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【閑話】渚のお稲荷様

本作の100万PVを記念して執筆した、番外編になります。

こちらを読み飛ばした場合でも、本編を読んで頂く分には何ら問題ありません。

ただし本編三十話まで読み進めて頂いたあと、こちらに目を通して頂いた方が登場人物は理解しやすいかと思います。


拙い部分もあるかとは思いますが、お楽しみ頂ければ幸いです。


 青い空、白い雲。

 燦々(さんさん)と輝く太陽に照らされ、弓なりに広がる砂浜がきらきらと美しく輝く。

 寄せては返す波の音。 

 大きな貝殻を背負ったヤドカリが足元を過ぎ去り、クーラーボックスの中で冷やされた缶ジュースがからんと冷ややかな音を鳴らした。


 はっきりと言おう。

 正しく地獄のようであった。

 

 我が身を焼き尽くさんとする太陽から隠れるようにして、砂浜に立てられたパラソルの下でボクは溜息を吐く。白く美しい砂浜へと目を向ければ、そこにはビーチボールを手にはしゃぎ回る少女たちの姿があった。 


「よーし、行くよー!」


 満面の笑みを浮かべたモミジが、大きく振りかぶってビーチボールを放り投げた。

 青いハイネックの水着を着こなし、短パンからすらりと伸びる褐色の脚は日ごろ陸上部で鍛えているおかげか程よく引き締まり、とても健康的な印象を受ける。

 腰なんかもきゅっとくびれて、まるでモデルのようだ。


「ちょ、モミジさんどこ投げてるんですかー!?」


 可愛らしいフリルをあしらったホルタービキニ姿の女性が、明後日の方向へと飛んで行くビーチボールを必死に追いかけていく。

 一歩踏み出す毎に女性の長い三つ編みが飛び跳ね、まるで尻尾のように左右へと揺れる。

 右目の泣きぼくろが印象的な、ボクたちよりも少し年上に見える落ち着いた雰囲気の女性。

 重度の引きこもりであるボクとはまるで接点がなさそうな彼女ではあるが、例に漏れず彼女もTheAnotherWorldのプレイヤーである。


 彼女のプレイヤーネームはイナバ。 

 そう、あの気弱なワーラビットの女性のリアルでの姿が、今まさにビーチボールを追いかけて盛大にすっころんでいる彼女という訳だ。

 背丈はモミジと変わらないぐらい小柄であるが、はちきれんばかりにビキニを押し上げるそれは相当な破壊力を秘めており、ボクが自身の身体を見下ろしてふっと溜息を吐いたのも無理からぬことであった。


「はあ、どうしてこんな事に……」


 よく冷えた炭酸ジュースでちびちびと喉を潤しながら、一人ごちる。

 ボクは日の光が嫌いだ。正確に言えば、そこに含まれる紫外線が大っ嫌いだ。

 長年の引きこもり生活が祟って、ボクの肌は真っ白で、極端に打たれ弱い。

 少し外出するにも日焼け止めクリームは欠かせないし、うっかり忘れてしまった日には全身真っ赤になって数日間地獄を見る事になる。


 そんな筋金入りのもやしっこであるボクが、どうしてこんな場所にいるのか。

 気が狂ったのではないかと思われてはたまったものではないので説明させてもらうと、ここは現実ではない。

 ボクたちは現在、とある大企業が運営するフルダイブ型VRサービスを利用している。

 日本中の有名な観光スポットやリゾート地を体験できるそのサービスを使って、女性プレイヤー同士で集まって遊びに行こう。そんな企画が立ち上がったのが数カ月前の話。

 モミジとはリアルでも付き合いがあるが、残り二名(・・)はそうではない。いや、ゲーム内では随分と親しい間柄であるし、仲良くさせてもらってはいるのだが。


 勿論、初めもボクは参加を拒否した。

 根っからのインドア派であるボクにとって、仮想空間とはいえ海水浴というのは中々ハードルが高い。

 では何故参加する気になったのかといえば、まあ、情に負けたと言わざるを得ない。

 こちらを見上げ、瞳を潤ませながら一緒に参加してくれと懇願する少女二人の姿を見て屈しない人間がどれほどいるだろうか。

 もしボクの身近にそれほど冷血で冷徹な人間がいるのであれば、ボクは一切の躊躇もなく、その頬に渾身の右ストレートを叩き込む事だろう。

 まあ、あくまで仮想空間であるので、現実とは違い他の観光客でごった返す事も無いし、軟派な連中に声をかけられる煩わしさもない。その点は実に快適である。

 これが現実の海水浴場であれば、こうはいかないだろう。

 

