お稲荷様と初ログイン
今更ながらビビッと来たのでVRMMO物。
プロットもなく、書き貯めも無い状態でのスタートとなりますのでご了承を。
趣味全開ですが、気に入って頂けると幸いです。
――TheAnotherWorld
本日サービスが開始された、最新のフルダイブ型VRMMORPGである。
“異世界へようこそ”というキャッチコピーと共に発売され、これまでのどの作品よりも美麗なグラフィックと、無限のカスタマイズが可能とまで言われたキャラクリエイト、スキルシステムが話題を呼び、そのベータテストに参加していたプロゲーマーに『今までのフルダイブ型MMOとはケタが違う』とまで言わしめた話題作である。
そして、子どもの頃から幾つものフルダイブ型VRゲームに手を出していたボクが、それに興味を示すのは火を見るよりも明らかであった。
幸いなことに、運よく予約する事に成功したボクはサービス開始と共に早速インストールし、事前に登録しておいたキャラクターデータを使い、ゲームを開始する。
意識が電脳空間へと沈んでいく感覚。 一瞬の暗転の後、目の前には異世界が広がっていた。
―始まりの街≪アイン≫
目の前に広がる石造りの街並みに、ボクは思わず息を呑んだ。
フルダイブ型のVRゲームは幾つも経験してきたが、やはりこの初ログインの感動だけは何度味わっても格別である。
見渡せば、どうやらここは広場のようで、中心では円形の噴水が涼し気な水音を響かせていた。
さらにサービス開始直後だからか、広場のそこかしこで光と共にプレイヤー達が現れ、まるでお祭りのような賑やかさを見せていた。
「まあ、ボクはのんびりやらせてもらおうかな」
右手の中指でとんとん、と虚空を叩きメインメニューを表示させると、基本的なステータスや装備品、所持品を確認する。
プレイヤー名:タマモ
種族:妖狐族 Lv1
職業:無し
所持金:3000G
【装備】
武器:初心者用の呪符
頭:無し
胴:質素な狩衣
脚:質素な袴
足:質素な草履
装飾品:無し
【スキル】
初級妖術【狐火】
【所持品】
傷薬×3
妖狐族とはその名の通り狐の耳と尻尾を持つ獣人で、魔法関係の適性が高い反面、剣などを扱った物理攻撃が少し苦手な後衛向きの種族である。
このゲームには他にも猫の特徴を持つワーキャットや、ファンタジー作品ではお馴染みのエルフやドワーフなど、様々な種族が登場する。
職業に関してはまだスタート直後なので登録されていない。
これに関しては各職業に対応したギルドにて取得することが出来る。
「まずは冒険者ギルドを探そうか。もしかしたらおいしいクエストとかあるかもしれないし」
メインメニューを閉じ、広場から出る。
そういえば、この街の地図も買わないといけないな。一番始めの街とはいえ、場合によっては長くお世話になるかもしれないのだし、買っておいて損はない。
最優先事項を冒険者ギルドから道具屋に変更しつつ、町中をゆく。
スタートダッシュを決めようと急いでいるのか、やたら慌ただしく走っていくプレイヤーたちを横目に眺めながら、ぶつかってはたまらないとボクは一人、道の隅っこをのんびりと歩いていた。
「随分と危なっかしいな。まあ、急ぐ気持ちもわかるけど」
待ちに待ったサービス開始日だし、気が急いてしまうのは仕方がないのかもしれない。
さらにはこんなにも美しい世界なのだ。もっと見たい、もっと味わいたいと思ってしまうのはもはや本能と言ってもいい。とはいえ、本能のまま動いてしまえば、それは獣とさして変わらないのであるが。
ため息を吐きつつ、また一人血相を変えながら走っていくプレイヤーを見送ったとき、ボクはその進路上に小さな女の子が立っている事に気が付いた。
