お稲荷様と呉服屋さん
―日出ずる国≪ジパング≫が解放されました。
詳細は公式ホームページにてご確認下さい。
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―新たなエリアの開放に伴い、【来訪者の石碑】が利用可能になりました。
これにより、各都市に設置された【来訪者の石碑】間での移動が可能になります。
【来訪者の石碑】
各都市に設置された石碑。
神の加護を得た来訪者のみ使用可能。
使用すると、一度訪れた事がある都市へ瞬時に移動できる。
このゲームを始め、その世界の美しさに目を奪われたのはこれで何度目だろう。
左右に立ち並ぶ瓦屋根に、美しい純白の漆喰壁。
町中を流れる川には赤いアーチ状の橋が架かり、河川敷に並んで咲く満開の桜の木から、はらはらと花弁が舞い落ちる。
そして遠くに望む、白塗りの天守閣。
現代の日本には存在しない美しい街並みが、そこにはあった。
夢にまで見た、というのは大袈裟だが、それほどまでに待ち焦がれた光景にボクは立ち尽くす。
船の上では船夫達が積み荷を降ろしながら、いやはや助かった、生きた心地がしなかったよ、などと互いの無事を祝っている。
ああ、そういえば、スケルトンキャプテンを撃破した際の戦利品は、奴が装備していた曲刀だった。
アイテム名は【パイレーツカトラス】、筋力にプラス補正がかかるようだが、正直ボクには無用の長物だ。
モミジ達も同じ物だったか確認を取ったところ、モミジは【呪いのしゃれこうべ】という素材アイテム、コタロウはボクと同じ【パイレーツカトラス】だった。
ちなみにハヤトは【スケルトンの骨片】のみ、ハズレアイテムである。
ボクが手に入れた分をハヤトに譲ろうか、という話をしたのだが、コタロウの分を使うのでそちらは売却して軍資金にしてくれ、と押し切られてしまった。
「ターマーモー!」
一足先に船を降りたモミジが呼ぶ声に、惚けていた意識が引き戻される。
慌てて船を降りると、そこには呆れたように笑う三人と、何やら話し合いを行っているグラム達の姿があった。
どうやら他のプレイヤー達は、すでに街の探索に向かってしまったようだ。
「タマモ、遅いー!」
「はは、申し訳ない。少し感慨深かったから、つい」
頬を膨らませるモミジに軽く頭を下げると、着物姿の町人たちが肩に荷物を担いで走り回ったり、荷車を引いて歩く姿を眺めながら街へと向かう。
実際に歩いてみて、現代では殆ど現存しなくなった古き良き街並みに、改めて声が漏れる。
まるで時代劇の中に迷い込んだような、不思議な感覚。
そうして歩いていると、大通りにずらりと並ぶ暖簾の列がふと目に入った。
暖簾の中心には家紋のような印があり、その脇には店名であろう〝葛葉屋〟の文字が。
ちらりと中の様子を伺ってみると、どうやら呉服屋らしい。
引き寄せられるように暖簾をくぐると、店内には色鮮やかな着物の数々がずらりと並んでいた。
はあ、と思わず声が漏れる。
「へえー、タマモって着物とか好きなんだ」
ボクに続き入店したモミジが、店内の着物を眺めながらそう零した。
少し気恥ずかしいが、こればっかりは仕方がない。祖母の影響で、子どもの頃からこういった物には目が無いのだ。
「あ、わかる気がする。うちのおばあちゃんも着物好きで、お祭りの時とかよく着付けして貰ってたんだー」
そんな風な事をモミジに伝えれば、彼女はどこか懐かしむような笑みを浮かべながらそう言った。
「おや、同族の来訪者とは、これはまた珍しいでありんすねえ」
そうしてモミジと店内を眺めていると、背後から艶っぽい声が響く。
何者か、と振り向けば、その姿にボク達二人は息を呑んだ。
