お稲荷様と鬼退治②
大変お待たせ致しました(焼き土下座)
不定期にはなりますが、なるべく早く投稿できるようにしていきます。
さて、反省会である。
まさかタンクを失ったパーティがクリアできるはずもなく、揃って死に戻りしたボク達は再び羅城門に訪れていた。
イバラキの台詞どおり、敗北したら連れて行かれる訳ではないようだ。
どうやら防御スキルを使用していなかった事が、一撃で倒されてしまった一番の原因ではないかと、ハヤトはとても申し訳なさそうに言った。
いや、ボク達もまさか、あのスキルがカンスト間近のタンクを一撃で蒸発させるほどの威力だとは思ってもいなかったし、これに関しては仕方がない。
まだ詳しい情報が出ていないクエストだったのも、全滅した原因の一つと言えるだろう。
しかし、スキル以外の通常攻撃に関しては後衛職のボクでも一発は耐えられたので、あのスキルさえ凌いでしまえば、あとは何とかなりそうな感じではある。
ハヤトには、イバラキがスキルを使用するそぶりを見せたらすぐに防御スキルを発動させ、とにかく即死を避ける。モミジはなるべくハヤトの回復に回る様に打ち合わせを済ませ、いざリベンジである。
前回と同じ支援魔法を全員にかけて羅城門の橋を渡ると、再び頭上から影が躍り出た。
「懲りずにまた現れたか、来訪者よ。先程は取り逃がしてしまったが、此度はそう上手く逃げおおせると思うなよ」
金髪の鬼、イバラキが金棒を振り上げて雄叫びをあげる。
「今度こそ、守って見せる!」
ハヤトが腰から剣を抜き放ち、盾を構えて突進する。
先程の件で責任を感じているのか、後々コタロウやモミジにからかわれそうな台詞と共にイバラキに切りかかった。
こちらも手早く陣形を整え、側面に回り込んだボクは扇を唇に添えて、イバラキに向けてふっと息を吹いた。すると、吐いた息は次第に白煙へと変わり、ボク達の姿を覆い隠すように周囲に広がっていく。
妖狐族の種族スキルであり、敵の攻撃命中率を低下させる中級妖術【煙々羅】である。
「ええい、妖狐族の幻術か!」
苛立たしげに振り上げられた金棒が、淡い光を纏う。
それを見たハヤトが再び盾を構え、深く腰を落とした。全身を光が包み、防御スキルが発動する。
「【阿形の一撃】!」
先程ハヤトを一撃で屠った必殺の一撃が、裂帛の気合と共に振り下ろされる。
衝突。地面が揺れ、鈍い衝撃音が響く。舞い上がった土煙に、思わず目を細めた。
「おおお!」
ハヤトが叫ぶ。
盾を振り上げると、鬼の金棒は振り下ろされた時の軌道をなぞる様にして打ち払われた。
耐えきった。ハヤトのHPバーは、まだ二割を残している。
間髪入れずモミジが回復魔法を発動させ、減った体力を即座に七割にまで戻す。
そして、大技を放った後のイバラキは、まさか耐えられるとは思っていなかったのか、金色の目を見開いたまま、身動きが取れずにいる。やはり、あのスキルは威力が高い分、使用後の硬直時間が非常に長いのだろう。
その隙を逃さず懐へともぐりこんだコタロウの拳が、光りを放ちながらイバラキの脇腹へと深く突き刺さった。
「オラァ!」
怒涛の五連撃。いつぞやか見たスキル、【五連鉄拳】である。
こちらも負けじと【狐火】を放つと、イバラキの表情が目に見えて歪んだ。どうやら火が弱点属性らしい。金色の瞳がぎらりとこちらを睨み付けた。
だが、まだタゲはハヤトから動いていない。あまりヘイトを稼がないように意識しつつ、妖術で攻撃を行いながらモミジの傍まで後退する。
