表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
83/111

楠木正成

「もう怒らないんだ……『お兄ちゃんって言え』って……」


場面は戻って昨日の昼過ぎ。


路地裏でのボクと彼女、加賀お姉ちゃんとの会話に戻る。


先輩後輩、腐れ縁、幼なじみと、様々な関係で繋がったボクらの五年ぶりの再開と会話である。


「逆にあんたはまだ『セイナ』って名乗ってるんだ……。気に入ってるの?」


「捨てる理由がないからだよ。


ボク達みたいに性別を偽る忍にとって、その場面場面での偽名は必要不可欠だ。


その名前を毎回変えるのは、正直、めんどくさい。


それにボクは忍じゃなくて、悪党だから、尚更、変える必要性を感じないんだよ」


「あんたを見てると、名前が何回も変わってるあたしが馬鹿みたいに思ってくるよ」


いや、それは賢い選択だと僕は思う。


あらゆるパスワードを同じく設定すると、自分の個人情報が全て漏えいしてしまう。


だから、パスワードは各々違うように設定するのが大切なのだ。


ボク達の名前もボク達を知るためのパスワードであり、各場面で名前を変えるのは、賢い行動であると思うのだ。


でも、それは「自分」という存在を不安定にさせ、「自我」、「アイデンティティ」を感じられなくなることでもある。


それでも、彼女は選んだ。そんな英断、ボクにはできない。


「じゃあ、ボクはなんて呼べばいいかな? 加賀お姉ちゃんとか?」


「適当にすれば? だけど、昔の名前で呼んだり、『お兄ちゃん』って呼んだら、明日は無いと思ってくれれば、ね」


十三歳のガキ相手に怖いこと言うな、全く。


「あれほどこだわってた『お兄ちゃん』って呼び名を捨てるなんて……。どんなパラダイムシフトがあったの? 伊賀の里から離れてから」


「あんたには関係ないことだよ。今のあたしは、正真正銘の女……もう性別を偽ることはない。そう思うようになっただけ。その結果さえ知れば、キッカケなんてどうでもいいでしょう?」


なるほど、その通りだ。彼女が『男だと偽ること』を止めたことを知れば、ボクは十分だったのだから。


しかし、それは、彼女にとって、鳥が飛ぶことを止めたり、魚が泳ぐことを止めたり、人間が理性を捨てたりするようなものだ。


そうなった原因は興味がある。どうせ、話してくれないと思うけど。


そうか、彼女は自分の特技、生き方を捨てたのか……。


性別を偽る……。その術をボク達は伊賀の里で学んだ。


忍は嘘つきを仕事にする者である。その嘘の中でも、性別についての嘘は、最も難しい。


それを難なくこなしていたのが、ボクと彼女である。


同じ学校で学び、同じく部屋で生活を経験したボク達。


ボクの頭に流れる思い出、過去の彼女。


ボクは回想した。


今の彼女から感じ取れないその面影を。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