザーを歓迎する為のイベントなのに、既存ユーザーがボスを倒したら終わりだなんて事はあり得ないだろう」
それこそ、新規プレイヤーの不満が爆発する事間違いなしである。
できる限り新規プレイヤーを確保したい運営側からすれば、そんな事態は一番避けたいはずだ。
そう説明しつつ、ふと見れば今度は巨竜の上で高笑いしていた変態が、どこから取り出したのか巨大な筒状の武器を構えて足元のプレイヤーたちに向かって何かを発射した。
爆発、轟音。
ふざけんな、なんじゃそりゃ、と悪態を吐きながら、また数人のプレイヤーが光になった。
今のはロケットランチャーだろうか。なかなか世界観を無視した攻撃だ。
だがそんな混沌とした場にあって、プレイヤーたちはどこか楽しそうだった。
デスペナにデスペナが重なり、もはやその辺の雑魚モンスターにさえやられてしまいそうなステータスになりながらも、武器を担いで突貫する者や、何をとち狂ったのか、上半身裸のパンツ装備で殴りかかる者まで出る始末である。本当に楽しそうで羨ましい限りだ。
と、話の途中だった。
誤魔化すように咳ばらいを一つ、また視線を三人に戻す。
「だとすると、まあ考えられるのは後々登場するボスの顔見せ、ギミックの紹介、予習、あとはまあ、貢献度に応じた報酬がイベント終了後にあるかも、といったところかな。見たところ別に町自体を攻撃して滅ぼしたりって事はなさそうだし、気楽に突っ込んで吹っ飛んでもいいと思うよ」
もしくは、興味があった他の職業に変更して、この機会に育ててみる、という事も可能だろう。
かく言うボクも、イベント後半はサブ職業に変更してプチメカムート狩りに勤しむつもりであるし。
そうして話し合った結果、せっかくだからみんなで一度やれるところまでやってみよう、という結論に至った。
「本当に申し訳ないんだけど、今回はタンクとしては期待しないでね?」
「ガチガチの攻略組でも無理なんだ、元々期待してねえよ」
「うへー、近接職って大変だなあ。私は後方支援でー!」
「とりあえず保険はかけておいたけど、一回だけしか効果はないからね」
選択したのは陰陽師がレベル六十で習得できる【泰山府君祭】というスキル。
その効果は対象のプレイヤーが戦闘不能になった際、一度だけその場で復活する事ができる、というものである。
蘇生魔法と違いあくまで先にかけておかなければならず、既に戦闘不能となっているプレイヤーには効果がない。
まあこの辺りは、治癒術士との差別化と、本来の泰山府君祭を意識してのものなのだろう。
この祭祀は小説や映画では死者を蘇らせる術として描かれることが多いが、実際は長寿を願うものであり、泰山府君というのも、人間の寿命を管理する地獄の王の一人なのだ。
閑話休題。
帯から扇を抜き放つと、こちらの有効射程範囲に収まるぎりぎりの距離まで接近する。
しかし、もっと見渡しのいい場所で戦いたいものだが、こうもプレイヤーが多いと贅沢も言っていられないな。 ボスの足元など、まるで満員電車のようである。
六本の黒い尻尾を前方に突き出す。 僅かに白くなった先端が発光し、甲高い音を響かせた。
「さて、まずは一当て」
スキル【雷獣】を使用。それぞれの尻尾から放たれた稲妻が、せめぎあうプレイヤーたちをすり抜けながらボスへと迫る。 ちなみに、このゲームにフレンドリーファイアは実装されていないので、同士討ちの恐れはない。
部分的に改造されているところから、ロボット系のボスだと判断して相性のよさそうな【雷獣】を選んだのだが、放った稲妻はボスの体表に命中した瞬間、小さな音とともに霧散してしまった。
やはり、それなりの対策はされているようだ。
続けざまに【鎌鼬】、【水虎】を放つも、結果は同じ。ダメージを与えられたようすはない。
さてどうするか、といったん距離をとったところで、ボスの頭上、変態が立っている場所よりさらに高くへと、何者かが飛び上がった。
「ひっさーつ、ハイパーイナズマキーック!」
現れたのは、ハーピー族のプレイヤー。
