お稲荷様とボスバトル
果てしなく広がる大海原。
現実世界でもそうお目にかかれない美しい光景に、思わず目を奪われそうになる。
しかし、船に乗る約三十名のプレイヤー達に、その光景を楽しむ余裕などなかった。
貿易都市ドライを出て三十分程経った頃、ついにモンスター達との戦闘が始まったのだ。
それは、黒い霧のようなものを纏って現れた。
ぼろぼろの帆に、へし折れたマスト。船体には巨大な傷が走り、埃だらけのデッキに人の気配はない。薄暗くなった波間に、薄気味の悪いうめき声が響く。
「幽霊船だ! 面舵いっぱあい、振り切るぞお!」
事態に気づいた、NPCの船長らしき男性が叫ぶ。
だが、指示を受けた船夫が必死に舵を切ろうとするが、舵はぴくりとも動く気配が無い。
船内に、男達の叫びが響く。船長が険しい顔をし、机をだんと叩いた。
「くそったれの亡霊共があ! すまん、来訪者さん達、少しばかり時間を稼いでくれ!」
「任せろ! 皆、打ち合わせ通りに動いてくれ、行くぞ!」
グラムの号令に、プレイヤー達がとうとう動き出す。
それと同時に、甲板の至る所にぼろ布を纏った骸骨のモンスターが多数出現した。
剣と盾を手にしているもの、杖を構えているもの、弓を背負ったもの、種類も様々だ。
その中でも一番敵が密集している場所に、グラムをはじめとした攻略組のプレイヤー達が突進する。
戦闘が始まった事を確認し、ボク達は船尾の方に沸いた敵の処理へと向かった。
「さあ、いっくよー!」
「いつもの調子でいけば問題ない、気楽にいこう!」
モミジが杖を掲げ、補助魔法が発動するのと同時に、ハヤトが盾を構えて敵の只中へと飛び込んでいく。
敵は三体。剣を持ったスケルトンウォーリア、杖のメイジ、短剣のシーフだ。
ハヤトが注意が引き付けている間に、魔法攻撃が厄介なスケルトンメイジを先に片づけてしまおう。
「さて、まずは一当て」
扇を開き、スキルを発動する。
レベル四十になって手に入れた、中級妖術【雷獣】。
四本の尻尾が左右から前方へと伸び、十字に交わったその先端が閃き、そこから飛び出た稲妻が、スケルトンメイジへ向かって疾走する。
結果、その一撃はスケルトンメイジのHPを四割ほど削り取っていく。
ふむ、今使用できるスキルで一番威力のあるものだったのだが、相手がスケルトンメイジだった為か、思っていた程のダメージは与えられなかった。
やはりここは、グラムのアドバイスに従う事としよう。
「モミジ、聖属性の攻撃魔法を」
「はいはいー! ただMP消費が激しいから、そんなに連発できないよ!」
「なら、スケルトンシーフに一発だけ頼むよ。後は回復と補助に専念してくれ」
コタロウの打撃攻撃も有効だったようで、スケルトンメイジのHPはもう残り四割弱といったところまで削れていた。
この分なら、そう時間もかけずに撃破できるだろうし、モミジには次に処理するスケルトンシーフのHPを削ってもらった方が効率が良い。
モミジが杖を胸の前に構え、天へと高々と掲げると、スケルトンシーフの周辺に光の球体が集まり、ゆっくりと回転を始めた。
「【ホーリーバニッシュ】!」
光が収束し、弾ける。
治癒術士がレベル四十で習得するその聖魔法は、驚く事にスケルトンシーフのHPを半分以上消し飛ばした。流石弱点属性、といったところか。
これが連発出来れば楽なのだが、モミジ曰く今のMPでは四発が限界らしい。
この先も戦闘が続くことを考えると、使いどころは慎重に選ばなくてはならないだろう。
「こっちは終わったぞ」
がらがらと崩れていくスケルトンメイジを蹴飛ばして、コタロウがスケルトンシーフへ駆ける。
ハヤトが適度に敵視を稼いでくれているおかげで、今のところ他のメンバーにダメージは無い。
程なくスケルトンシーフも撃破すると、残ったスケルトンウォーリアのHPは、ハヤトの手で既に四割程にまで削られていた。
それを初級妖術【狐火】と、コタロウの攻撃によって削り切る。
戦利品は多少の経験値と、スケルトンの骨片だけだった。
これだけで終われば良いのだが、あいにくとこれは攻略組も手を焼いたイベントバトル。
甲板の至る所に、次から次へと先程と同種のモンスター達が沸いてくる。
「これは、ゆっくり休憩なんて出来そうにないね」
