ありがとうのナミダ
ぐうう~…………と緊迫した空間にそぐわない音が響いた。
「…………あ……」
自然と二人の声が重なる。こちらを向いた美少女の瞳は驚きともうひとつの感情に揺れていた。
美少女の白く美しい髪は夏風とひとつとなり、月の光に照らされ輝きを放つ…………
その一瞬の美しさにハルは見とれ声もでなかった。
………………っていやいやいや!今は見とれている場合ではない。先程までの真剣な雰囲気を打ち砕いてしまった、そんな気がするからだ。
「……………あ、ご、ごめん……!」
ポカンとするミラの顔を見てやっとハルは我に帰りあたふたと謝る。この音はハルのお腹が鳴った音だと思った、が………………
「………ち…違うのっ」
「へ……?」
「こ、この音はわ、私のお腹が鳴った音…だから…!ご、ゴメンね‼え、えへへ…………!」
恥ずかしそうに真っ赤な顔を背けるがもう遅い、なぜなら耳まで真っ赤になってしまっているからだ。かわいい、可愛い過ぎて悶える…………!
そんな気持ちを押さえつつ
「…………腹、すいてるならこれ……どうぞ。」
ハルはガサガサとコンビニの袋をあさり取り出したのは坂道を走ったわりにはおにぎりよりは被害が少なかったミートスパゲッティで、ある。
ミラは差し出されたミートスパゲッティを見て静かに目を輝かせる
「………………いいの?」
「うん、俺さっきおにぎり食べたから。」
「…………じゃあ、お言葉に甘えて……」
おとなしくスパゲッティを受け取ったミラはまじまじとスパゲッティを観察している。
「…………これ、何て名前の食べ物なの?」
「これはミートスパゲッティって言います。」
「みーと、すぱげってぃ…………私達の世界にも似たような食べ物があるわ。………なんだかおいしそう!」
「わっ、ち、ちょっと待ったーーーーー!」
「へっ!?」
すぐさま食べ初めようとしたので手で待ったをするとミラはキョトンとした上目遣いで僕を見つめる。
可愛いいいいいいいぃぃぃぃーー!っていやいやいや!
「…………ハルくん、どうしたの…………?」
ハルの心の葛藤をミラに悟られまいと顔に手を添えて厨二のポーズ……!
「……ぼ…僕らの世界にはご飯を食べるときは必ず言う呪文がある!それを言うとご飯がより美味しく感じられる強力な呪文なんだ!」
「ええぇぇぇぇ!!」
「ふっ、危うくそのまま食べてしまうところだったな…………………」
「そっ、その呪文は…………?」
手と手を合わせて
「いただきます!!だぁっ。この呪文を使うとあら不思議、美味しかったご飯がさらに美味しく!」
「おおぉー!」
ヤバイ、調子に乗ってふざけてしまった…………ドン引かれるだろうな…………
「……すごい!すごいよ!ハルくん。さっそくその呪文使うね!」
「…………え、」
ドン引かれなかった…………っ!!良かったっ
無邪気な子供の如くミラは目を眩しいほどキラキラさせてパンッと音をたてて手を合わせる。
「手と手を合わせて………………いただきます!」
フォークの使い方はわかっているらしくきれいにくるくると麺を絡め一口。
「んむむ!こ、これは…………っ」
「えっ、何!?どうかした!!?」
むむむとしかめっ面でスパゲッティを見つめるミラ、ハルはそのようすをハラハラしながら見つめていた。
「美味しい!こんなに美味しいの初めてだよーー!」
しばらくスパゲッティの美味しさにはしゃいでいたが、ふと、何か思い付いたようにフォークを置いてハルを柔らかな微笑みで見つめた。
「…………私、ハル君に謝らなくちゃいけないよね……」
「あ、謝るって、何を……?」
「…………えっと……ごめんね、私のお腹が鳴ったのはウソ」
「………私、ほんとは精霊だから食べなくても存在できるんだ………食べる必要なんてないの…………………だけど、ちょっぴり生きている物が羨ましかったんだ。食べ物を摂らないと生きていけない、生きていくために食べる。それが、それこそが人間、生きているってことなんだろうなって…………」
「私も、生きているって感じたいな…………ってね長い年月を存在していて、ふと思ったの…………」
悲しそうで寂しそうな笑みはハルの心をキリキリと締め付けた
「……生きてるよ…………」
「………!」
「…………君は、鏡の精霊ミラは、この世界にちゃんと生きています…………っ、謝ることなんてない」
「……この世界にはもっと美味しい食べ物がたくさんある、君に食べてもらいたい、生きているって…………感じて欲しい。」
「……………ハル…………」
ミラの目からは鏡のような輝きが伝っていた。
このような気持ちは初めて…………何故か目から温かいものが込み上げて、溢れていく。ハルはそれをナミダって教えてくれた……ナミダって嬉しい時に溢れる物なのかな?昔はもっと違う気持ちの時に溢れていた気がする…………それは、冷たかった
よほど美味しかったのだろうか、無言のまま黙々とスパゲッティを食べ進めていくミラは無垢な子供のようで可愛らしい。
一人で和やかな気持ちに浸っているとミラはさっさとスパゲッティをペロリと平らげてしまった。
「…………ふぅーお腹いっぱい!…………ところでハルくん、ご飯を食べ終わったときの呪文はあるの?」
「…………はっ!……あー、ご飯を食べ終わったときにはごちそうさまって呪文を唱えるんだよ。」
「ごちそう、さま…………?」
「そ、生きている僕らが食べた食べ物に感謝するための呪文なんだよ。ごちそうさま、は食べ物にありがとうっていう感謝なんだよ。」
「ありがとう………………」
「ありがとうって言うのも嬉しい時とかに唱える呪文なんだよ。」
「そうね、何となくいい意味だってわかる。昔ね、ありがとうって言われたことがあるの、一回だけ…………」
「私は鏡の精霊、そとの世界とはほとんど関わることはなかったの。……だって怖いでしょ?でも、しょうがないもの…………」
少し寂しげな横顔、長くて細いまつ毛がキラリと月の光を反射する。
「…………でも、人を助けたことがあって、鏡の中からさりげなくだからいつも誰も気がつかないの。だけど一回だけありがとうって言われた……………いつもは気味悪がられるだけだったから………」
「なんかね、身体中がポカポカって温かくなったの…………これ、嬉しいって気持ちだったのね!」
ミラは胸に手を当てて顔をほころばせ嬉しそうにクスクスと笑う。
「ハル、ありがと…………」
ミラの体が傾き頭がハルの肩にこてん、と乗る。
「えっ、ミラ?」
すー、すー……………とミラは寝息を立て始めた。心地よい寝息につられハルの意識も揺らぎ初める。
「おやすみ…………ミラ」
二人の知らぬ間に日が昇り始める、オレンジ色の輝きに包まれていった…………。
読んでくださりありがとうございました!まだまだ続きます!