状況はかなり安定しているが、まさかあのスキルだけ警戒していれば勝てる程、このゲームのボスは甘くないだろう。
大きな変化があったのはそれから数分後、イバラキの体力を残り三割ほどにまで削った時だった。
舌打ちを一つ、イバラキはハヤトの攻撃を受け流しつつ跳躍、後ろへと大きく距離を取る。
乱れた金髪をかきあげて、彼女はどこか蠱惑的な笑みを浮かべた。紅色の唇から、熱っぽい吐息が漏れる。
「見事、誠に見事である。よくぞ妾をここまで楽しませた」
するりと彼女の手から金棒が滑り落ち、鈍い音と共に石畳に突き刺さった。
かんらかんらと鈴を振るような笑い声を響かせながら、イバラキはすっと空になった左手を掲げ、掌をこちらへと向ける。その仕草に、ボク達は半ば反射的に各々の武器を構えていた。
「しかし、これ以上長引いて厄介な連中に来られても困るのでな、早々に目当ての獲物を頂くとしよう」
そう言って彼女が掲げた掌を力強く握りしめると、ボクの足元に六芒星に似た文様が浮かび上がり、そこから荒縄が幾つも、まるで蛇の如く飛び出して、呆気にとられるボクの身体に瞬く間に巻き付いた。
――イバラキの【かごめかこめ】が発動
→タマモに【移動不可】、【スキル使用不可】、【アイテム使用不可】の効果
「タマモ!」
慌てた三人が叫ぶ。
随分ときつく縛られているように見えるが、このゲームでは痛覚の再現は行われておらず、精々が軽い圧迫感を覚える程度なので、見た目ほど苦しくはない。
しかし、荒縄で全身を拘束されるというのはなかなか、少々、これでも一応女子ではあるので、なけなしの羞恥心が刺激されなくもないのである。
で、あるので、早々にこの状況は改善して頂きたい。
「さてさて、これでお主は籠の中の鳥となった。ふふ、良き声で鳴いてくれそうじゃ」
ぐい、とイバラキが左手を引けば、じりじりとボクの身体が彼女の方へと動き出す。
これは不味いと思ったのか、それを見たハヤトとコタロウがイバラキに向かって駆けだした。
「タマモ、大丈夫!?」
ボクの傍まで駆け寄ったモミジが、巻き付いた荒縄をどうにかしようと両手で引っ張ったり、杖を差し込んで少しでも緩めようとするが、当然ながら荒縄はびくともしない。
恐らくは何か条件を満たさなければ解除されないギミックになっているのだろう。
可能性が高いのは、一定時間内にイバラキの体力を削り切る事なのだが――
「攻撃が、通らない!」
ハヤトが振り下ろした剣が、まるでそこに見えない壁でもあるかのように、イバラキの肌に触れる直前ではじき返される。コタロウの拳もまた同様で、二人はイバラキに一切のダメージを与える事が出来ないでいた。
と、なると、このスキルを解除する方法は何だ。
そうしている間にも、ボクの身体が徐々にイバラキの方へと引き寄せられている。
「何、恐れる事は無い。我等が城に連れ帰り、蕩ける程に愛でてやろう」
甘ったるい声をどこか遠くに聞きながら、ボクは思考を巡らせる。
時間内にボスの体力を削り切る事が条件ではないとすれば、正しい解除条件は何か。
先程から、モミジが何とか解除しようと荒縄と悪戦苦闘しているのを見ると、接触によって味方に受け渡せるタイプの状態異常ではない。
荒縄自体を破壊するタイプかとも思ったが、体力表示がされていないのでその線もないだろう。
いや、待て。
ほんの僅かな違和感を感じ、今までのログを確認する。
そうして一文字一文字、決してその違和感の正体を見落さないようにと目を通し、とうとうボクは〝それ〟に辿り着く。
かちり、とボクの中で何かがしっかりとはまる音がした。
