内通者⑥
またもや、アスファルトに黒煙が舞い上がった。
しかし、今回は、簡単に、引力に逆らわずに地面に落ちていった。
その中には、登子を抱きしめた高氏が、苦痛の表情で呻き声を出していた。
彼は、痛みのせいで体は痙攣し、上手く呼吸ができていなかった。
すると、登子は目を覚まし、すぐ体を起こす。
「大丈夫ですか……!?」
高氏は片目だけ開き、その目で登子を見つける。
そして、レラヘラしながら、言った。
「……なんで登子ちゃんが僕の心配してるんだよ……? 僕を仕留めに来たのに……」
「ごめんなさい……。嘘……なんです」
「謝らなくていいよ。とりあえず、落ちる寸前で、君のヴァサラを使ってシールドを展開したから、軽症で済んでる。それに、嘘だって分かってたし」
「え?」
「だって、登子ちゃんの攻撃は本気じゃなかった。僕を殺す気なんて最初からなかったんでしょ?」
登子は喉をつまらせる。両手で口を覆いながら、涙を流した。
「……全部、バレバレでしたか……」
「……と言っても、途中からだけどね。だいたい、いつも嘘ついてる君の言葉なんて簡単に信用してたほうがおかしかったんだって、今思うよ」
「ひどいこと言いますね……。でも……本当だったら、どうしたんですか?」
高氏は目を瞑って答える。
「その時は……やっぱり抵抗するだろうね……。死にたくないし……」
その後、高氏は「でも」と続けた。
「そうしたところで、君自体を恨んだりしないよ……。こういう世の中だから仕方ない。僕が源氏で、君が平氏だから、仕方ないよ……」
「器が大きいんですね」
「頭が悪いだけだよ……。
というより、どうして、こんなことしたの?」
「実は……」
登子は語り始めた。
▷▷▷▷
私が部屋でゆっくりしていたら、直義に、大広間に呼ばれたんです。
そこでこう言われました。
「お前……ヴァサラを持ってきてるんだよな……」
たしかに私は、幕府の命令でヴァサラを極秘に持参していました。
きっと、高氏先輩もとい源氏を隙あらば暗殺するためでしょう。
「今、高氏兄貴が四条御所に向かってる……。どうにかそれを止めて欲しい……」
そして、直義は私に頭を下げました。深く深く下げました。
高氏先輩なら分かると思いますが、彼は滅多に頭を下げません。頑固なんです。
そんな彼が、頭を下げたんです。あなたを守るために……。
彼のプライドを捨てた願いを、武士として叶えないわけにはいきませんでした。
そして、私は今ここにいます。
▷▷▷▷
「それにしてもやっぱり高氏先輩って愛されてるんですね……」
「そんなんじゃないよ……まったく……」
僕は、腕で目を覆い隠して、鼻をすすった……。
決して、背中の激痛のせいではない。
まったく、なんてやつなんだよ、僕の弟は。
しかし、まだ解決してない疑問がただ一つある……。
僕の中から聞こえたあの声は、僕の体を乗っ取ったあいつは……一体誰なんだ?
▷▷▷▷
「はい、円喜様。こちらはまだ動きがありません」
ホテルの一室の隅で、少女がこそこそと端末に話しかける。
すでに部屋の防犯設備には、細工がしており、この会話が漏れることはない。
「そうか……そちらには登子がいる。二人で協力し、この混乱に乗じて、彼らの首を討ち取って参りなさい……」
端末の向こうからは、テノールのきいた老人の声が聞こえる。
「……承知いたしました」
「君には期待しているよ……」
そして、老人は少女の名前を呼んだ。
「加賀くん…………」
彼女、加賀は端末の通信を切った。




