内通者③
「チクショッ! チクショッッ!! チクショッッッ!!!」
僕は、彼女のことが苦手だ。だけど、嫌いというわけではない。信じていなかったわけではない。頼りにしていなかったわけではない。
でも、今、そのすべてが裏切られた……。
この街にひしめき合うビルの隙間、路地裏を僕は駆け出す。
置いてあったゴミバケツが体に当たって倒れても、気にせずに、足を動かした。
後ろなんか見ている暇はない。
ヴァサラを持っていない僕が彼女から逃げ切ることは不可能だ。
彼女は、たしか、パワーとスピードの両方を使えたはずだ。
僕のことを見つけるのは時間の問題だろう。
でも、勝機はある。
僕の右手を見る。
細くか弱く女の子のような手……。
この手が切り札だ。
ヴァサラは、武士の体から発する「電波のようなもの」で、脳と通信して動かす道具だ。
そして、電波と同じく、繋がりが強い方の「それ」が、ヴァサラの主導権を握ることができる……。
彼女のヴァサラ支配率は90と数%……でも、僕のは100%超。
遠距離なら、太刀と接触している彼女が主導権を持つ。
でも、近距離なら、僕が彼女の太刀の主導権を手に入れることができる!
一瞬だ、登子ちゃんが僕に一太刀浴びせようと、僕に接近した一瞬……そこが勝負だ!
「よし!」
僕は、右に曲がり、元いた道路に飛び出す!
……しかし、見渡す限り、そこには誰もいなかった……。
すると、声がした……。
それはどこからともなく来る声……。
それは……僕の中から直接脳に伝わる声……。
それは言った…………「上だ」と。
僕が上を向くと、ビルの屋上に、一人の少女……そして、太刀から放たれた光の斬撃……。
それは、弧の形を崩すことなく、空から僕めがけて、降ってきた……。
▷▷▷▷
「さて、それではどうしますか? 直義さん、義貞さん」
佐々木が、二人に問いかけた。
直義と義貞は、大広間のソファに腰掛け、前のソファに座る佐々木と、テーブル一つを間に置いて、向き合っている。
義貞が言った。
「六波羅探題の人に言って、高氏を見かけたら、保護するようにすれば……」
「今、六波羅探題軍は、四条御所の包囲、皇族の監視、そして、本部の護衛に全勢力を注いでいます。今から、高氏さんを保護することは難しいです」
「……」
「でも、四条御所の近くにいるやつに、高氏が来たら保護するように伝えたら……」
「そのとき、高氏さんは、その軍のヴァサラを奪い、局さんを助けるための武器にするでしょう……」
「……」
「テメー、直義! さっきから何黙ってやがんだよ!?」
義貞が怒鳴ると、直義は、顎に当てていた手を膝に置き、提案した。
「佐々木さん……俺の知り合いに、今、兄貴を助けに行ける人がいます……」
「本当ですか? 直義さん?」
「マジかよッ!? 直義、なんで言わなかったんだよッ!?」
義貞は、ついついソファから立ち上がる。
「それは、俺の中であまり使いたくない手段だったんだよ。でも、この場合使うしかないだろ?」
「ちなみに、直義さん……その人物というのは……」
佐々木と義貞は息を呑む。
直義は、口を開いた……。
「その人物とは…………」




