アヤマリ②
「兄さーん! 直義ぃー!」
必死に走った先に、二人がいた。兄さんは横たわっており、直義はその隣で地面に腰を下ろしていた。
僕が名前を叫ぶと、直義は、立ち上がり、うつむいていた顔を上げた。
「高氏兄ちゃん……あの……」
直義は何かを言おうとしているが、言えないでムズムズしている。窓ガラスを割ってしまった子どもみたいにしているから、僕は、「大丈夫。もういいから」と諭しておいた。
僕は兄さんに近寄り、膝をつく。顔色は雲よりも白く、唇は紫陽花よりも紫がかっていた。
僕の影が兄さんの顔を覆い、それに気づいて、まぶたを開く。
「よう、高氏……」
「兄さん……ごめんね。僕のために、こんな……」
「本当に、お前は泣き虫だな。俺こそ、心配かけてごめんな。言いたいこと、聞きたいことは山ほどあるだろうが、今はまだやるべきことがあるからな」
そう言うと、外も中も傷だらけの体を起こそうとする。
そのとき……。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
僕の背後から悲鳴が聞こえる。それとともに、大きな爆発音も聞こえてきた。
振り向くと、灰色の大きな手が、六波羅探題軍のトラックを持ち上げていた。
そして、いとも簡単に握りされた。
トラックは無残に燃え、爆風が僕らの頬を撫でる。
その手の根本を見ると、背中を丸めて、ゾンビのようにゆっくりと歩く、土岐の姿があった。
目は死んでいて、口を大きく開けて、千鳥足でこっちに向かって来る。
「あいつがここにいるってことは……一親が敗れたってことか」
兄さんがポツリと呟く。
一親くんが負けた……。ということは、一親くんはもうあいつに殺されたかもしれないってことか?
よく見ると、土岐の耳から赤い液体がドロドロと滑りを帯びて流れている。
あれは一親くんがやったに違いない。でも、それでも、あいつを止められなかったのだろう。
兄さんは、「一親の仇だ」と、葉を食いしばって上半身を起こす。
正義感の強い兄さんのことだ。仲間の仇は、自分でとりたいのだろう。
でも。
「もういいんだよ」
「え?」
僕は兄さんの肩に手を置く。
「兄さん、もう大丈夫。
僕はもう小さくないんだ。
僕のことは僕で守る。そして、僕が皆を守る。
仲間の仇は僕がとる。
僕があいつを倒す」
そう決意を述べてから、僕は立ち上がり、踵を返した。
「待てッ! 高氏ッ!」
「兄ちゃん!」
立ち上がろうとする兄さんを直義が抑える。
「離せ!」
「このわからず屋!
高氏兄ちゃんがなんでそう言ったのか分かれよ!
高義兄ちゃんに自分の成長した背中を見せたいんだよ!
もう弱い自分じゃないって証明したいんだよ!
高義兄さんを安心させてあげたいんだよ!」
「ぐっ……」
僕の気持ちは、兄さんも分かってるはずだ。
でも、受け入れたくないんだよね?
僕を戦わせたくないんだよね?
僕を守ってあげたいんだよね?
でも、もういいんだ。
もう決めたんだ。
今度は僕が兄さんを守るんだ。
おい、僕の中にいる誰か、聞こえてるか。
僕は戦いたい。
だから、お前の力を僕にくれ。
その力で、あいつを殺す!
すると、灰の粒が宙に浮き、僕の周りを駆け回る。
それらは、今度は僕の右腕に駆け回り、次々と右手のひらに集まってくる。
いつしかそれは、一つのヴァサラを形成した。
刃のない柄だけの刀を。