 さて、話を戻すが、先ほどボクはリアルでの面識がない人物を“残り二人”と言った。

 一人は波打ち際でモミジとビーチボールを投げたり追いかけたりしているイナバさんだが、ではもう一人は誰か。


「いやあ、若いっていいなあ。お姉さん、もう体力の限界ッスよ……」


 何やら哀愁にまみれた、地の底から響くような声。

 やれやれと溜息と共にそちらの方へと目をやれば、ボクの背後ではパレオを腰に巻いたビキニ姿の女性が、今にも口から魂魄を吐き出しそうな顔で倒れていた。

 身長はボクたちの中で一番高く、顔つきは二十前後。

 集合した直後はきりっとした凛々しい感じのする、頼りがいのありそうな女性であったのだが、現役の女子高生、女子大生と追いかけっこをしているうちにとうとう体力が尽きたらしい。尤もこの世界もあのゲームの中と同じく、実際に疲労感を感じる事はないので、あくまでも気分の問題なのだろうけれど。

 

 しかし、彼女とてそんな悲観するほどの歳でもないだろうに。

 察するに、ボクと似たような、相当出不精な性格をしているとみた。

 この人もこの人で、ゲームの内外でなかなかギャップが激しい人物である。


「ムギ、あまり慣れない事はするものではないよ」


 ぐでりと伸びる彼女を横目に見ながら、ボクは呆れたように口にする。


 当たり前だが、ここはあのゲームの中ではない。

 ここには妖狐族のタマモという人物はおらず、いるのはちんちくりんの、よく中学生に間違われる女子高生が一人いるだけだ。

 同様に、この場には語尾に『にゃ』を付けて話すワーキャットの女性もいない。

 生身とはいえないものの、偽りの無い現実の姿で、ボクたちはここにいる。

 そして、ゲーム内では対等でも、ここではそうではない。ボクは高校生で、彼女は社会人だ。

 故に、ボクも初めのうちは彼女に対して敬語を使って会話していたのだが、物凄く違和感があるという、どうにも理不尽なクレームを受けた結果、ゲーム内と同じような調子で話す事と相成った。


「しかし、タマモは何というか、相変わらずだねえ」


 背中に柔らかな感触。

 のんびり読書でも楽しもうかと手元のタブレットを操作していたボクの肩越しに、ムギがひょっこりと顔を出した。

 溜息。


「ムギ、近い」


「おっとと、ごめんごめん、ついいつもの癖で」


 いつもの癖って。

 日毎彼氏とでもいちゃついているのかと肩を落としながら言ってやると、彼女は困ったように笑いながら頭を掻いた。


「いやあ、そんな人がいたらいいんだけどねえ。残念ながら妹だよ。タマモと同じぐらい小っちゃくて、可愛いんだー」


「小さくて悪かったね」


 しかし自分で言うのもなんであるが、ボクぐらいの体格という事は、随分と小柄な妹さんのようである。もしかすれば、かなり歳の離れた妹さんなのかもしれない。


「でもでも、タマモって本当に華奢っていうか、すらっとしてるよね。髪も綺麗だし、羨ましいなあ」


 これが若さか。

 オッサンみたいな事を言うムギに、ボクは手にしていたタブレットを胸に抱き、じり、と僅かに距離をとった。なんというか、俄かに身の危険を感じたのである。

 薄手のシャツを羽織ってはいるものの、その下はタンキニと短パンの組み合わせであるので、体のラインははっきりと出てしまう。

 こんなちんちくりんな身体を眺めても何一つ面白くはないだろうが、まさかそういう趣味なのだろうか。


「いや、私は至ってノーマルだよ? うーん、なんというか、タマモはもう少し自己認識を改めた方がいいと思うんだよねえ……」


 改めるも何も、ボクはしっかりと自身を客観的に見て、相応の認識をしているつもりであるが。

 確かに、多少恵まれた容姿をしているとは思うが――それ故にゲーム内では全く異なるアバターを使っているのであるし――ボク程度の人間なんて世界中に幾らでもいるだろうに。