女の子は何やら手元のメモ書きのようなものと睨めっこをしている最中らしく、走ってきているプレイヤーに気が付いていない。
ああ、あれはぶつかるな。
ボクがそう思った矢先、女の子とプレイヤーが接触した。女の子が小さく悲鳴をあげ、弾かれるように地面に転がる。
走っていたプレイヤーの腕が接触した程度であったので、頭や身体を強く打つような倒れ方にならなかったのは、不幸中の幸いと言えるだろう。
「危ないだろ、気を付けろ!」
テンプレートな捨て台詞を吐きながら、ぶつかったプレイヤーはまるで何かに追いかけられているかのように、顔を真っ赤にして走り去っていく。
倒れた後、未だに蹲って起き上がる様子がない女の子を一瞥すらしないその態度に、思わず舌打ちを一つ、もやもやとした気持ちを振り払うように頭を振り、女の子の元へと歩み寄った。
「災難だったね、大丈夫?」
その場に膝をつき、女の子のさらりとした栗色の髪を撫でる。そしてその服装を見やり、やはりな、と確信した。
もしかしてと思ってはいたが、この子の装備はプレイヤーがゲーム開始時点で装備しているものとは大きく異なる。まだサービス開始から二十分も経過しておらず、どれだけ急いだとしても、現時点で初期装備以外のものを入手する事は至難の業だ。
つまり、この子はプレイヤーのアバターではなく、この世界の住人、NPCという事になる。
恐らくは先ほどのプレイヤーも、この子がNPCだとあたりを付けていた為にあんな態度だったのだろう。
だからといって、小さな女の子にぶつかっておいてあの態度をとれるのは、なかなか出来る事ではないが。
「ぐ、ぐす、い、いたいよお……」
大きな瞳に涙を浮かべ、女の子はその小さな手で自身の膝を押さえていた。
確認すると先ほど倒れた際に膝を擦り剥いていたようで、膝小僧から赤いエフェクトが発せられている。簡略化されている為わかり辛いが、このゲームにおける出血、ダメージエフェクトだ。
それを見てほんの数秒思考を巡らせた後、ボクは再びメインメニューを操作する。
所持品欄から取り出したのは、初期装備として配布されていた【傷薬】というアイテムで、コルクで栓をされた、理科で見るような円形のフラスコ中に青色の液体が波打っている。
ふむ、これは飲むのか、それとも患部にかけるのだろうか。
インターフェースを操作し、詳細覧を確認する。
【傷薬】
服用することで体力を少量回復する。
再使用可能時間5分。
良薬は口に苦し。
服用とあるので、どうやら飲み薬らしい。最後の一文を合わせて考えると、まず間違いないだろう。
栓を開け、女の子に差し出してみれば、先程の出来事が尾を引いているのだろう、女の子は肩をびくりと震わせて、涙をためた瞳で恐る恐るこちらを見上げてきた。
「これを飲んで。ちょっと苦いかもしれないけど、我慢できるよね?」
なるべく怖がらせないように意識すると、自分でも驚くほど柔らかい声が出た。
うちは一人っ子なので、こういった小さい子の相手をするのは初めてかもしれない。妹がいると、こんな感じなのだろうか。
女の子は少しの間ボクと【傷薬】を見比べた後、おっかなびっくりといった感じでビンを手に取り、ぐいとそれを呷った。
「あっ、そんなに勢いよく飲んだら――」
「っー! っー!」
慌てて制止しようとするも、時すでに遅し。案の定、顔を青くして悶絶し始める女の子。
どうやら、“良薬は口に苦し”というテキストに偽りはなかったようだ。
しかしその効果はてき面だったようで、赤くなっていた膝小僧は、見る見るうちに元の健康的な肌色を取り戻していった。
少女の手を取って起き上がらせると、汚れていたスカートを軽く払う。 他に怪我もなさそうなので、これでもう大丈夫だろう。
ほっと一息つくと、少女の髪をもう一度撫でた。
