楠木正成⑤
……というのが、ボクと加賀お姉ちゃんの出会い、ボクの名前の由来の話である。
もちろん、それ以外に様々なエピソードはあるが、今回は語る必要はないだろう。
それがボクの初心。いつまでも、忘れることない出来事。そして、忘れないためにも、刻んだ「正成」の名前。
ボクは「正成」として不変でありたい。
しかし、加賀お姉ちゃんは違うようだ。
今目の前にいる加賀お姉ちゃんを見ても、昔の「お兄ちゃん」の面影はない。
丸くなったというか、楽しそうというか、女の子らしくなったというか……。
ボクの知ってる彼女がいなくなったことは、悲しいことでもあるが、喜ばしいことでもある。
昔の彼女は、どこか苦しそうであったというか、辛そうであったというか、そう、つまらなそうに毎日を過ごしていた。
男の姿をしている彼女は、つまらなそうに、生きていた。
でも、今の彼女は違った。
足利邸に、加賀お姉ちゃんがいると知り、ボクは密かに見に行ったのだ。
そのパーティーでは、彼女は変わらず男装をしていた。
彼女が自ら遊びで男装をすることなんて信じられなかった。男装は、忍の任務のために使う手段の一つ。
それを自主的に、任務でもないのに行おうとすることなどなかったからである。
その男装は、変わらず美しく、凛々しく、でも前と違って可愛らしさもあり、何より楽しそうだった。
あんな笑顔もできるんだ……それが率直な感想であった。
ぶっきらぼうの「お兄ちゃん」、楽しく微笑む「お姉ちゃん」……。
ボクが知っている「お兄ちゃん」、ボクが知らない「お姉ちゃん」……。
ボクは……彼女に「お姉ちゃん」であって欲しいと思った。
ボクは立ち上がり、着ていたドレスの誇りをはたく。
「それじゃあ、お姉ちゃん。ボク、そろそろ高氏くんのところに戻るよ……」
「…………」
「今のお姉ちゃんの雇い主にも言っておいてよ。生半可な気持ちで高氏くんの逆鱗に触れちゃダメだよって」
「どういうことよ」
「明日分かるよ……。京には四条御所ビルっていうのがあるんだ。
僕の予想だと、高氏くんたちは、明日早朝にそこにくると思う。
こっそり来てみなよ。それを動画に撮って雇い主に見せてあげな。
お姉ちゃんと登子くんだけでは倒すことができない『バケモノ』が映ってるから」
「『バケモノ』?」
「これ以上はネタバレできないよ。明日のお楽しみだね」
ボクは踵を返す。
「じゃあ、お姉ちゃん。また、『セイナ』として、ホテルとかで会うと思うけど、きちんと無視しといてね。または、部屋から出ないでボクと合わないようにしてね」
そう言い残して、ボクは彼女の元を去り、偶然を装って、局くんに話しかけ、彼らの元に戻った。




