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お稲荷様ののんびりVRMMO日和  作者: 野良野兎
WAVE-I 始まり
14/103

お稲荷様とお祭り騒ぎ

 美しい星々の元で、賑やかな楽器達の音色が響き渡る。

 アコーディオンにカスタネット、軽やかな音楽に合わせながら、民族衣装に身を包んだ若い女性が華麗なステップを刻む。

 爆竹が弾ける音に、酒を酌み交わす男達の笑い声。

 闇夜をかがり火で払いのけ、祭りの夜がやってきた。

 

「おおー、盛り上がってるねー!」


「モミジ、はしゃぎ過ぎてはぐれないようにね」


 辺りを忙しなく見回すモミジに、困り顔のハヤト。

 コタロウも誘ってみたのだが、バイトの時間と被っているとの事で今回は不参加となった。

 立ち並ぶ屋台の数々を眺めながら歩くボク達の傍を、子ども達が駆け抜けていく。

 

「もー、そんな子どもじゃないってばー!」


 頬を膨らませながらそう言うものの、その両手にはリンゴ飴とわたあめがしっかりと握られており、下手をすれば子どもよりもはしゃいでいるのではないかと思ってしまう。

 ともあれ、ボク自身もモミジの事を馬鹿には出来ないのだが。

 キャラメルでコーティングされたナッツを口に放り込みながら、騒がしい二人の後を追う。

 

「二人とも、そんなに急がなくても屋台は逃げないよ」


「でもでも、こんなにいっぱいお店があるんだよ? 急がないとお祭りが終わっちゃうよ!」


 そんな馬鹿な、と一概には言えないのが困ったところだ。

 何せ、見渡す限りの人、人、人。

 割合としてはNPCの方が多いとはいえ、予想よりも賑やかな祭りの様子には随分と驚かされたものである。

 

「そういえば、例のジパング絡みの件だけど、掲示板でも随分と盛り上がってたよ」


「だろうね。ボクも話を聞いた時は気分が高揚したよ」


 ハヤトの話によると、早速幾つかのクランが攻略に動き出しているらしい。

 そこからの情報によると、やはりこのツヴァイと次の街ドライを繋ぐ街道上にボスモンスターが配置されていたようだ。

 厄介なのはその場所。

 それは道中に広がる大渓谷、そこにかかる巨大な橋の上にそのモンスターは陣取っており、撃破しなければ先には進めなくなっているのだとか。

 

「RPGではよくあるタイプのボスだね」


「今は攻撃パターンとかの検証が進んでるらしいけど、このレベル帯は蘇生手段も無いし、なかなか大変みたいだ」


 まあ低レベル帯から蘇生魔法やら蘇生アイテムやらを出してしまうと、最悪戦闘不能になってから即蘇生してのごり押し、通称ゾンビアタックが通ってしまうからなあ。

 最後のナッツを咀嚼しながら、空になった器を手近なゴミ箱へと放り込んだ。


「しかし、攻略クランが複数動いているとなると、ボク程度が動いても助力にはならないかもしれないね」


「え、タマモもボスモンスターに興味あるの?」


「いや、興味があるのはその先のジパングなのだけれど。でも、ボスモンスターがどういったものなのか見ておくのもいいかな、と思ってね」


 攻略クランや野良のパーティに参加できるならそうしたいが、レベリングもまともにできていない、しかも職業未選択のプレイヤーなど、どこも入れたがらないだろう。

 ソロでもそこそこ戦えるのは魔物使い(テイマー)召喚士(サモナー)あたりだが、流石にボスモンスターも単騎で倒せるほど壊れた性能ではないしなあ。

 

「ご主人、これを一つ」


「あいよ、まいどありい!」


「まだ食べるんだね」


 目についた焼き魚を一つ頼んでいると、背後から呆れたような声が届く。

 ゲーム内でどれだけ食べたところで現実世界の身体には影響はないのだから、別に構わないと思うのだけれど。

 そうして鮎に似た魚の腹に噛り付けば、ぱりっとした皮と、その奥の柔らかな白身の食感に思わず頬が緩んでしまう。味はやはり鮎に似ていた。

 

