お稲荷様と三人組②
さて、思い出したくもないあの事件が起きた日の翌日。そう、翌日である。
あれからボクは何とか冒険者ギルドまで辿り着き、手早く報告だけ済ませてさっさとログアウト。
その後は数時間不貞寝を決め込み、気分転換で散歩に出かけたりして一日を過ごした。
現在は始まりの草原の奥で、マッドワームを相手に憂さ晴らし中である。
「【鎌鼬】、【狐火】―チッ」
切り裂き、焼き払わん勢いで放った妖術を土に潜ることで躱され、思わず舌打ちする。
直後、足元から僅かに地響き。
それを受けてその場から飛び退くと、間髪入れずに先程のマッドワームが勢いよく地面から顔を出した。
そう、厄介な事にこのモンスター、敵が自身の射程範囲外にいると見るや否や、こうして地中を進んで距離を詰めてくるのである。
出会い頭にマッドワームはその長い体を鞭のようにしならせて、こちらの脇腹に一撃を加えてくる。
僅かな衝撃が走り、HPバーが減少する。
だがこちらもただではやられはしない。半分を切ったMPを消費し、置き土産とばかりにその頭に【鎌鼬】をお見舞いする。
それがクリティカル判定となったのか、風の刃は残ったHPバーを削り切り、マッドワームはその身を光の粒子に変えた。
そして鳴り響く、レベルアップを知らせるファンファーレ。
「これで十九か。随分と狩ったなあ」
所持品欄を確認すると、出るわ出るわマッドワームからの戦利品の数々。
一番多いのは【マッドワームの肉】だが、中には銅や亜鉛などの鉱石が幾つか。
これは土を食べて成長するミミズの生態になぞらえて、体内にこういった鉱石を蓄えている、といったような設定があるのだろうか。
ともあれ、このままでは所持品欄を全て埋め尽くしそうな勢いなので、そろそろ街へ戻って整理してしまおう。
ウィンドウを閉じ、帰路へ着く。
その時、フレンドからのメッセージの受信を知らせる電子音が響いた。
先日フレンド登録したばかりのモミジからだ。
―送信者:モミジ
件名:今日よかったら
こんにちわ、一昨日ぶりだね!
突然だけど、今日のお昼からなんだけど予定空いてるかな?
実は私達三人で≪ツヴァイ≫に向かう事になったんだけど、タマモさんも良かったら一緒にどうかなって。
お返事待ってます!
ううむ。
思わず唸ってしまう内容である。
風と水の街≪ツヴァイ≫には、正直興味がある。
レベルも十九になり、始まりの森に生息するモンスター相手とも互角に戦えるだろうし、ボクよりもレベルが高いであろう三人とパーティを組んで臨めば、比較的安全に≪ツヴァイ≫まで向かう事が出来るだろう。
だが、脳裏に過ぎるのはあの光景。
独特な羽音、攻撃的なフォルム、打ち鳴らされる顎の音。
苦い経験と共に浮かび上がった姿にぶるりと身を震わせて、モミジへの返信を打ち込んでいく。
―送信者:タマモ
件名:RE:今日よかったら
予定なら問題ない。
是非ともご一緒したいのだが、≪ツヴァイ≫に向かうにあたって幾つか相談したい事があるのだけれど、一度会えないだろうか?
さしあたり、都合の良い場所と時間を教えて欲しい。
送信、と。
さて、返信を待っている間にアイテムの売却を済ませてしまおうか。
所持品欄を圧迫しているアイテムを処分するために、幾つかのお店に顔を出していると、またメッセージの着信音が。モミジからだ。
返信内容は、今自分達も街で買い物をしているところなので、噴水広場で合流しよう、という内容のものであった。
こちらも程よくアイテムの処分が終わったところであったので了承の旨を返信し、噴水広場へと向かう。
ちなみに、鉱石系のアイテムが割と良い値段で売れたのだが、どうやらプレイヤーの間で徐々に需要が増えているらしい。生産職のプレイヤー達も、めきめきとレベルを上げてきているのだろう。
これは、ボク好みの装備品が店頭に並びだすのも、そう遠くないことなのかもしれない。
そんな僅かな期待を胸に噴水広場に到着すると、先に到着していたらしい三人組の姿が目に入った。
皆、前に会った時とは服装が変わっている。どうやらレベルは順調に上がっているようである。
待たせてしまったかなと、少し申し訳無くなりながら三人の元に向かうと、モミジが大きく手を振って迎えてくれた。
「やっほ、タマモさんこんにちはー!」
「こんにちは。こちらの都合で呼びつけてしまい、申し訳ない」
「気にしないで。丁度僕たちも暇してたし」
そう言って爽やかな笑顔を浮かべるハヤトの後ろで、薄く笑みを浮かべてコタロウが腕を組んだまま、ひらりと手をかざした。
「よう、相変わらず無職なんだな」
「はは、やはりどうも気が乗らなくてね」
と、三人組の姿に僅かな違和感を覚え、首をかしげる。服装以外には特に目立った変化などは無いと思うのだが。
ハヤト、モミジの順で確認していき、コタロウのところでああ、と納得し手を打った。
記憶にあるコタロウの姿とは細部が異なり、体格はよりがっしりと、銀色の毛並みの中に黒い模様が浮かび、手足は僅かに大きくなっているように見える。
しばし思考し、やがて一つの結論へと行きついた。
「成長期?」
「どうしてそうなる。レベル二十になったら勝手にこうなったんだよ」
「どうやら、種族によって色々とイベントが起こるみたいなんだ」
コタロウの種族、ワーウルフ族の場合は筋力値にボーナスが入ったそうだが、人間族の二人はハヤトが生命力と筋力、モミジは知力と精神力にボーナスが入ったそうなので、プレイヤーの種族や職業、戦闘時の行動などによって変化するのではないか、というのが三人の見解であった。
