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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-I 始まり
20/103

お稲荷様と陰陽師

今回、主人公の性別を明記してます。ご注意下さい。


 ふわりふわりと目の前に浮かぶ折り鶴に案内さながら、都をマス目状に区切るように走る、幾つもの道の一本を北へ北へと進んでいく。

 変わりゆく風景を眺めながら歩いていくと、やがて小川にかかる小さな橋が見えてきた。

 心地よいせせらぎに耳をぴくりと動かすと、ぎしりと音を立てながらその橋へ足を乗せる。

 そして橋の半ばまで来た途端、筆先で肌を撫でられるような感覚に襲われ、反射的にボクは身体に纏わりつく何かを払うように袖を振っていた。

 だが、周囲には誰の姿も無く、川辺に草花が揺れるばかり。

 毛を逆立て、ハリネズミのようになっていた尻尾を撫でて落ち着かせると、小首を傾げながら改めて橋を渡る。

 ふとその柱に目を落とし、そこに刻まれた『戻り橋』という文字を見て、ボクは静かに納得するとまた視線を前へと戻した。

 

 そうしてまた歩いていくと、やがて白漆喰の塀に囲まれた、立派な屋敷が見えてきた。どうやら、ここが目的地のようである。

 ボクが屋敷の傍まで来ると、折り鶴はひと際高く飛び上がり、その塀の向こうへとふわりふわりと飛び込んでしまった。

 

「やれやれ、どうせなら最後まで案内してくれればいいのに」


 気まぐれな案内人を見送って、塀を辿り門へと向かう。

 するとどういう訳か、ボクが門の前に立った途端に、まるでこちらを迎え入れるかのように門がひとりでに開き、ほんのりと花の香りを含んだそよ風が頬を撫でていく。

 その先には桜のかんざしを差した、着物姿の女性が一人。

 

「タマモ様でございますね。お待ちしておりました」


 女性はボクと目が合うと、そう言ってしずしずと頭を下げた。

 

「貴方がこの屋敷の主かな?」


「いえ、私は貴方様を迎えるよう申し付かった者です。どうぞ、我が主が奥でお待ちです」


 ゆっくりと視線をあげて微笑むと、彼女はそっとボクに背を向けて歩き出す。

 その背中を追いながら、ふと前方から流れてきた甘い香りに首を傾げた。

 この香りは、先程門が開いた際に感じたものと同じものだ。あの時はてっきり庭に咲いた花の香りだと思っていたが、それが何故彼女の方から香ってくるのだろうか。

 

 そんな事を考えながら案内された先には、一人の男がいた。

 傍に数人の美女を侍らかせ、その一人の膝に頭を乗せてのんびりと寝息を立てている。

 

「くつろいでいるところ失礼する。ボクはタマモ、呉服屋のクズノハという女性から話を――」


「いや、申さずともけっこう。やれやれ、あのお人の気まぐれも困ったものだ」


 頭を下げる女性達へ目礼を返しながら男へ歩み寄ると、目の前で寝ていた男が、やれやれと肩をすくめながらボクの脇を抜けていった。ボクの後ろ(・・・・・)から。

 目の前にいる男に後ろから声をかけられるという、人生初めての経験に呆気に取られていると、眠っていた男の姿がふっと消え去り、その場には一枚の紙きれだけが残されていた。

 人の形に切り取られた紙に、何やら呪文のような文字が書かれている。


「おお、式神か」


「いかにも。なかなか便利でね、身の回りの世話などをさせている」


 式神とは、陰陽師が使役する鬼神、あるいは精霊とも言われている。西洋でいえば使い魔に近い存在だ。

 尋ねてみれば、先程ボクを案内した女性も式神で、花の精なのだとか。どうりで、彼女から花の香りがしたわけである。

 

「クズノハ様の文を読んだが、陰陽道を学び、陰陽師になる為に海の向こうからやってきたのだとか。来訪者とは、随分と奇なる(かわった)者達なのだな」


「なかなか手厳しいですね。己の知らぬ事を知りたい、成りたいというのは、それほど道理に反していますか?」


 どかりと床板に座り込み、まるで値踏みでもするような視線を向けてくる男の態度に少しむっとして、あえて棘のある言葉を返してみると、男は僅かに眉をあげ、ふっと笑った。


「おっと、これは失礼。見目麗しい姫君を前にして、口が軽くなったようだ」


「口説いているつもりなら、ボクはすぐに屋敷を出て、事の顛末をクズノハさんに伝えるべきだと思うのだが?」


「それはご勘弁を」


 ぽん、と男が軽く手を叩くと、屋敷の奥からまた別の女性がやってくる。

 男はその女性から巻物をひとつ受け取ると、すっとこちらに差し出してきた。

 その顔に、先程までの軽薄さは微塵もない。

 狐のような細い瞳が、白刃のような鋭さを湛えてこちらを見据えていた。


「まずは、この書に記されたものを学ばれると宜しい。これを習熟された後、また来られよ」


 水を打ったような静けさの中、ゆっくりと巻物を受け取る。

 ずしりと重いその巻物を開くと同時に、目の前にシステムメッセージが流れていく。


――クエスト【クズノハの手紙】をクリアしました。

   職業【陰陽師】への変更が可能になりました。

   職業はメインメニューから変更できます。


――職業クエスト【陰陽五行の理】を受理しました。

  

