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誤字

作者: 灯宮義流

ずっと、作者紹介で灯宮義流を「ヒヤミヨシル」と誤字っていた作者の羞恥心から生まれた短編。作者の名前は「ヒミヤヨシル」、「ヒミヤ」です。

 うちのカラオケには客がこない。なんでだろう。

 店はいつも綺麗だし、一つ一つの部屋も狭苦しくないように余裕を持たせている。

 食事にだって自信がある。なんてったって、元帝国ホテルの授業員に作らせているんだし、グルメ雑誌にだって何回も載ったくらい美味い。

 ドリンクバーつきで破格の値段だし、一番の要所であるカラオケの曲数は、日本でも一・二を争うだけのものがある。

 安い、美味い、歌いたい放題、居心地も良い。なのに、どうしてここまで客があんまりこないのか。

 来る客来る客、青い顔してやってくるし。どういうことだ?

「あ、いらっしゃいませー」

「……」

 また顔の青い客がやってきた。くそ、どうしてこう縁起の悪い奴等ばっかりくるんだ。

「あの、すいません」

「なんでしょう」

「カンオケってこちらで宜しいのですよね?」

「へ?」

 俺は慌てて外に出て看板を見てみた。そして驚いた。あろうことか、大々的に外に出していた看板が『カンオケ』に誤植されてるのだ。

 くそ、この看板作った奴は誰だ。俺だ、チクショー、そんな奴死んじまえ!

 というわけで俺は、さっきやってきた青い顔した自殺志望者である客と一緒に、一番のスイートルームで心中した。




 俺はころし屋だ。

 今までアメリカの重役から、とある国の首相まで、ありとあらゆる人間を撃ち殺してきた、殺しのプロだ。

 みんなはこの昔、俺のことをフクロウと呼んだ。暗闇の中で正確に敵を仕留める姿から、その名を付けられたんだろう。全く、センスがあるんだかないんだかわからねえ。

 そしてこの度俺は、久々に故郷たる日本に帰ってきて、またころし屋を営むことになった。

 俺はプロだ、警察なんて怖くない。だからもう堂々と「ころし屋」の看板を出している。たとえ警察が踏み込んできても、俺は裏じゃ有名だから、どこにいたって客はくるはずだ。

 と、調子に乗っていたのだが……ここ一年、まったく客が来なくなった。ついでに警察もこなくなった。

 どういうことだ? 俺は今まで殺し屋としての地位をここまで築いてきたはずなのに、一人もこなくなるなんておかしい。

 まさか、誰かが俺の評判を貶めたのか? いや、それはないだろう。十年以上積み重ねてきたものが、どこぞのボンクラの匙加減で変わるなんて馬鹿げている。

 では、どういうことなのか? 俺は悩みに悩んでいた。

 そんなある日、久しぶりに武器のメンテナンスがしたくて、俺は馴染みの武器商を店に呼んだ。商人は、ニコニコしながら俺の武器を見てくれたが、どこか複雑な顔も俺に向けている。

 どういうことだと聞いてみると、商人は驚いた声で答えた。

「だって旦那。ころがし屋に転職したんでしょ?」

「なぬ?」

 俺と驚いて外の看板を見てみた。本当だ、『ころがし屋』になってる。どういうことだ? 俺は開店当初、ちょっと可愛気を見せるためにひらがなで『ころし』と書いたことは覚えている。

 だが、いくら俺でも『が』をふざけてつけるなんてことはあり得ない。というか誰がつけるかそんなもの。一体誰がこんなことをしたのか。

 同業者か? 同業者がやりやがったのか? 畜生、誰がやったんだ、即効で撃ち殺してやる。

「ようやく気づいたのね」

「なぬ?」

 そう俺に言ったのは、俺の愛する妻だった。まさか、お前が犯人だったなんて。

「あなたが悪いことから足を洗ってくれないから、私が『が』って付け加えたのよ」

「お前、おかげで俺は一年間一銭も稼げなかったんだぞ? わかってるのか?」

「悪いお金なんてもういらないわ!」

「その金で食ってきたお前が何言ってんだ!」

「もうたくさんなの。だからあなたは、転職して」

「何にだ、まさか、転がし屋になれってか?」

 俺は妻を皮肉った。

「そうよ」

 俺はずっこけた。

「結構転がるのって楽しいよ。ほら、こうして」

 と、妻は地面に寝転がると、コロコロと転がり始めた。目を疑った。東京大学を出た妻が、コンクリートで舗装された臭い道を、コロコロと転がっているではないか。

 妻はイカレちまったのか? と俺が頭を抱えていると、妻が俺の脚を引っ張って、地面に引き倒した。あまりの痛さに、俺は地面を転がって、のた打ち回った。

「ほら、結構いけない?」

「なぬ?」

 俺は、今度は意識して転がってみた。

「……」

「どう?」

「お前なぁっ! ……結構いいな!」

 何気に転がるのって楽しかった。というか、かなり気持ちよい。幼い頃、水泳で25M泳げたときのような快感を思い出す。

「よし、やろう、転がし屋!」

「あなた、わかってくれたのね!」

 こうして俺達は転がし屋を始めた。とりあえず、まずは二人でコロコロと転がることから始まった。

 あまりにも楽しくてやめられなくなってるうちに、俺達は二人揃って東京湾まで転がって、そのまま海面深くまで転がっていくことになった。


 そして今、俺達は雲の上を転がっている。


僕も始めようかな、転がし屋。子どもは意外と喜ぶと思う。

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― 新着の感想 ―
[一言] これは面白いですね。にやにやとしながら読みました。最後は、なんだか自分までちょっところがってみたいような気になってきました。    文も読みやすく、ストーリーもとてもよかったと思いますが、…
[一言] こんにちは。 「東京大学を出た妻が、コンクリートで舗装された臭い道を、コロコロと転がっているではないか」この文章いいですね。ありそうにない事を飄々と書くのがうまいですね。 最初のカラオケ…
[一言]  妙に脈絡のない滑稽さで、笑いが止まりませんでした。  ただ、『演技の悪い』は純粋に誤字だと思うんですが、どうなんでしょうか? (笑)
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