ううむ、ではボクの場合は魔法攻撃などに補正がかかる知力値にボーナスが入るのだろうか。
しかし、外見の変化に関しては人間族以外の種族に限るらしく、公式ホームページからアクセス出来る掲示板の方でも、様々な報告が相次いでいるそうだ。
ちなみに妖狐族の変化に関しては、あえて訊かないようにした。大体の予想も出来るしね。
「しかし、人間族だけ外見が変化しないというのは、賛否分かれそうだね。」
「その分、二つのステータスにボーナスが入るようにはなってるみたいだけどね。まあ、合計値は他種族より少し多いぐらいだけど」
顎に手をやりそう漏らすと、ハヤトがそう答えた。
まあ、一定のレベルに上がった途端ムキムキになるハヤトやモミジも見たくないしなあ。
ドワーフ族とかであれば、突然髭が伸びたりするのだろうか。それはそれで面白い。
と、話が逸れた。
「ところで、相談の件なのだが―」
ボクは昨日の出来事を、包み隠さず三人に話した。
勿論若干の恥ずかしさはあったが、どのみちあの森はいつか通過しなくてはいけないフィールドである。特に攻略の進みが著しい今、一時の恥などで二の足を踏んでいる場合ではない。
すると、返答は意外と呆気の無いものであった。
「それなら心配ないよ。今回はこの街から伸びる、比較的安全な道を進む予定だからね」
どういう事かと尋ねてみれば、≪始まりの森≫には大きな街道が一本走っており、そこは比較的モンスターの沸きも少なく、レベルも低いそうだ。先日討伐されたボスモンスターが封鎖していた街道が、丁度この道である。
逆にその道から逸れた場合はややレベルの高い相手、件のジャイアントビーやら、ブラックウルフが沸くようになり、難易度が少し上がる。まあ、レベル二十前後のパーティであれば、それほど脅威ではないらしいのだが。
「勿論全く遭遇しない訳ではないけど、そもそも今はプレイヤーの往来が激しいからね。定期的に有志のプレイヤーが駆除してるみたいだし、大丈夫だと思う」
なんともありがたい話である。
「でも意外。タマモさんってなんでも平気な人だと思ってた」
「恥ずかしい限りだけれど、蜂だけはどうしても、ねえ」
「仕方ないよー、私だって虫系はダメだもん。特に足がたくさんあるやつとか、こう、ぞわーっとする!」
「掲示板でも沸いてたぜ、森のモンスターに関しては。運営の力の入れ具合がおかしいってな」
べぇ、と舌を出しながらモミジが苦い顔をして、笑みを押し殺しながらコタロウが続いた。
まあスライムから始まり、まだ愛嬌の感じられたミミズを出した後のアレであるので、話題になるのはある意味当然ではある。
涙誘う恋愛映画だと思っていたら、実はゾンビが闊歩するB級ホラー映画だったような、理不尽ともいえる急展開ぶりである。
「これから先が思いやられるなあ」
ぽつりと漏らし、思わず苦笑いが浮かぶ。
蜂だけであれであるから、これから先登場するであろう虫系のモンスターの事を考えると頭が痛くなる思いである。
ともあれ、これで≪ツヴァイ≫へ向かうにあたっての心配事はなくなった。
「そういう事なら、喜んで同行させてもらうよ」
「やった!」
ぐっと拳を握るモミジ。
「ただ、ジャイアントビーが出てきたらボクは逃げるからね」
「どんだけだよ……」
嫌いなものは嫌いなのだから仕方がない。
四人がかかりなのだから、滅多な事では負ける事はないというのは理解できるのだが、それとこれとは別物である。
「それじゃあ、そうだな、十三時にまたここに集合、という事で」
メインメニューで時刻を確認しながらハヤトが言う。見れば、時刻は十一時を少し回ったところだった。
これなら昼食の済ませた後でも、幾つか消耗品の準備をする時間ぐらいは残るだろう。
「そういう事なら、ボクは先に昼食を済ませてこようかな」
「私もご飯ー」
「あ、ログアウトの前に、フレンド登録だけいいかな?」
さて昼食は何にしようかと思っていたところで、ハヤトから声がかかった。
ぽこん、とメッセージが表示される。そこにはフレンド申請の通知が二人分。
言わずもがな、ハヤトとコタロウである。
無論、ノータイムでYESのボタンをタッチし、フレンドリストにめでたく三名の名前が並ぶ。
と、メインメニューを操作していたコタロウがぽつりと漏らす。
「そういやあ、身内以外でフレンド登録したのタマモが初めてか」
「そういえばそうだね。まあ、ネトゲするのもこれが初めてだしねー」
でもこんなに早くフレンド登録するなんて思わなかったよ、とモミジが言う。
どうやら、当初はしばらく三人だけで遊ぶ予定だったらしい。
「タマモさんの場合、意外と話しやすいところもあるし、不思議と親しみやすいところがあるのも大きいかな」
「ああ、まあ同年代だろうしね、恐らく」
顔立ちから判断するに、三人とも恐らく高校生ぐらいの年齢だろう。
コタロウだけは見た目がまるきり狼なせいで、いまいち判断し辛いところがあるが。
と、どこかおかしなところがあったのか、三人はこちらに視線を向けたまま、ぴくりとも動かなくなってしまった。
一、二、きっかり三拍の後―
「えっ?」
まるで信じられないものを見るような目で、なんとも間抜けな声が三人の口から漏れた。
ふむ、そういえばそっちはまだモミジにも言ってなかったか。
なんとも気まずい心地になりながら、ボクは頬をかくのだった。