「うん、美味しい。ご主人、これもフュマーラ大川で獲れたものかい?」


「おう、祭りの前に獲れたばかりのやつだ。どうだ、美味いだろ?」


 ゆっくりと味わって一口目を飲み込んで店主に訊くと、鉢巻を巻いた親父さんは白い歯を見せながら、親指を立ててそう言った。

 ううん、これはいよいよ、釣竿を手に入れて釣りをしてみたくなってきたなあ。

 しかし折角美味い魚を釣り上げるのだから、どうせならそれを自分の手で美味しく調理してみたいものである。こう見えてリアルの方では中々の料理上手なのだ。

 そうなると調理スキルも上げなければならず、ボスモンスターの攻略にも首を突っ込むとなると、これはいよいよ時間が足りなくなってきた。

 幾らなんでも四六時中ログインしている訳にもいかないし、どうしたものか。

 贅沢な悩みに頭を抱えつつ、また焼き魚を一口。うん、美味い。


「あ、タマモ、あれ見てあれ!」


 そう舌鼓を打っていると、ぐいとモミジに袖を引かれる。

 なんだなんだと連れて行かれた先には一軒の屋台があり、その軒先にはこの街では珍しい和服が並べられ、鈴やかんざしなどの小物まで置いてあった。

 

「これ可愛いなー、ほら、どうかな?」


 その中からモミジは小ぶりの花や蝶の柄が入った、桜色の浴衣を手に取って自分の身体に重ねて見せる。

 それを見て、ほう、と一言。

 いつも明るい彼女のイメージにも合っているし、とても似合っていると思う。

 そうして顎に手を当てて一考すると、ボクの脳内に閃きが走った。

 浴衣を手にあれやこれやと品定めを始めるモミジに悟られないよう、すす、と静かに後ろで困り顔をしているハヤトの横まで下がる。

 

「ほらハヤト、甲斐性の見せどころだよ。」


 不思議そうに眉をひそめるハヤトの脇腹を小突いてやると、あろうことかこの男は未だに何を言っているのかわからないといった風に首を傾げた。

 溜息を一つ。


「可愛い女の子がああしてどの浴衣が良いか選んでいるんだ。ここは横からすっと行って、一着買ってやるぐらいの男気を見せるところだろう」


「タマモって、案外親父っぽいよね」


「失礼な。ボクは空気が読める狐なのさ」


 人がお節介を焼いてあげているのだ、男であれば四の五の言わずに黙って行動すべきである。

 どうせモミジの浴衣姿を見て、眼福に(あず)かるのは主に君達二人なんだから。

 目の前の朴念仁を二本の尻尾を押しやって、屋台の方へ向かう。

 ハヤトは相変わらずまごまごしていたが、やがてモミジの無邪気さに負けてあれやこれやと一緒になって買い物を始めた。

 それを横目にボクも物色を始める。

 決して、自分がゆっくりと買い物を楽しみたいからハヤトをけしかけた訳ではないので、そこは誤解しないように。

 

「しかし、随分と色々あるね。これはどこからの品だい?」


「そりゃアンタ、ジパングからだよ。妖狐族のアンタなら、そんぐらいわかるだろ」


「はは、これは失礼した」


 そういえば、妖狐族は遥か東に国を構えている、といった設定だったか。

 であれば、ジパングの文化についても詳しいと捉えられても不思議ではない。

 頬をかきつつ色とりどりの商品へと目を通し、気に入ったものを手に取って勘定を済ませていく。

 

