兄弟③
「なんですか、今の声は……!?」
佐々木の拳は震えていた。想定の限り、最悪の展開。佐々木にとって、一番あって欲しくない事象。
「大変です! 誰かに音声システムを乗っ取られました!」
「高氏くん、聞こえるますか? 聞こえるなら、応答してください!」
佐々木は必死に目の前のマイクに向かって叫ぶ。しかし、それは、高氏に届くことなく、車両の中で反響するだけである。
(まだ、体を動かせる状態じゃなかったはず! まだ、微かだが、生き延びる可能性が存在していたはず! まだ、兄弟たちと楽しい日常を過ごしたかったはず!)
でも、彼は、それらよりも、自分の手で兄弟を守ることを選んだ。自分の手で高氏を戦わせないことを選んだ。そして、武士らしく、戦って死ぬことを選んだのだ。
「佐々木様!」
突然開いた、車両の扉。血相をかいた兵士が呼吸を荒くしていた。
「どうしましたか?」
「六波羅探題軍で管理していた、佐々木様の槍型ヴァサラと防具の軽量式具足の一式が、何者かに盗まれました!」
「軽量式……あの近距離用ヴァサラのために作らせたものですか……」
(近距離……ということは、やはり高義さんか……)
高義も近距離で戦う武士であり、佐々木と高義は、戦い方が似ているため、特注で作ってもらうヴァサラや防具が似てくる。
きっと、自宅にある自分用のヴァサラと防具を持ってくると、時間がかかるから、佐々木のを借りたのだろう。
しかし。
(でも、どうやって、厳重な管理をくぐり抜けて、持ち運ぶことができたんだ?)
▷▷▷▷
「ゴホッゴホッ」
高義は咳き込む。先ほどのアナウンスの途中で、咳き込むことが心配の種だったが、咳をしないで喋り通すことができた。
しかし、それは前哨に過ぎない。今から、その病体で、狂人二名と戦わなければいけないのだから。
一瞬、気がゆるみ、彼は座っている椅子の背もたれにもたれかかる。
場所は、現場近くのホテルの一室。
人がいないことをいいことに、利用させてもらっているのだ。
ギィーと、扉が開く音がする。
「お疲れ様です」
一人、部屋に入ってきた。そして、高義に話しかける。
「本当に、お疲れ……。とりあえず、最初のノルマはクリアだ。早く次に行かないと……」
椅子から立ち上がろうとして、高義はよろけて膝を地面についた。
「そんな体で無理しないでください!」
心配して駆け寄る少女。
それを右手で静止する高義。
「今さら、心配したところで、意味無いだろ? 俺は覚悟を決めたんだよ……」
それに……。
「ここで僕が死んだほうが君にとって都合がいいだろ? スパイさん?」
『加賀』は、差し伸べようとした手を止めた。
「やはりバレていましたか」