そこにいたのは、赤い着物を胸元まではだけさせ、唇に紅を塗った美しい妖狐族の女性だった。その金の髪は幾つものかんざしで彩られ、肌は透けるように白い。
そして何より驚かされたのは、その尾の数である。
ボクのものよりもふさふさで、大きな尾が九本、女性の後ろでゆらりゆらりと揺れていた。
思わず言葉を失うボク達を見て、女性が口元を袖で隠しながら、頬を朱に染める。
「そんなに見つめられると、わっちも照れてしまいんす」
「あ、ご、ごめんなさい!」
顔を真っ赤にして、凄い勢いでモミジが頭を下げる。
そしてボクはというと、無意識のうちに四本の尻尾を狩衣の袖で隠すように抱え、モミジに続いて小さく頭を下げていた。
おやおや、と女性は目を丸くすると、ボクの手をすっと握り、ふわりと微笑んだ。
「何を隠すことがありんしょうか。その若さで四尾に至ったのなら、たいしたもんでありんす。もっと胸を張りなんし」
NPCとはわかっていても、見惚れる程の美貌を前に上手く言葉が出ない。
女性は最後にボクの頭を一撫ですると、相も変わらず目を白黒させるモミジの方へと歩み寄り、未だ真っ赤なままの彼女の顔を見て、またころころと笑った。鈴の音に似た、心地よい笑い声が響く。
「これはまた、初心な女子達でありんすねえ。見たところ来訪者のようじゃが、この国は初めてかえ?」
「は、はい。私達、今来たばっかりで……。あ、私はモミジっていいます」
「ボクはタマモ。先程は、大変失礼しました……」
「いやいや、気にせんでくんなまし。わっちはクズノハ、ただの年寄り狐でありんすが、この国で知りんせん事はたった一つもありんせん。何か尋ねたい事があるなら、遠慮なく言いなんし?」
クズノハ、と名乗った女性の言葉に、耳がぴくりと反応する。
顔を覗き込まれたモミジはうっと言葉を詰まらせて一歩下がると、やがて意を決したようにクズノハさんの瞳を見つめた。
「あ、あの――」
そして、恐る恐るといった風に口を開く。
「尻尾、触らせてもらってもいいですか!?」
一つ、二つ、きっかり三つ。
時が止まったような静寂を打ち払い、腹を抱えたクズノハさんが弾けるように笑う。
そして、モミジは事態が飲み込めないのか、また視線を右往左往させはじめる。
そんな二人の様子を見て、ため息を一つ。
どうにも、ボクの尻尾を触ってからというもの、どうやら癖になってしまったようで、たまにボクの方にも撫でさせてくれないか頼み込んでくるようになってしまった。
自分で触ってみて、確かにこれは犯罪的な手触りだと思いはしたが、純粋な少女の性癖を歪めてしまったのではと、時折不安になる。
そうして一通り笑った後、目尻に浮かんだ涙を拭いながら、クズノハさんは快くモミジの願いを叶えてくれた。現在モミジは波打つ九尾に囲まれながら、正しく幸せの絶頂といった顔をしている。
「ふふ、ほんまに来訪者の人は変わっていんすねえ」
「なんというか、ご迷惑をおかけして申し訳ない」
「いやいや、こんな尻尾でよかったらいくらでも。それで、聞きたい事とはなんでありんしょう」
また溜息を一つ、ハヤトやコタロウが見たら確実に雷が落ちるであろう光景から目を背けると、座敷に座る彼女に促されるまま、その隣に腰を下ろす。
そうすると自然とボクの尻尾も彼女の隣に並ぶわけで、九尾と四尾で合計十三本。
それを目にしたモミジが耳を疑うほど気の抜けた声を出した気がするが、きっと気のせいだと思いたい。
「実は、ボクは陰陽師になるためにこの国にやってきたのですが、その為にまずどこへ向かえばよいのか、もしご存じなら教えて頂きたいのです」
ボクがそう尋ねると、彼女は嬉しそうに手を叩いた。
