夢現(ゆめうつつ)
あの日から、数日がたった。
義貞と直義は、あの事件の責任として、補習を受けることになった。
2人とも大きな怪我はなく、しばらくは大人しくしてるだろう。
ちなみに、僕があの喧嘩に止めに入ったことは誰にも知られていない。
まあ、割り込んだとき、僕は目にも止まらぬ速さで移動したから、誰にも視認されてないし、止めたあとはすぐにその場から逃げた。
補習受けたくないし、それよりも、僕がこんな力を持っているなんて知られたくなかった。
灰色の生活に慣れすぎて、今頃バラ色になっても、気持ち悪い。
僕のモットーは、「狭く深く付き合う」だ。
少人数の友達と、狭い世界で、楽しい生活を送ることが有意義だと思う。
ここ数日は、直義の見舞いに行ってたから、局先輩には会っていない。
見舞いに行った理由は、直義が心配だったということもあるが、何よりも、僕があの喧嘩を止めに行ったことを覚えているかを確認したかったのだ。
直義は、「変な人影を見たが、それが誰だったか思い出せない」と言っていた。
装備してたとはいえ、軽く頭を打ったから、それでその前後の記憶がなくなったのだろう。
それを聞いて、安心した。
もう二度と、僕が太刀を振るうことはないだろう。
やっぱり、平和が一番。
これからは、自分の好きなことを、この狭い世界でやっていこう。
そして……いつか……先輩と……
「何にやけてるんだ〜?」
「うわッッッ!」
いきなり目の前に現れた兄さんの顔に、僕はビビった。
てか、あんたがめちゃくちゃニヤニヤしてんじゃん!
「別に! なんでもないよ!」
「リビングのソファで、1人でクッションを抱えながら、ニヤニヤしてるやつが、なんでもないわけないだろ?」
うわぁ……めっちゃ嬉しそう。
兄さんは、まるで獲物を見つけたライオンの目をしている。
この家には、僕と兄さん、そして直義が住んでいる。父親と、その正室、側室は、別の家に住んでいる。
まあ、別の家と言ったが、敷地は同じである。うちの敷地は、広く、一軒家が二軒、大きな池が一つあり、大きな庭もある。
加賀が遊びにきたときは、「ここで、サッカーできんじゃん!」と言っていた。どこまでも、男っぽいやつである。
「どうせ気になってる女の子のこと考えてたんだろ〜? 青春してんな〜! 俺なんか仕事で忙しいのによ!」
「やめて! 後ろから、髪くしゃくしゃしないで!」
しかも、両手だし……。
夜だから、窓が鏡のようになっていて、それを見ると、僕の頭はまるでトイプードルのようになっている。
「で? どうなんだ? 進展したのか?」
「まあ……ちょっと、話をした……ね」
「へえ〜! 何の話をしたんだ?」
「……」
言えねー! 絶対、ポエムの話して、変な感じになったなんて言えねー!
しかも、この人には、なおさら言えねーよ!!
「名前とか、そんなもんだよ」
「なんだ、つまんないの!」
兄さんはそう言いながら、僕の隣に座る。
「てか、直義どうした?」
「まだ補習やってるんじゃない?」
「お前と違って忙しいんだな〜」
「僕だって忙しいよ! 再来週、期末テストだし!」
「そうか! お前らそろそろ夏休みじゃん! せこっ!」
「兄さんも、散々楽しんだでしょ」
「生徒会で、ほとんど仕事してました」
「それは、自分で立候補したんだから、自業自得でしょ」
「冷たいな〜、高氏は」
「疲れてるの。言ったでしょ、再来週テストだから、今からでも、勉強しないとまずいって。うちの高校は」
「そういえば、めんどくさかったな……。それももう遠い記憶なんだよな」
「何、かっこつけてんだよ」
「そんな昔でも、戻りたいって、思うんだよね……」
「……」
「どうした? 黙っちゃって?」
「いや、なんでもない。やっぱ、疲れてるのかも」
「そうか」
なんでだろう。その発言をしたときの兄さんの顔が、本当に真剣そのものに見えた。
そうやって、雑談してると、「チリンチリン」と、玄関のドアにつけた鈴の音がした。
「おっ! 噂をすると何よりだな!」
「兄さん、待って!」
兄さんは、はしゃぎながら、玄関に走り出す。
僕はそれを呆れながらも追いかける。
「おかえりー!」
兄さんは、ドアを開けて、廊下に顔を出して、玄関に向かって大声で言った。
僕は、兄さんを避けて、ちゃんと廊下に出て、「おかえり」を言…………おうとした。
「高氏兄ちゃ……兄貴。この人知り合い?」
直義は、人前で「兄ちゃん」と言いかけたことに照れる。
そして、その隣にいる女性は、うつむき、顔を赤くして、直義よりも照れてるように見えた。
長い髪、白い肌、凛とした瞳、薄いくちびる、涙ボクロ……。
「つ……局先輩!?」