両手代わりの翼で羽ばたきながら、流星の如き飛び蹴りを巨竜の横っ面にお見舞いした。
これには流石に面食らったのか、巨竜が呻き声をあげながらほんの僅かに後退する。
おお! にわかにプレイヤー達が沸き立つ。
ついにハーピー族が飛行に成功した事に対しての興奮と、たとえ数ミリであろうとも、あの巨竜を後退させた功績に対する称賛が半々といったところだろうか。
真っ赤な髪を風になびかせながら、大空の英雄はふん、と鼻を鳴らし、胸を張った。
「どうよ! これが私の全力全開――ギャー!」
そしてその直後、地上から放たれた巨竜の熱線に飲み込まれて一瞬で蒸発する。
まあ、ボスの体力自体はミリも動いてなかったし、当然そうなるだろう。
ちなみに、このゲームにハイパーイナズマキックなるスキルは存在しない。
先程彼女が放ったのは、拳闘士が覚える【流星脚】という格闘スキルである。
しかし、とうとうプレイヤーが飛行に成功したか。これは、今後の戦略に革命が起きるかもしれない。
あのプレイヤーは、これから――主にガチ攻略勢たちに追いかけられて――大変だろうなあ。
あ、足元まで行ってたハヤトが蛇腹ですり潰されている。これで残機一だ。
『ぐぬぬ、メカムート君三号を僅かながらも後退させるとは、侮りがたし来訪者たちよ。しっかーし! ミーのメカムート君三号は水陸空、全てにおいてパーフェクトなのであーる!』
変態がぱちりと指を鳴らすと、巨竜が咆哮を上げると共にその翼を大きく広げ、辺りに嵐のような突風を巻き起こした。そして、その巨体が大空へと飛翔する。
その光景に目を丸くし、立ち尽くすプレイヤー一同。
そして察しの良い一部のプレイヤーたちは、次の瞬間にはもう動き出していた。
我先にと一斉に駆け出し、向かう先は飛び上がった巨竜の真下。彼らは巨竜が空中から、何かしらの範囲攻撃を打ってくると読んだのである。そして、往々にしてそういった攻撃の安全地帯は、ボスの足元にあることが多い。
そして、その予想は的中した。
巨竜の翼が雷光を纏い、周囲におびただしい数の雷を降らせたのである。
響き渡る雷鳴。地を割る程のその一撃は、地上にいるプレイヤーたちを余すことなく飲み込み、蹂躙した。無事であったのはあらかじめボスの真下に避難していた者たちと、ボスとの戦闘に参加せず、攻撃範囲外でプチメカムートの相手をしていた初心者プレイヤーたちのみであった。
そしてボクはどうなったのかといえば、勿論雷撃の直撃を受けて即死していた。
一応ボスの真下に移動しようとはしたのだが、妖術の射程距離ぎりぎりから攻撃を行っていたこともあり、さすがに見てからでは間に合わなかった。
だが、ボク自身にも先の【泰山府君祭】を使用していたので、すぐに蘇生し、立ち上がる。
できればもう一度かけておきたいが、さすがにMPの回復が追い付かないな。
あの範囲攻撃を連発されると非常に不味かったが、どうやらあの攻撃は一度きりのようで、しばらく滞空した後、巨竜はゆっくりと地上へと再び降り立った。その表情はどこか満足気である。
そしてその足元に、再び血気盛んなプレイヤーたちが群がった。
現状、ボスの体力には雀の涙程度の変化しか見られない。もし相手が回復系のスキルを持っていたら、ますますもって無理ゲーになってくるだろう。
一旦ボスの攻撃範囲外まで離れると、メインメニューを開いて現在の時刻を確認する。
時計の針は十二を少し回ったあたり。うーん、そろそろ昼休憩にしてもいいかもしれない。
ともあれ、このままログアウトしてしまうのもなんだか味気ないし、とりあえず死に戻りするまではやってみようか。
そうして扇を取り出すと、ボクはまた死地へと向かう。
ボクが死に戻りしたのは、それから五分ほど経過した頃であった。
ハーピー族はレベル六十に到達後、条件を満たすと飛べるようになります。
【流星脚】
一度飛び上がった後、対象に飛び蹴りを放つ物理攻撃スキル
モーションとしてはどちらかといえばラ〇ダーキック