「あ、タマモってばまたソレ系の服買ってる。ホントに好きなんだね」


「はは、なんせ妖狐族を選んだ理由も、半分は初期装備が好みだったからだしね」


 店から少し離れ、メインメニューから装備品を変更していると、可愛らしい桜色の浴衣に身を包んだモミジが駆け寄ってくる。

 にこにこと上機嫌な笑みを浮かべており、その後ろではハヤトがやや疲れた表情を浮かべているのが見えた。甲斐性を見せるというのも、時には大変な事なのだろう。

 そうして装備の変更が終わり、ボクの服装も一変する。

 全体的なシルエットとしては、初期装備の狩衣とほぼ同じ。

 ただこちらは袴も含めて黒で統一され、袖には三日月の模様が入っている。

 うむ、髪色や尻尾の毛色も合わせると本当に黒一色である。

 装備品欄を確認し、満足げに頷いた。



【装備】


武器:あやかし扇

頭:小さな烏帽子(えぼし)

胴:黒染めの狩衣

脚:黒染めの袴

足:革の浅沓(あさぐつ)

装飾品:無し



 ちなみにどの装備品も防御力の向上以外、さして恩恵はない。

 先程までのチュニックのような洋服も嫌いではないのだが、やはりこういった和服の方がボクの好みには合っている。種族的にも似合いやすいものだしね。

 数回袖を振り、地を踏みしめて着心地などを確認すると、うむと頷き扇を開いて一仰ぎした。


「服装は凄い陰陽師っぽいよね。服装は」


「はは、それを言われると痛いな」


 何はともあれ、買い物も終わったところで祭りの続きである。

 鼻歌交じりのモミジを先頭に街の中心部まで進めば、そこには(わら)で作られた巨大な人形が鎮座していた。

 全体的なフォルムを見る限り、どうやら女性のようである。

 周りには幾つもの貢物が並び、大勢の人がひしめき合う騒ぎの中でそこだけが神聖な空間であるかのような、不思議な雰囲気があった。

 

「おお、旅のお方よ、これは豊穣の女神であるウカノ様の像でしてな。これからも豊作でありますようにと願いを込めてあるのです」


 その人形の傍で一息ついていた御老人が、ほほ、と笑いながらそう言った。

 ウカノ、といえば連想するのはお稲荷さんで有名な宇迦之御魂神(うかのみたまのかみ)であるが、恐らくはそれを元ネタとしているのだろう。

 しかし、彼の神様の前に狐のボクが立っていると思うと、なんとも恐縮してしまう。


「ほえー。やっぱりこの世界にも神様っているんだね」


「始まりの街にも教会はあったしね。どんな神様を信仰しているのかは聞いた事がないけど」


 その時である。

 三人で肩を並べしばらく女神像を見上げていると、突然その全身が淡い光を放ち始めたのだ。

 何事か、と咄嗟にハヤトがボク達の前に飛び出して身構えた途端、巨大な女神像から立ち昇った光はしだいに集まり、形を成し始める。それは人影だった。

 長い髪を波立たせた、ワンピースのような衣装を纏った女性。

 それが豊穣の女神である事を理解するのに、そう時間はかからなかった。

 だが、かの女神が降臨しているというのに、周りのNPC達はまるでそれが見えていないかのように無関心で、先程の御老人もその足元で茶なんかを飲んでいる。

 どうやら、プレイヤーだけが認知出来るイベントらしい。


『愛しい、愛しい我らが子よ、汝らの旅路に祝福を』


 一言。

 澄み渡るような、身震いするような声であった。

 その言葉を最後に、女神の姿を形作っていた光は霧散し、その雫が街全体へと舞い降りてゆく。

 それと同時に、システムメッセージが表示された。


―イベント【ウカノの祝福】が発生しました。期間中、風と水の街≪ツヴァイ≫及び、その周辺での戦闘、生産行為で得られる経験値が上昇します。詳細は公式ホームページでもご確認頂けます。 http://www.~


 なんとも、太っ腹な女神様である。

 いや、そのプロポーションはモデル顔負けのものであったのだが。

 偶然目の前で発生した一連の出来事に、ボク達はしばらく女神の消えていった星空をぼうっと眺めているのであった。

 そうして、お祭りの夜は更けていく。


 後日ツヴァイの街には、自分だけでは不公平だと小言を食らいながら、訳も分からず二人分の食事を奢るワーウルフの姿があったとか、なかったとか。

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