「なんと、タマモは陰陽道を学びに来んしたか。それならば、わっちに任せてくんなまし」
そう言うとクズノハさんは懐から矢立という、携帯用の筆と紙を取り出し、すらすらと文をしたためて、ふっと息を吹きかける。
すると不思議な事に、ただの紙だった筈のそれがひとりでに動きだし、小さな折り鶴の姿になってふわりと浮かび上がった。
――クエスト【クズノハの手紙】を受理しました。
破棄するには、対象NPCへの申告が必要です。
「この鶴が、ある者の元まで案内しんす。きっと、タマモにとっても良き縁となるでありんしょう」
「凄い、これは妖術ですか?」
「ふふ、まあそんなものでありんす。さて、ぬし達はそろそろ帰りなんし」
金色の尻尾が波立ち、いまだその手触りを堪能していたモミジの両手からするりと抜け出す。
ああ、とモミジが残念そうな声をあげるのを見て、クズノハさんが困ったように笑った。
「わっちは日にいちどはこの店に顔を出していんすので、気が向けばまた遊びに来てくんなまし」
「はい、是非また寄らせて頂きます」
ひらひらと手を振るクズノハさんに頭を下げ、店を後にする。
外に出てみれば、先程の折り鶴がくるくるとボクの周りを回って、ある方をそのくちばしで指し示した。
それを見て、表で待っていた二人がぎょっとする
「ようやく出てきたと思ったら、早速クエストでも受けたのか」
「うん、陰陽師絡みで、ちょっとね。詳細は歩きながら話すよ」
「へえ、それは幸先が良いね。で、モミジはなんでこんなに嬉しそうなの?」
「えへへー、聞いて聞いて、実はねー……」
クズノハという名前のNPCと出会った事、その人が九尾の妖狐族である事、そして、この店に度々顔を出すと言っていた事。
ハヤト達二人は半ば呆れがちに、モミジの身振り手振りを交えた話に耳を傾けていた。
そうして一通り聞き終えると、ハヤトが顎に手をやり、興味深そうに考え込んだ。
「ううん、話を聞いた感じだと、タマモが受けたクエストの他にも色々とイベントがありそうだね。とりあえず、この話はまた掲示板に書き込んでおいても構わないかな?」
「勿論。念のため、後で内容を纏めたものをメッセージで送るよ」
ジパングが解放された直後で、店内にボク達以外のプレイヤーが見当たらなかった以上、このクエストを受けたのはボクが初めてになる可能性が高い。
他のプレイヤーの助けになるよう、なるべく正確に、細かく書き出しておいた方がいいだろう。
さて、それはそれとして、まずはこのクエストを進めなければ。
念願の陰陽師まで、あと一歩。これが済めば、晴れて無職の汚名返上である。
ああ、早く、早くクエストを進めてしまいたい。
「あはは、居ても立っても居られないって感じだね」
そんな考えが顔に出ていたのか、ハヤトにそう言われてはっと我に返り、かあっと顔が赤くなる。
いやはや、ボクとしたことが、がらにもなくはしゃいでしまった。
「す、すまない。何せ、発売前から楽しみにしていた職業なだけに、興奮してしまって……。その、本当に申し訳ないのだが、ボクはここでパーティを抜けさせてもらってもいいだろうか?」
「勿論オッケーだよ。早く陰陽師になって、一緒にパーティ組もうね!」
「これで無職卒業だな。早く職業レベル上げろよ?」
身勝手な申し出ではあったが、三人は笑顔でそれを許してくれた。
またこの埋め合わせはしないとなあ、と改めて申し訳なく思いながら礼を言い、折り鶴が示す方へと歩き出す。
暖かな風に吹かれて、桜の花びらが晴天へと舞い上がっていった。
今回システムメッセージを、前書きに置かせて頂きました。
長々と申し訳ありません。
そして廓言葉が本当に難しい。
所々間違えている可能性があります。