 どうやら、クズノハさんから受けたクエストはこの時点でクリア扱いとなるらしい。

 そして、何より驚かされたのは、その報酬であった。


 職業【陰陽師】への変更が可能になりました。


 その一文を再確認した瞬間、ボクはメインメニューから職業を選択し、今まで空欄だったそこに、すぐさま陰陽師をセットした。すると、使用可能なスキルの一覧に、陰陽師の初期スキルらしい【九字】というスキルが追加されていた。

 その効果は、対象の物理、魔法防御力の上昇。よくある補助魔法(バフ)で、上昇する数値に関しては、使用者の知力値に依存するらしい。そして、その効果は他の魔法と重複しない。

 モミジの補助魔法にお世話になる事が多い身としては、なかなか微妙な魔法である。


 続いて発生した職業クエストの内容は、属性が異なるモンスターを五体倒せ、というもの。

 どういう事かと巻物を開けば、そこには相関図のものが記されており、こちらの属性はあちらの属性のものに弱い、といったような事が書いてあった。

 陰陽道でも割とメジャーな、木火土金水の五行思想である。


「えっと、ありがたく、頂戴します」


「うむ。他でもない我が母からの願いだ、無碍にする訳にもいくまいよ」


 いつの間に用意したのか、小さな盃を手に、庭先に咲き誇る桜の花を眺めながら、男が言った。

 母、である。クズノハさんが母というその言葉に偽りが無く、ボクがあの橋(・・・)を渡った時から抱いていた予想が確かならば、やはりこの人は――


「そういえば、まだ貴方の名前を訊いていませんでしたね」


 ボクがわざとらしくそう言うと、男は薄く笑みを浮かべ、くっと酒を飲み干した。

 

「私の名は、セイメイという。まあ、その様子だと知っていたようだが」


 それからボク達は縁側に腰かけながら、陰陽師達が操る術や、この都の事など、様々な話に花を咲かせた。

 曰く、都にそびえ立つお城の傍に陰陽寮というところがあり、国に雇われた陰陽師達は、毎日そこで星を読んだり、吉凶を占ったりしているそうだ。

 いわば、陰陽寮とは他国で言うギルドのような扱いであり、ボクも近いうちにそこへ赴き、きちんとした手続きを行わなければならないらしい。


 そう言った話の中でわかったのだが、セイメイさんは妖狐族と人間族のハーフで、特に人間族の血を濃く引き継いだのだとか。狐の耳や尻尾が無いのは、それが理由だ。

 しかし、何せ母親があの九尾、クズノハさんである。血が薄いとはいえ、普通の人間とは比べものにならない程の妖力を受け継ぎ、それが陰陽師となった今大いに役に立っているらしい。

 この話は、恐らくはセイメイさんの元ネタである、安倍晴明の出生にちなんでのものだろう。


「ふむう、しかしわからんな。なぜ(おのこ)のふりをしておる」


 だが、どうにもあの奔放な部分も受け継いでしまったらしく、話している際も時折こうして絡んでくる事が多々あった。

 

「ふりはしていない。周りが勝手に男だと思い込んでいるだけです」


「ふふ、よく申したものだ。まあ、見たところ一人旅であろうし、事情はお察しするが」


 ちなみに、なぜセイメイさんが一目見ただけで、ボクが女である事を見抜けたのかと訊いてみれば、魂の形を見たから、らしい。

 まあ、ボクも元々こうだった訳ではないのだが、余り話したくない内容であるので、ここでは黙秘させて頂く。

 そうして夕日が辺りを赤く照らし始めた頃、そろそろお暇しますと告げると、来た時と同じく、花の香りを漂わせる女性が現れて、しずしずと頭を下げた。


「ああ、そうであった」


 女性の背を追って、屋敷を後にしようとしたところで、背後から声がかかる。


「陰陽師としての道をゆくならば、〝ドウマン〟という者には用心することだ。鬼に喰われたくなければ、な」


 その言葉を最後に、セイメイさんは庭の桜へ目を向けて、黙り込んでしまった。

 ゲーム的に考えれば、確実にフラグである。

 セイメイときて、ドウマンとくれば、だいたいどういった立ち位置になる人物なのかは予想が付くというものだ。

 確実に、その人物と厄介な因縁でも出来るのだろうなあ、と辟易しつつ、屋敷をあとにする。

 

 やがて件の『戻り橋』まで来ると、ちょいとその橋の下を覗き込んでみる。

 夕方で薄暗くなっていたそこにじっと目を凝らすと、やがて何者かの影が見えてきた。

 そこには、腰布を巻いた小鬼が二匹、ぎいぎいと唸っていた。

 赤と青の、ボクの腰ほどの背丈の小さな鬼である。

 はじめに渡った時の正体は、この小鬼だったのだ。大方、セイメイさんが使役している式神だろう。

 誰かが橋を渡ると、この小鬼がセイメイさんに知らせるような仕組みになっているのだ。

 ボクが手を振ると、二匹の小鬼はびくりと肩を震わせて、橋の柱の陰にさっと隠れてしまった。案外恥ずかしがり屋らしく、見かけによらず可愛らしい連中である。

 そんな式神の様子にくすりと笑みを漏らすと、改めて橋を渡る。


 すれ違ったプレイヤーが、橋の中ほどのところで不思議そうに首を捻っていた。

ちらっと出てた伏線に関しては、twitterやら活動報告に載せるかもしれません(希望があれば)

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[一言] も・・・もしやどぅまん?!
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