「ハヤト、コタロウ、こっちに来てくれ!」
羅生門の真下、未だイバラキとにらみ合い、武器を振るっていた二人へ向けて声をあげる。
何事か、と振り向く二人の後ろで、イバラキが静かに目を細めた。
「スキル名がそのまま答えだったんだ、【かごめかごめ】ではなく、【かごめかこめ】だ!」
そう、僅かな違いから、てっきり童謡にもある【かごめかごめ】がそのままスキル名になっているものだと思い込んでいたが、あのスキルの名称は【かごめかこめ】、つまり【かごめかこめ】なのだ。
つまりは、籠の女を囲め。
そして対象のプレイヤーを他のプレイヤーがぐるりと囲めば、その光景はスキルの元ネタであろう【かごめかごめ】の遊びそのものとなる。
「なるほど、そういう事か!」
以外にも、一番早くボクの言葉の意味を理解したのはコタロウであった。
いまだに何のことかと首を傾げるハヤトの背を叩き、持ち前の俊敏さでさっとボクの傍まで駆け寄ってくる。
どうやらこのスキルを使用している間はイバラキ自身も動きを封じられるようで、こちらへと後退する二人への追撃はなかった。
そうして三人が集まると、丁度三角形を描くような形で、ぐるりとボクの周りを囲う。
足元の魔法陣が一層激しく輝き、甲高い、ガラスが割れるような音と共に、ボクの身体を縛っていた荒縄が砕け散った。 どうやら、ボクの推測は当たっていたらしい。
状態異常が解除された事を確認すると、三人に礼を言ってイバラキから距離を取った。
「妾の術を破るとはなんと小賢しい、ならば、これならばどうする!」
美しい顔を僅かに歪めながら、イバラキが再び左手を振りかざすと、そこからゆらりゆらりと金色の光が立ち昇った。明らかに、何かしらのスキルが発動する前兆である。
咄嗟にハヤトが盾を構え、前に出る。
さあ今度は何が来る、と身構えたところで、事態は思いもかけぬ展開をみせた。
閃光。
澄み切った鞘走りの音が響く。
「ぬ、ぬう……っ!?」
苦悶の表情を浮かべるイバラキ。
金色の光を纏った左腕が、ぼとりと羅城門の石畳を転がった。
小さくモミジが悲鳴をあげる。
「やれやれ、ようやく見つけたぞ、イバラキよ」
白い狩衣を纏い、腰に刀を差した、二十代半ば程であろう男。
己の左腕を切り落としたその男へ、イバラキは射殺さんばかりの鋭い視線を向けた。
「おのれヨリミツぅ! またしても邪魔だてするか!」
「無論だ。 貴様らこそ、そろそろ観念してはくれんか」
まさしく鬼の如き形相をみせるイバラキに対し、涼しい顔のまま男が答える。
そうして男が刀を構え、じりじりと彼女との距離を詰めはじめると、イバラキは舌打ちをひとつ、僅かながら穏やかになった顔をこちらへと向けた。
「無粋な邪魔が入った故、此度はここまでとしよう。そこな左腕は、褒美としてそなたらにくれてやる。 次はとくと可愛がってやる故、楽しみにしているといい」
魔性の笑みを浮かべ、イバラキは大きく飛び上がり羅生門の向こうへと姿を消した。
「ええい、逃がさんぞイバラキ!」
未だに立ち呆けたままのボク達には目もくれず、男はその後を追ってさっさと走り去っていく。
はあ、と誰ともなく息を吐いた時、戦闘の勝利を知らせるファンファーレが鳴り響いた。
経験値と共に得られたのは、【鬼の左腕】というクエストアイテム。
【羅城門の鬼】クエスト自体の報酬は、冒険者ギルドに戻ってからの受取となるようだ。
「え、あれで終わり?」
どこか間の抜けた、モミジの声が木霊した。
戦闘描写が苦手なもので、お見苦しければ申し訳ありません。