楠木正成③
「ここが今日からお前が住む部屋だ。ここでお前は、オレと同居してもらう。
後輩は先輩の身の回りの世話をすることが義務づけられている。
分からないことがあったら、遠慮なくオレに聞け。無知の知が一番の罪だからな」
そう言って案内された部屋は、長方形の床、二段ベッド、シャワールームがあり、ホテルのように綺麗にされていた。
忍者に「泥臭い」というイメージを持っていたボクにとって、この部屋は意外な環境だった。
トイレは、この寮の廊下にある共用のものを使うらしい。
「では、早速だ。あそこにある洗濯物をしてもらおうか」
彼女……いや、お兄ちゃんが指さす先には、洗濯物が入ったカゴがあった。
しかし、そのときボクはグズグズして動くことができなかった。
両手で服を掴んでいるボクを見て、お兄ちゃんは言った。
「どうした? 何をしている、洗濯をしろ」
「……です」
「え?」
「洗濯のやり方が分からないです」
悪党とはいえ武士。それも独自のコミュニティを築いた、武士の長の家である。
言うなれば、ボクはお坊っちゃま。すべてを家政婦に任せていたので、ボクは洗濯のやり方を知らなかったのだ。
そのとき、洗濯機というものをボクは初めて見た。
それを聞いて呆れた顔をしていたお兄ちゃんだったが、「仕方ないな」と言って、一から家事全般のことを教えてもらった。
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この里には、学校が一つしかない。
それも忍者のための養成学校で、いわゆる小学から中学までの九年間でみっちり忍術を教えられるのだ。
忍術と言っても、フィクションに登場するような魔法のようなものではなく、マジックはマジックでもエンターテインメントのマジックに近いものである。
簡単に言ってしまうと、忍術というのは人を騙す技術である。
そして、卒業すると、その里にある諜報機関に就職し、間者として雇われ、雇い主の命令どおりに働くのである。つまり、忍者というのは派遣社員であり、収入が不安定なのだ。
そんな厳しい環境にしか生きることが許されない子どもたちを、ボクは不幸としか思わなかった。
そんなやつらとの学校生活がどうであったかというと、最悪であった。
父親の変わった教育方針で、この里に放り込まれたボクは、一つ下の子達と一緒に入学した。
そのとき、ボクは担任の先生にこう言われた。
きっと、この人は、そのようなことを言ってお兄ちゃんをも苦しめたのだろう。
その彼が言った言葉が……、
「君、今日から女として生きるんだ」
だったのだ。