「もう痛いところはないかな?数日はああいった手合いが多いだろうから、しばらくは道の端を歩くことをお勧めするよ」
特に明日は日曜日だ。ログイン祭りのピークは過ぎるだろうが、それでも相当な人数のプレイヤーが駆け込んでくるだろう。
皆が皆ああいった配慮の足りないプレイヤーではないだろうが、あの類の人災は、残念ながら周りの人間が気を付けるしか防止する方法はない。連中に、自身の行いを悔い改める神経など通っていない。
まあ、なんにせよ、注意しておいて損はないだろう。
「じゃあ、ボクはこれで……?」
少女の怪我も治ったし、さて道具屋探しを再開しようと歩き出そうとした途端、僅かに袖を引かれる感覚にボクは思わず足を止める。
いったい何だと振り返れば、先ほどの女の子が狩衣の袖を指先でちょんと抓んでいた。
「えっと、何かな?」
「あの、お狐、さん、えと、あの……ありがとう、ございます。」
そう礼を言って上目遣いで見上げてくる女の子。
涙で潤んだ大きな瞳はまるで可愛らしい小型犬を連想させ、こちらの庇護欲をがつんがつんと刺激してくる。 思わずくらりとする頭を振って正気を引き戻すと咳払いをし、改めて少女の前で膝をついた。
「お礼はいいよ、ボクが勝手にやった事だからね」
「えと、その」
大きな瞳を右へ左へ忙しなく動かしながら、女の子は恐る恐ると言った風にそれを差し出す。
二つに折られた小さなそれは、女の子がプレイヤーとぶつかる直前まで睨めっこを続けていた物であった。
「これは……?」
何のつもりかと目を細めた途端、頭の中に音叉に似た音が響くのと同時に、目の前にシステムメッセージが開いた。
―クエスト【はじめてのおつかい】を受理できます。受理しますか? YES/NO
これはまた、突発的な。
恐らくは、女の子を助けた事でフラグが立ったのだろう。
特に断る理由もなし、差し出されたメモと女の子に数度視線を向けた後、YESを選択する。
―クエスト【はじめてのおつかい】を受理しました。破棄するには対象NPCへの申告が必要です。
差し出されたメモを受け取り開くと、そこには幾つかの品名と数字が並んでいた。
「ふむ、ニンジンに玉ねぎ、じゃがいも……トサカドリのもも肉というのは聞いたことがないな」
まあ名前から考えるに、ニワトリに近いものだろう。
いかにも“初めてのおつかい”といったメモ書きに、思わず笑みが漏れる。
と、メモの向こうから感じる視線に目をやると、先ほどの女の子が少し心配そうな瞳でこちらを見つめていた。
「あの、お母さんにお願いされて、でも、お店がわからなくて……」
成程、それで道の真ん中でメモと睨めっこをしていたわけだ。
放っておくとまた泣き出しそうだったので優しく頭を撫でてあげると、女の子はくすぐったそうに目を細めた。
「ボクもこの街に来るのは初めてだから、果たして役に立てるかはわからないけど、まあ、一緒に探してみようか」
「うん!」
ボクが手を差し出すと、女の子はぱっと笑顔を咲かせて、その手をぎゅっと握る。
この短時間で随分と懐かれたものだが、しかしまあ、悪くない。
「じゃあ宜しくね。えーっと……」
そういえばまだ名前を訊いていなかったな、と苦笑し、女の子を見る。
「シア!シアっていうの!」
「シアちゃんか、ボクの名前はタマモ。改めて宜しくね」
きっかけはあまり良いものではなかったけれど、ボクはきっとこのゲームを好きになれるだろう。
そんな小さな確信を胸に、ボク達は市場を目指し歩き出すのだった。
少し短いですがここまで。
主人公の性別が明記されていないのは意図的なものです。
2017/10/07 初級呪術【狐火】を初級妖術【狐火】に変更
2018/04/30 一部修正