困ったように笑いながら、ハヤトが漏らす。
「傷薬の類ならあらかじめ纏め買いしておいたから、必要になったら言ってね」
「さっすがモミジ、頼りになる!」
MP回復薬を飲み干して、モミジが補助魔法を上書きすると、間髪おかずに次の敵集団へ向かう。
どうやら、幾らかのバリエーションはあれど、敵はスケルトンだけのようだ。
この数は厄介だが、これだけのプレイヤーが集まれば、それほど苦戦もしないだろう。
だがそれも、敵集団を十近く潰したところで、甘い考えであったことを思い知らされる事となる。
「これは、まずいな」
倒しても倒しても、新たなモンスターが次々と沸いてくる。
今もなおプレイヤー側に戦闘不能となった者はいないが、こちらのMPや回復アイテムも無限ではない。脱落者が出るのも、時間の問題だろう。
「やばい、九時のパーティが崩れたぞ!」
どこからか響いた声に、内心悪態を吐いた。
船尾から九時方向を確認すると、そこにはパーティの要である盾職を失い、敵の集中砲火を受けるプレイヤーの姿が。
あっという間に治癒術士のHPが削られ、ローブ姿の男が力なく倒れる。
ああなってしまえば、戦線の維持は絶望的だ。
ハヤトに目配せすると、彼も同じ考えに至っていたようで、スケルトンランサーが繰り出した槍の一撃を盾で弾くと、残ったプレイヤーに群がっていた敵集団へと駆けだした。
「ここは引き受ける、一旦下がって!」
プレイヤーに襲い掛かる敵を盾で殴り付け、ハヤトが範囲攻撃スキル【回転切り】を発動して敵集団の敵視を稼ぐ。
「コタロウ、そっちは任せても大丈夫か!?」
「おう、一体だけなら何とかなるだろ。沈むなよ」
丁度、先程のスケルトンランサーの標的を自分へと移したコタロウが応える。
敵の残りHPは六割強。ボクとコタロウの二人掛かりなら、こちらが削り切る方が早い。
長引けばその分、敵を一身に引き受けているハヤトへの負担が増えていく。ここは出し惜しみをしている場合ではない。
「モミジ、【ホーリーバニッシュ】はいけるかい?」
「いけなくはないけど、回復分が無くなっちゃう!」
「了解した。火力はこちらで何とかしよう。コタロウ!」
「応よ!」
尻尾を前に、再び【雷獣】を放つ。
それに合わせ、コタロウもスケルトンランサーを蹴飛ばして距離をとると、腰を落として拳闘士のスキルである【五連鉄拳】を発動した。
稲妻がスケルトンランサーを貫き、体勢を崩したところに高速の五連撃が命中する。
共にMPの消費やクールタイムが大きく、連発が効かないスキルだが、それ相応の成果はあった。
HPバーを全損して崩れ去るスケルトンランサーを確認すると、すぐさまハヤトの元へ急ぐ。
そうして何とか戦線を維持していると、船首の方で戦っていた攻略組のパーティがこちらのフォローへと回ってくれた。
「よかった、間に合った。スイッチするぞ!」
「助かる!」
分厚い鎧に身を包み、巨大なタワーシールドを装備したプレイヤーがハヤトに並び、敵を奥へと押しやるようにタワーシールドを打ち付けた。その動きに合わせ、ハヤトが素早く後方へ下がる。
駆けつけたメンバーの中には、つい先ほど知り合ったワーキャットの姿もあった。
「ムギのパーティか。ありがとう、助かるよ」
「いえいえー。困った時はお互いさまにゃー」
一言交わし、ムギも二振りの短剣を手に敵へと飛びかかっていく。
これで全体の崩壊は防げたが、気を抜いているような暇は無い。
ボク達はボク達で、新たに敵が沸き出した船尾、元のポジションへと急いで戻り、戦闘を再開する。
そうして時間が過ぎ、一人、また一人とプレイヤーが倒れていく中で、異変は起こった。
沸き続けていた敵が、ぴたりとその勢いを止めたのだ。
「終わった、のか?」
敵を切り伏せたハヤトが、やや疲れた声色で漏らす。
だが、辺りはまだ薄暗いまま、幽霊船も離れていない。
まるで嵐の前の静けさ。ごくりと、誰もが固唾を飲んで事の様子を見守る。
直後、船を大きな揺れが襲った。
プレイヤー達が悲鳴をあげ、あまりの揺れの大きさに膝をつく。
やがて揺れが収まった頃、ボク達は目の前に現れたソレに、思わず苦笑いを浮かべた。
それは、これまで沸き続けていたスケルトンの倍はあろう巨体の、ドクロマークが付いた三角帽をかぶったモンスター。