 溜息交じりにそう言えば、彼女は何か諦めたように息を吐き、がっくりと肩を落とした。


「そのうち悪い人に騙されてしまいそうで、お姉さんは心配です」


「その手の胡散臭い人間の相手には慣れているから、その心配は必要ないと思うけれどね」


「……本当に心配です」


 ちなみにその胡散臭い人間とは、実はうちの身内だったりするのだが、まあ今はそれについて説明する必要はないだろう。

 そんなとりとめのない話をしながらタブレットを操作し、お気に入りのファンタジー小説――前世紀に大ヒットし、映画化もされた大作である――を読み耽っていると、そこへふっと影が差す。

 見れば、そこには先程まで渚で走り回っていたモミジとイナバさんが、なにやら神妙な面持ちで立っていた。


 どうしたのかと尋ねてみれば、どうやら二人は、ボクがあまり楽しんでいないように見えたようで、この企画の立案者であるモミジなんかは、ボクが無理をしているのではないかと気が気ではなかったようだ。


「ごめんね、仮想空間(ここ)ならタマモにもいっぱい楽しんで貰えるかなって思ったんだけど……」


「そう気を使う必要はないよ。リアルでもそうなのだけれど、ボクはあまり運動は得意ではなくてね。 ここに引きこもっているのは、あくまでもボクの我儘さ」


 ともあれ、いつまでも引きこもっていても仕様が無いし、そろそろボクも楽しむとしようか。海水浴とは少し違うものになるが、まあ問題はないだろう。

 しゅんとするモミジの肩を叩き、タブレットを脇に放り投げる。

 ポリゴン片となって消えていくタブレットを見やりながら、空いた手でインターフェースを呼び出して数度タップすると、その直後、ボクたちのいる世界は劇的な変化をみせた。


 白い砂浜、曲線を描く水平線はその姿を消し、代わりに現れるのは一面が澄んだ青で満たされた世界。

 ごぼりと気泡が沸き上がる。

 足元には美しいサンゴ礁が広がり、頭上では大小様々な魚たちが群れを成して泳ぎ回っていた。


「わあ、凄い……」


 幻想的な光景を見上げ、モミジが呟く。

 仮想空間内での、全面アクアリウム体験。

 ボク自身は何度か利用した事のあるものではあるが、何度見ても心奪われる光景である。


「あ、見て見てタマモ、あれイルカじゃない!?」


 遠くを指差し、はしゃぎ回るモミジ。

 その表情に先ほどまでの陰は無く、いつもの溌剌とした様子にボクは安堵し、ふっと笑みが漏れた。


「ある程度制限はあるけれど、シャチにクジラ、ラッコにペンギン、まあ、水族館にいる生き物なら大抵のものは呼び出せるよ」

 

 まあそれらの生物を一度に呼び出すと、サンゴ礁の海をホッキョクグマとアザラシが仲良く泳ぎ回るという、なかなかカオスな空間になるのであまりお勧めはしないが。

 用法、用量を守って正しくご使用下さい。


「ああでも、こうして眺めていたら何だかお刺身が食べたくなってきたね。今夜は海鮮丼にしようかな」


「タマモさん、色々と台無しです……」


 勿論、冗談である。 

 可愛らしい鳴き声をあげながら、時折じゃれ付くように近くへと寄ってくるイルカたち。

 軽く手を振ってみれば、イルカたちもそれに応じるように首を振り、嬉しそうにボクたちの周りを泳ぎ回る。 

 イルカはアニマルセラピーにも用いられる、人間の心を癒す事が出来る動物であるが、なるほど、この愛らしい姿を見ればそれも納得である。

 きゃーきゃーと声をあげ、大きく手を振るモミジに、悠々と泳ぐジンベイザメの威容に目を丸くするムギ。 イナバさんは何やらイソギンチャクが気になるようで、ゆらりゆらりと揺れる姿をのんびりと眺めている。

 そんな三人の姿を眺めながら、たまにはこういうのも良いものだなと、ボクはそんな事を思うのであった。


 これは、起こりうるかもしれない未来。


 数ある可能性の一つ、他愛のない日常の御話。

改めまして、ここまでの数々のご声援、誠にありがとうございます。

これからも誠心誠意頑張ってまいりますので、何卒宜しくお願い致します。

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