表示名は〝スケルトンキャプテン〟
その右手には曲刀を、左手にはフリントロック式の短銃が握られている。
ここにきてのボスモンスターの出現に、プレイヤー達は信じられないといった面持であった。
だが、まあ、現れてしまった以上、倒さなければ仕方がない。
いち早く立ち直ったのは、やはり誰もよりも場数を踏んだグラムだった。
「各自、態勢を立て直せ! チャーハンのパーティは俺達と組め、念のためタンク二枚で行く!」
「了解!」
チャーハン、港でプレイヤー達を誘導していた受付係の男が、円形の盾を手に駆けつける。
その他のプレイヤー達もそれぞれが回復アイテムを使用し、船首に現れたスケルトンキャプテンを半円形に包囲する形で陣形を組んだ。
こちらの人数は二十四人。なんともまあ、随分減ったものである。
「行くぞ!」
陣形が整ったのを確認すると、グラムは腰から手斧を取り出してスケルトンキャプテンへと投げつけた。かかか、と顎を打ち鳴らしながら、スケルトンキャプテンが銃口をグラムへと向ける。
襲い掛かる鉛球を大剣の腹で防ぎながら、グラムは脇を抜けて背後へ。
標的を追いかけ、スケルトンキャプテンは自然とボク達に背を向ける形になった。
一時的に安全地帯となったそこへ、コタロウ達近接職が肉薄する。ボク達魔法職はその後ろだ。
適度にMPを管理しながら、スケルトンキャプテンの背へと魔法攻撃を叩き込んでいく。
スケルトンキャプテンの曲刀が怪しく光る。スキル発動の予兆だ。
グラムが腰を落とし、防御スキル【鉄壁】を発動。柔らかな光が彼を包み込み、防御力上昇のバフが付与される。
そこに、スケルトンキャプテンのスキル【トリプルスラッシュ】が発動。
曲刀がぶれ、高威力の三連撃がグラムに襲い掛かった。
HPバーが四割程削られ、グラムの表情が険しくなる。
「スイッチだ!」
「あいよ!」
受け止めた曲刀を弾き飛ばし、ボスモンスターがたたらを踏んでいる隙に、脇に控えていたチャーハンがグラムと入れ替わるように前に出る。
流石はトッププレイヤーと言うべきか、その動作に淀みは無い。
すかさずチャーハンが手にした盾を打ち鳴らし、スケルトンキャプテンのタゲを自分に向ける。
この時点でスケルトンキャプテンのHPは八割と少し。十人以上の火力職で削ってこれとは、どれだけ固いのか。
やがてそのHPを半分にまで減らした頃、スケルトンキャプテンは手にした短銃を怪しく光らせ、その銃口を天へと向けた。
敵の周囲に、不気味な黒い霧が這うように広がる。
「くそ、範囲攻撃来るぞ! 全員霧の外に出ろ!」
それを見たグラムの指示が飛ぶ。咄嗟に反応出来たのは、敵に肉薄していたプレイヤーの約六割。かかか、と顎を打ち鳴らしながら、スケルトンキャプテンが引き金を引く。
その直後、霧が広がっていた部分に、上空から鉛球が雨あられと降り注いだ。
範囲攻撃は本来、単体攻撃スキルより威力が劣るものだが、流石はボスモンスターというべきか、その威力は凄まじく、逃げ遅れたプレイヤーのHPバーを容赦なく全損させていった。
「やっべえな、あれ。反応が遅れてたらアウトだった」
転がるように攻撃範囲から逃れたコタロウが、冷や汗を流しながら言う。
これでプレイヤーの人数は二十人を切った。
スケルトンキャプテンのHPは残り四割。前半の連戦に次ぐ連戦で、こちらのHP、MPにも余裕はない。
最後のMP回復薬を呷り、亡霊の船長を睨み付ける。
「ここからが正念場だ、気張れえ!」
グラムが声を張り上げ、スケルトンキャプテンの曲刀を大剣で弾く。
大槌が敵を打つ音、魔法の炸裂音、弓矢が風を切る音、そして発砲音が絶え間なく響き渡る。
やがてこちらの回復アイテム、MPも底を尽き、苦し紛れで各々が手にした武器で殴り始めた頃―
「お、終わったあ」
腰を抜かしてへたり込むモミジが見つめる先で、ボク達を散々苦しめたスケルトンキャプテンは、その巨躯を崩壊させ、光の粒子となって消えていった。
撃破時のプレイヤー数、十八名。
霧が晴れ、青く晴れ渡った空の下にプレイヤー達の歓喜の声が響き渡った。
初見のボスモンスター含め、三十人余りで挑んで半数が生存。
ちょっと難易度上げ過ぎた感はあります、反省。